装備選び
カシャとシャドは村の一角で地面に広げた武器や防具を吟味している。
「ものすごい数ですね。これは鎖鎌、こっちは三節棍。選り取り見取りだ」
「遠い昔から村はこの地で神聖なる土地の守護を行い続けてきた。ここにある品々の中には千年前に作られたものもある」
「そんなに昔のものもあるんですか...どれほど優れた武器でも劣化に耐えられない年月に思えます」
武器を手にとって触ってはすぐ戻して別の武器をとる、それを繰り返すシャド。
「劣化に耐えた物だけが残った、という話かもしれない」
一方カシャの方はひたすら一面の武器と防具を眺めている。
しばらくそんなことをしていたカシャだったが、唐突に一つの武器を手に取った。
「これは」
「いいものが見つかりましたか?」
「一番古い武器を見つけた」
カシャは手に取った直剣をシャドに渡す。
「鞘がない....それに、刃が潰れています」
意匠、装飾の殆ど無い、鈍色の剣。全長70cmで、刀身は薄いがそれなりの重さがある。
「それは刃が潰れているのではなく、もとからその形に作られている。多分」
「実際のところは打撃武器に近い感じでしょうか。打撃武器ならもっと適切な形がある気がしますが」
「加えて、刀身を構成するその金属も奇妙。見たことがない種類」
シャドは元素周期表を思い出して推測しようとしたが、そもそも金属は似たような色ばかりで見た目で区別しようがない物が多いことに気づいた。
それに物理法則がねじ曲がっているとしか思えない自分が遭遇した数々の現象のことを思えば、元の世界の元素周期表がどれほど役立つかは検討もつかなかった。
「僕もなんの金属か全然分かりません。一般的な金属の色よりちょっと暗いと思うくらいで」
「謎の物質だけれど、尋常でない強度がある。間違いない」
「言われてみれば、すごく強そうな雰囲気が出てます」
言った後から自分で自分の表現力のなさが情けなくなったシャドだが、気を取り直して剣を振ってみる。
「意外と取り回しがいい感じです」
「それなら、試し打ちしよう」
カシャはいつの間にか手に木材をたっぷり抱えていた。
シャドは、山のように積み上げられた木材の中心に向けて剣を構える。
深呼吸で身体を整え、
「はっ」
振り上げた剣を素早く一気に振り下ろす。
鈍色の剣は木材の中を繊維を破壊しながら深く沈み込んでいった。
「あれ程の破壊力を生み出す程の重さがあるとは思えないし、シャドの筋力や技量によるものでもない。何が起こっているのか...」
カシャがぼそりとそう呟いたがシャドには聞こえていなかった。
「気に入りました、これ!」
「私はそれを使うのをおすすめする。手に馴染んでくる頃までに壊れない耐久力はとても大事。それに切れ味の鋭い剣ほど刃こぼれしやすい。剣を触り始めてからそこまで日が経っていないシャドにとっては、刃筋を立てることにあまり注意を向けなくていいのも助かるはず」
シャドがいた地球においても、地域によっては金属鎧の上から打撃によってダメージを与えることが主目的の、切れ味の重視されない直剣が普及していた。
「早速今日の鍛錬で使ってみます。
そういえば、カシャも新たな武器や防具を選ぶのですか?」
「槍が壊れる可能性を考えて予備の槍を用意しておきたい。そもそも槍は投げやすいから全て持っていくつもりだけれど。それと短剣」
「短剣?」
「今までは使ってこなかったものの、もし超至近距離の戦闘が発生すれば槍では対応できない場面もある」
「なるほど、ということは僕も」
「直剣は槍よりは対応ができる。それでも持っておいて損はない」
「わかりました、探してみます」
短剣も様々な種類のものが置いてある。
シャドはイマイチどれが良いのかわからないのでカシャに相談しながら決めることにした。
「これとか、どうですかね?持ちやすく目立たなくて」
「消耗が激しくて、折れる寸前」
「じゃあ、これは...」
「切れ味、耐久性ともに問題ない」
「分かりました、候補にしておきます」
カシャが武器の良し悪しを一瞬で見抜くことに驚いたシャドだったが、どうせ神から授かった力かカシャ自身の技能だから驚くことでもないと謎理論で自分を納得させた。
そんなこんなでめぼしい短剣を全てカシャにチェックしてもらったシャドは、問題が発生したことに気づいた。
「これ以上絞れません、どうすれば...」
シャドは四本の短剣を
「全部持っていこう」
あっけらかんとした調子でカシャは言った。
「たしかに、予備を持っておいて損はないですよね」
「予備というか、ローブを着て戦うなら内側に装備しておけばいい。二本は腰に、もう二本はローブの内側に」
「どうしてでしょうか」
「単に、二本の腰の短剣に相手の意識を少しでも向けさせることが出来れば、ローブの内側から現れる短剣で意表をつけられるのではないかと...思った」
自信なさげにそんなことをいうカシャ。
全部持っていこうと言ったときの勢いはどこへやら、喋る途中で自信が無くなってしまったようだ。
「名案です!」
