1-4.女学生誘拐殺人事件と精神病院襲撃事件
会話が落ち着き、各々が己の仕事に取り掛かろうとした時である。
窓辺で丸くなっていた小雪が咄嗟に身を起こす。次いで私達を見て、ミャアと鳴いた。
餌や外出を請る時とは違う、やや切羽詰まった呼声であった。
「彪君」
馨は彪に通訳を求める。視線は机上の契約書に落としたままである。
「爺様が来たのが見えたけど、何か様子がおかしいんだそうで。そうだよな、小雪」
肯定するように小雪が鳴いた。
様子がおかしい?
何処がどう妙なのだ、と私が訊く前に、玄関の扉が開く音がした。やや急いた跫がする。
事務所の扉が開かれた。
身長およそ五尺三寸、白髪の老父が立っていた。黒衣の和装に身を包み、皺の刻まれた手には竹製の杖が握られている。この老師こそ先刻彪が爺様と呼んだ者であり、五人目の隊士である。
栖鳳という如何にも画家らしい偽名を名乗っており、本名は誰も知らない。制服を着用していないのは、第一線を退いた老兵ないし顧問という位置故にである。
「おう、爺様。遅かったじゃねえの。一体どうしたんだい」
「どうしたもこうしたもないわ。これは大事になるぞ」
栖鳳が狼狽えるなど滅多にないことである。
馨も仕事を中断して、どうしたの先生、と目を丸くする。
「見付かったのだ」
短く、栖鳳は云った。
「何がだよ。落ち着いて喋らねえと心臓発作で彼世行きだぜ」
彪が揶揄すれば、心臓を抉り出されても儂は死なんよ、と栖鳳は睨み付ける。
「あの女学生さん達の事件だ。ひとりがすぐそこにいたのだ」
「へえ、どこでだい?」
「不忍池だ」
どうしてそんなところに。
嫌な予感がした。
栖鳳は見付かったと云っただけだ。件の女学生が保護されたとは云っていない。
「何はともあれ良かったじゃねえか。これで上野署から回される仕事も減るな」
「何が良かっただ、この戯け者めが」
暢気に云う彪に栖鳳が怒鳴りつける。
「爺様、急に大声を出すんじゃねえよ」
「彪、少し黙れ。翁、ひとつ確認させていただきたいのだが」
私が間に入れば、栖鳳はここで初めて私を見遣る。
「その反応から察するに、女学生は生きてはいないのか」
「うむ。死んでいた」
「死んでいたとは、どんな具合にだろうか」
栖鳳は瞠目し、暫しの間思案してから。
「手足をもぎ取られ、臓腑を喰い荒らされた――惨たらしい有様だったな」
と苦々しく述べた。
「先生は現場を確認したのですか?」
閉口した私と彪の代わりに馨が尋ねた。
「ああ。警邏がてら散歩していたら上野公園の辺りが妙に騒がしくてな。おまけに邏卒や刑事共がいて、大勢の野次馬が詰め掛けている。血と脂の腐った臭いまで。儂も何事かと人垣を掻き分けて見れば――それはもう可哀想な屍体がぷかぷか浮いていた」
「その屍体が女学生さんだとどうして判ったの?」
「そんなの制服を着ておったからに決まってるだろ。海軍襟に洋袴の、いいところの学校だろ、あれは。尤も、殆どが裂けて見れたものじゃなかったが」
「内臓が喰われていたの?」
「ああ。鉈や刀で斬ってもああはなるまい。あの傷具合は――巨大な顎と牙で膚を喰い破り、内臓を掻き回した羆か狼の仕業だろうな。少なくとも人間様にできることじゃない」
「でも先生。東京には羆も狼もいないわ」
「む。そりゃそうか。慥かに、獣が手足をもぐなんて上品な真似はしないな」
どいつの仕業だろうなあ、と栖鳳は首を捻る。
「おいおい。そりゃ俺達の台詞だぜ」
「少しは頭を使え。聞いてばかりじゃ人間成長せんぞ」
「だとよ龍臣。云われてるぜ」
こちらに話を振る彪に、ちょっと静かにして頂戴、と馨は目を細める。
「手足の切断が上品かは置いておくが――翁、手足の断面はどうだった。獣の噛痕らしきものはあっただろうか」
「いや、それはなかったな」
「なかった?」
「あれは刀か何かでばっさり斬り落とした創だ。この儂が見紛うはずがない」
「そうか。翁の云っていることが正しいのなら」
「だから間違っていないと云っとるだろうが」
「言葉の文だ。だが――隊長。そうなるともう決まりではないか」
帝都の女学生達が痕跡ひとつ残さずに行方を眩まし、発見された屍は、居るはずのない畜生に腹を割かれ、四肢は鋭利な刃物で斬り取られた。
