最強
「なぜ槍を置いたんですか?」
シャドがカシャに尋ねた。
「少し遠回りな説明をするけど許してほしい。私は今まで、神から授かった力をあまり使ってこなかった。意識的に使うものの多くは代償を伴うから。そのうちの一つに、周囲を把握する力がある」
「丘の向こうにいる見えない敵を察知していた、アレですか?」
「いや、ここでいう周囲というのは自分から3歩も離れていないような距離の領域。常時至近距離の状況は力によって把握しているが、その精度を極限まで高める。代償は体力の消耗。おそらく10分も使えばその日はまともに動けない」
「そんなに疲れるものなんですね」
「多分。代わりにそれを発動している間は...最強だ。だから無手で戦いたい。シャドは全力で挑んでほしい」
普段の、自分の実力に対して驕り昂ることのないカシャを知っているシャドは、カシャが「最強」を自負したことに驚いた。
「わかりました」
「始める」
カシャの合図で戦いが始まる。
手に何も持っていないカシャは、構えを取ることすらしなかった。
剣を持つシャドの手は震えている。シャドはこれが無防備な相手に剣を振り上げることへの恐怖なのかカシャの底知れなさに対する恐怖なのか自分でも分からなかった。
そんな様子のシャドをしばらく見つめていたカシャは、まるで前方に剣を構えた人間がいるとは思えない調子でスタスタとあるき始めた。
シャドは覚悟を決めて手の震えを抑えると、片手で腰から短刀を取り出し素早く投げた。カカシャは投げられた短刀に対してノーリアクションで歩き続け、
回転する短刀は持ち手の部分がカシャの体に当たり、ぼとりと地面に落ちた。
一見すればカシャが短刀に全く反応できなかっただけのように思えるこの状況に、なぜかシャドは寒気を覚えた。
すぐさま剣を地面に突き刺したシャドは全力で短刀を二本投げる。
一本は見当違いの方向へ飛んでいった。もう一本は理想的な回転速度でカシャに襲いかかる。
十分に加速された刃がカシャの身を切り裂かんと迫り、次の瞬間
「は?」
猛烈な速さでシャドに短刀が飛来した。シャドには投げ返す動きが全く見えなかった。手を少し上げたと思ったら短刀の進行方向が逆転していた。
カシャンッ
「....」
気づけば投げ返された短刀は腰についている短刀の鞘の中に収まっていた。
シャドの本能が異常事態を察知して警報を鳴らす。シャドは全速力で剣を地面から引き抜き、カシャの方へ駆け出した
先程から一瞬たりとも足を止めていないカシャは迫るシャドに対しても何もリアクションを示さない。
シャドは走る勢いそのままに剣を突き出した。
ドリルのように、あるいは空手の正拳突きのように捻りが加えられた一撃に対して、
カシャは手を添えた。
高速で突き出された刀身に、ふわりと手を添えた。直後剣の動きが止まる。
「??」
勢いが完全に消失している。シャドは剣が何かにぶつかった感触を感じなかった。
これは受け流しなどではない。弾かれたわけでもない。避けられたわけでもない。理解不能な、絶技がなされた。
カシャの歩みは以前止まらない。シャドは剣を引き戻してバックステップする。カシャは剣を掴んでそれに抵抗することはしなかった。
シャドは浅く、素早い攻撃を繰り出す。当たったとしても相手の体表をかすめる程度にとどまりそうな、自分が好きを晒さないことを第一にした動き。それでも全ての剣撃にカシャは対応する。受け止められ、刀身を投げ返される。カシャはどんどん間合いを詰めてくる。
「くっ」
何度目かわからないシャドの攻撃、それをカシャが受け止めた瞬間シャドは鈍色の剣から手を放し、ローブの内から取り出した短剣をカシャに突き出す。
短剣がカシャの左肩に接触する。だが、食い込まない。短剣の動きに合わせてカシャが体を捻り、左肩が後退する。気付けばシャドの首にはカシャの右手が触れ、
「ッッ」
次の瞬間には、シャドは地面に倒れ伏していた。
何をされたのか全くわからない。痛みはなく、一瞬意識を失っていたという感覚すらなかった。
「今ので30秒くらいか、かなり疲れる」
そんなことを呟きながらカシャは地面にペタリと座り込んだ。
シャドはようやく体を起こして、カシャの正面で胡座をかく。
「なんなんですか、あれは。最強ですよ最強。文句なしに最強でした」
「相手と自分の肉体、そして装備品。地と空。全てを把握することができる。どう動けば何が出来るのか完全に把握できる。現実をほぼ自らの思うがままに出来る。
投げられた短刀なら、短刀が近づいてくる速さ、回転の勢い、位置関係、重心。どう手を動かせば瞬時に投げ返せるのか。どのように投げれば相手の鞘に入れる事ができるのか。自分の手の全てを把握しているから、どのような動かし方が早く、正確なのかもわかる」
「自分の体を把握することで効率的な動かし方が分かるなんて、そんな無茶苦茶な...」
ただでさえハイレベルなカシャの身体操作は神の域に突入してしまう。
「接近戦であれば、相手が何をしたいかは全身を駆け巡る小さな雷を把握することでわかる。唯一、頭の中の無数の雷は無視した。無理に把握しようとすれば恐ろしいことになる予感がした」
「雷、ですか」
神経による情報伝達に電荷が関与していることを知識ではなく感覚で理解したらしい。
この力は文明を進歩させる程のポテンシャルがあることにシャドは気づいた。
「雷のような感覚がした。小さな雷が体の中で蠢いているというのは奇妙な話だが、そうとしか思えなかった」
カシャはシャドが雷という表現に対して疑念を抱いたと思ったのか、弁明するように言った。