シャドは多くの武器を隠し持つ自分を想像して乗り気になった。
「この調子で防具の方も選びましょう!」
「...そうだな」
思ったよりオーバーなリアクションをするシャドに若干驚くカシャ。
「お、これはフルフェイスヘルメット...」
防具選びは武器と比べて考えるべき点が多い。
一つはローブとの兼ね合い。
森での生活でローブは数え切れないほどの攻撃を浴び、普通であればまともに着られないくらいボロボロになっているはずなのだが、妙に傷が少ない。
カシャと出会って数日たったある日その事実に気づいたシャドは、毎日傷の数を記録することに。
すると、驚愕の事実が明らかになった。
「なんと、傷の数が減っていたのです!!」
「本当に?」
カシャは眉をひそめるが、シャドはひるまない。
「きっちり確認しました。例えばここ三日間は、一昨々日が230、一昨日が223、昨日が220で」
「わ、わかった」
困り顔で了解を示すカシャ。
「同じ箇所の傷を数日間観察するとわかるんですが、少しずつ傷が小さく浅くなっていくんです。本当に驚きました。まるで生き物のようです」
シャドは一瞬「自己修復性コンクリートのように」という表現が頭に思い浮かんだが伝わるわけがないので却下した。
「わたしの槍と同じだ」
「え?」
「私の槍も傷が治る。でもそれは木を本来の形からあまり加工せずに槍にしたからで、何からできているのかわからない、原材料の影も形もないように思えるそのローブが治るのには驚いた」
自分の槍が治ることがあたかも当然であるかのように話すカシャ。
「え、なんで木製の槍が勝手に治るんですか。木から切り出した時点で死んでるような」
「いや、死にきっていない」
さらに変なことを言うカシャ。死にきるとは?
「死にきって、いない?」
「一本の木としては死んでしまったかもしれない、でも体の全てから生命の息吹が消え去ったわけではない。だから治る」
「...」
細胞は死んでない、みたいな話なのかもしれない。でも、普通は切り離されたら細胞も死ぬはずだとシャドは考えた。
「それはともかく、自然に再生するローブであれば損傷は気にならないなら、防具の上からローブを着込むという選択もある」
「そう考えると装備の選択肢が広がる、気もしますが」
シャドのもう一つの懸念点は防具の重さである。
自分の体の頑丈さを考えれば、より万全な状態にするより防具なしで早く動くほうが結果的に生存率が高まるのではないか、ということ。防具を着込み過ぎて、いざというとき素早く動けないのは恐ろしい。
「動きが遅くなる割に得られる安全性が僕の場合釣り合わないと思うんです。
どのような防具が最適なのか...」
「首と目。その二つを守れる防具、というのは?」
「言われてみれば、腕や足を切断されてもなんとかなる気はしますが首は無理そうです。目も、いくら頑丈だと言っても所詮目ですから限度がありそうです」
「腕や足を切断されてもなんとかなる...」
そう言ってカシャは顎に手を当ててどこかを見やる。四肢をもがれたシャドを空想しているのだろうか。
「なんとなく大丈夫な感じがします」
「そういうもの?」
「そういうものです。ちなみに、首を守る防具は色々ありそうですが、眼を守る防具ってどうすればいいでしょうか」
「一般的には兜だが、頭部全体を覆うため動きを阻害する... 額当てはどうか」
「額当て?それっておでこを守る防具ですよね」
「例えば、これ」
そういって防具の山からひとつの装備を取り出すカシャ。
「この額当て、金属の板がかなり分厚い作りになっている。これを眼のすぐ上に巻けば、眼の近くに迫った攻撃を弾きやすくなる。視界が少し暗くなるが、見える範囲が狭まることはほとんどない。つけてみて」
「わかりました」
カシャから渡された額当てを装着してみるシャド。
「あ、全然気になりません。ローブについているフードを被ったときの方が暗いですし。これをつけることにします」
その後は首の防具を始めとして全身の細かい装備を吟味した。首の防具はシャドが選んだものは一見すると普通のスカーフのようだが、カシャいわく、防刃性能が凄まじい。衝撃を緩和する作用はないため首を両断されるような威力で剣を叩きつけるとこのスカーフで首を守っていても首が折れて死ぬだけだが、シャドは例外である。
「一通り揃いました」
薄地の手袋に包まれた両手を開閉した後、自分の体を動かすシャド。装備量が少ないためあまり変化は感じなかった。
「なかなか、強そうな雰囲気」
カシャにそう言われてもちっとも実感のわかないシャド。
カシャはRPGに出てくる踊り子のような露出度の格好をしているのに、全身から強者の気配が放たれている。
「カシャには敵いません。あ、この後は食料を持って帰還するだけですね」
「食料はここに保管するほうが保存が効く。毎日広場で南方状況を観測し、危険の兆候がでてから向こうへ向かうほうがいい。それと」
「私と、手合わせしてほしい」
そんなことを言って、背負っていた槍を地面に置いた。