人間の所業とは考えられず、さりとて獣害とも断ずることができない。
どうやら此度の事件は――。
「そうね。十中八九決まりでしょう」
馨が頷く。
「私達の本分――怪異の仕業でしょう。私は課長の指示を仰ぐわ。勿論、すぐ殲滅せよとの御達しが下ると思うけれど、それまでは勝手な判断で動かないこと。下手人らしき者を見たとしても――仮令、確信があったとしても殺しては駄目。龍臣君。今度は頼むわね」
馨は私と軍刀を見て苦笑する。
大方、先月私が餓鬼に憑りつかれた紳士を始末したことを云っているのだろう。
「隊長。その件は已むを得ぬ事情があったと説明したはずです。私があそこで斬らねば、他の者が犠牲になっておりました」
「だからといって白昼堂々抜刀する奴がいるかよ。街のド真ん中だったじゃねえか」
反論する私に彪が横槍を入れる。
「彪。私が止めなければ、あの餓鬼は無辜の民を殺していたんだぞ。貴様だって制止するどころか加勢してくれたじゃないか」
「彪君、そうなの? 報告書には、手を下したのは龍臣君だけと書いてあったけど」
藪をつついて蛇を出す結果となった彪は、まあそういう云い方もできますかねえ、と曖昧な態度でごまかしにかかる。
「――まあ、彪君についてはは別にいいわ。普段よくやってくれているもの。でもね龍臣君。貴方は駄目よ」
当てつけのように彪を褒めた後、馨は溜息を吐いた。
「貴方の云い分も理解します。尊重もしてあげたいけれど――事が大きくなった時、経緯を報告するのは私で、その相手は特高の偉方なの。課長だけは喜ぶでしょうけど、私の苦労も少しは考えて頂戴」
「隊長の苦労の件については承知しましたよ」
尤も、今後同様の状況に直面しても、私は同じことを繰り返すだろう。忖度して結果を変えるのは浅慮である。私は、己の信義に基づいて得物を振るうと決めているのだ。
それが、私の贖罪である。
不平不満の混じった敬礼を返せば。
「もう大正よ。今時、悪即斬なんて流行らないわ」
と馨はまたも嘆息する。
「私は課長に電話をしてくるわ。龍臣君、今度ばかりは本当にお願いね」
「私を殺人快楽者のように云わないでくださいよ」
「そう思うのなら、それ相応の行動を示すべきよ」
馨は立ち上がり、机上の整理を始める。
この煉瓦館にも電話線は引いている。受信機は二階――馨と小雪の私室に設置している。
「澄ました顔でトチ狂っているから余計性質が悪いんじゃねえか。そうだ、先刻の相馬ナントカじゃねえが、それこそ精神病院で診てもらえ。一生出られないと思うぜ」
「何だと貴様――」
私と彪の、何度目かになる殴り合いが勃発しようかという時である。
「取り込み中に失礼。邪魔させてもらうよ」
幅のある声であった。
振り返れば、長身痩躯の男が立っていた。
高級そうな背広に紳士帽を被っている。肺病を患っているが如し青白い顔に薄い笑みを貼りつけて、それでいて瞳だけは熱を放つ――革命家の如し風貌の紳士である。
「課長、これは丁度いいところに。今報告を差し上げようとしていたところでした」
普段よりも僅かに固い声で馨は云う。
「黒澤君。それは今帝都を騒がせている――否、騒がせてしまうであろう女学生連続殺人事件に関することでいいのかい?」
「仰る通りです。既に聞いていたのですね」
馨の確認に、課長は鷹揚に頷いてみせる。
「しかし課長、連続と云うのはどういう意味でしょうか。私が聞いたのは、不忍池でひとりの女学生が発見されたという内容です。もしや、別の場所で二人目が見付かったのですか?」
「いや、まだ見付かってはいない」
「まだ?」
再び男は鷹揚に頷く。
事務室の入口付近で後手を組んだ儘動かない。
外見は三十半ば程度であるのに、高官と思わしき妙な威圧を内包した人物である。
この男こそ、我等抜刀隊を創設した直属の上司――後藤実篤課長である。
「まあ、聞いてくれ給え。失踪した少女達の一人が出てきたのだ。これで打ち止めとなるわけがないのだ。次から次へと屍が帝都中で発見されることだって十分に想像がつくじゃないか」
「課長は、次があるとお考えなのですね」
「正しくは危惧している、だね。無論、誰もが五体満足な状態で帰ってくれればそれが至上であるが――それはないだろう。何なら、このまま誰も発見されずに、市井からその存在を忘れ去られてしまうのが好ましいのだがね」
神経質な口調と酷薄な態度に馨が閉口する形で、両者の間に沈黙が訪れる。
「つい先刻のことだが」
先に口を開いたのは実篤の方であった。
「上野署の係長から報告が上がったのだ。件の少女が屍となって不忍池で見付かった、と。そして失踪から発見に至る迄の概要及び現状判明している死因もだ。故に私は、本件は現場所管の範疇を超えていると判断して、その足で諸君の許へ馳せ参じたわけだ。この件は我々特務課抜刀隊の任務であると伝えにね。一応、他にも重要な通達事項があるのだが――」
実篤は言葉を切ると、一度だけ咳払いをする。
「それはひとまず置いておこう。時に黒澤君。君は最前連絡を寄越すつもりでいたと云ったが、それはこの件に関してだろうか。私と同じ考えでいたという認識で合っているかね?」
そうだとしたら嬉しいのだが――と実篤は笑みを深める。一見柔和な人格者と云えぬこともないが、内に秘めた残酷さまでは隠せず、奇妙な不協和を放っていた。
「仰る通りです。報告の前に、そこの龍臣君に、今回こそは勝手な真似をするなと釘を刺しておりました。態々御足労をお掛けして申し訳ありません」
馨は深々と頭を垂れながら私に流し目を送る。ここで私を巻き込むとは、意趣返しのつもりなのだろう。彪が私だけに聞こえる声で、ざまあみやがれ、と嘲笑っている。
「黒澤君、そう固くならないでくれ。僕は別に君を責めようとしているわけじゃない。謝る必要性なんてどこにもないじゃないか。寧ろ、君が僕と同じことを考え行動しようとしたことこそ称えられるべきだ。ようやく、この抜刀隊も組織らしくなってきたじゃないか」
実篤は静観を決め込んでいた私と彪へと視線を遣る。
私も倣って室内を見回せば、いつの間にか栖鳳と小雪の姿がない。大方、面倒を察して逃げてしまったのだろう。
「時に――坂ノ上君。君はこの事件について、如何なる感慨を抱いているだろうか」
唐突かつ曖昧な問いであった。
実篤は推し測るような眼差しをして――その無遠慮な態度が癪に障った。
「どうしたのだね? 私の問いの意味が理解できなかったわけではあるまい」
「意図が掴めぬ故、戸惑っていただけです。質問にしては随分と抽象曖昧でしたので」
「これは僕の尋ね方が悪かったようだね。少しばかり婉曲過ぎたようだから言葉を変えよう。君はこの事件をどこかで聞いたことがある。――そう、既視感を抱いているはずだ」
「あると肯定すれば、何だというのですか」
返答の必要性が見受けられない、と言外に拒絶を忍ばせれば、気を悪くしないでくれ給え、と実篤は苦笑する。
率直なところ、実篤の指摘通り、私はこの事件に対して慥かに既視感を抱いている。否、既視感などという表現では生温い。未練や後悔と云ってもいい只々強烈な不快があり、三年経った今でも、未だ整理をつけられずにいるのだ。
「僕と君は同志である。それを確かめたかっただけなのだ」
無政府主義者の如し口振りであった。
「同志というのは」
「僕も君も、同じことを考えている。否、懼れているのだ。君の気分を害してしまうのも本意ではないから詳細を述べることはしないが――既視感があるからこそ、僕はこの件に強い思いを抱いている。君もそうなのか敢えて聞きたかったのだ」
「聞いてどうしようというのです」
「改めて、君にこの事件を任せようと思ったのだ。だからそんなに警戒しないでくれ。鬼殺しの君に真正面から迫られては流石の僕も落ち着かない。黒澤君は君に苦言を呈していたようだが――本件に限り、越権行為と思われる蛮勇も認めようじゃないか。解決のためなら手段は問わない。権限云々でどこかと揉めた場合は速やかに連絡を寄越すことだ。黒澤君。そういうことだから宜しく頼む。負担を強いて済まないが必要なことなのだ。理解してもらいたい」
「承知致しました」
まさか自分が反撃をくらうとは思っていなかったのだろう。馨は渋々頷いた。
「女学生連続殺人事件については坂ノ上君を中心に据えて頑張ってもらうとして、だ。諸君にはもう一つ任務を与えたい。これは警視庁で情報の齟齬があったせいで、私もつい先程知ったことなのだが――精神病院への襲撃が立て続けに起きているのだ」
「精神病院? しかも立て続けに、ですか」
「うむ。説明するのも莫迦莫迦しいことなのだが、現場が重大な過失を犯したらしいのだ。それだけじゃない。向こうの課長が糾弾されることを恐れ、事件の隠蔽を図ったという始末だ。新聞にも未だ載らず、諸君も初耳であると思う。まったく嘆かわしいことだ」
まさに恥の上塗りだよ、と実篤はわざとらしく肩を落とす。
「事件の仔細を述べると――場所は神田区と浅草区にある二つの私立病院だ。犯人はたった一人の女。それも年若い女であり、束ねもしない長い黒髪に、緋色を基調とした派手な舞踏服が特徴だ。襲撃とは云ったが、この女は随分と辨えているようでね。なんと、事前に院長宛に書簡を出して、日取りを指定した上で襲撃をしたのだ。その現物がこれだ」
実篤は懐から封筒を取り出し、一枚の便箋に視線を落とす、
「曰く――私は、貴医院の悪逆非道を知る者也。貴医院は患者を診察するにあたり、家人警察と結託して罪なき者を狂人に仕立て上げている。のみならず患者の治療を放棄しては数多を餓死をさせ、果てには、男なら殴打、女であれば強姦、積極的に患者を嬲り殺している。留まることを知らぬ斯様な悪行を成敗するため、十月十日正午に、院長を始めとした看護婦職員共々皆殺しにする。そうでなくては精神病者達の怒りと憎しみを鎮めることができない。覚悟されたし――とのことだ。実に乱暴な筆遣いだね」
「ははァ。それで、その手紙を見た院長が警察に泣きついたわけですかい」
「そういうことだ。院長も最初は競合病院からの怪文書だとして無視を決め込んでいたらしいが、何か思うところがあったのだろうね。結局は通報して、指定の日時に警邏数名が派遣されたのだ。警邏達が玄関で頑張っていると、奥の診察室から複数名の絶叫と激しい物音が聞こえたらしい。慌てた警邏が診察室に飛び入ると――屍体の山だったそうだ。その中に、女が立っていた。得物はたった一振りの短刀だったらしい。警邏が捕縛せんと飛びかかるが、するりと躱され、逃がしてしまったのだ。多少簡潔に述べたが、以上が一件目の概況である」
「一件目は分かりました。二件目はどんなもんですかい?」
「二件目も大差はないのだ。似通った手紙が届けられ、今度こそはと躍起になった大勢の警護が詰めかけ、どこからか現れた貴婦人によって医者が殺され、まんまと取り逃がすといった事態だよ。いや、腕自慢が女に挑んだのだが、返り討ちにあって殉死したことを考えれば一件目より酷いものだ。隠蔽していたことも含め、警保局の局長殿もこれには激怒していたよ」
「成程。そりゃ威信のカケラもないわな。奴さん達が口を噤むのも分かるってもんだ」
「だがね、鷲尾君。どんなことでも報告してくれなくては困るのだ。情報は共有して然るものであるし、それが組織というものだ。我々が近代国家の一員である以上は尚更だ。しかしながら、現場はそれだけで隠蔽を図ったわけではないのだ。事実だったからだよ」
「事実? 何がですかい」
「何がって――最前の犯行声明が、だよ。云ったじゃないか。家人警察と結託して云々、と。精神病院や私宅監置の監督指導は所管署の役目なのだ。事実、結託とは云えぬまでも、碌な確認もとらず親族からの申請があればそれだけで入院を認めるという杜撰な管理だったのだ。尚、医者が患者を虐待していたかについては目下調査中である。何せ、関係者が皆死んでしまったのだからね。だが僕は本当だったと思うよ。管理台帳に依れば、どちらの病院も患者の流動性が高いくせに、病床は常に満杯だったからね」
「満杯ってことは、金には困らないってことですな。このご時世に羨ましい限りだぜ」
暢気な感想を漏らす彪に、それで恨みを買って死んでは元も子もないだろう、と面白くなさそうに実篤は云った。
「課長。ひとつ宜しいでしょうか」
依然として不本意そうな表情を浮かべた馨が掌を挙げる。
「事件の概要は分かりましたが、どうしてそれが私達の任務になり得るのですか。率直なところ、私達には二つ以上の任務を同時遂行できる余裕はありません」
「これは失敬した。それを先に説明しておくべきだったね。別に僕も、女ひとりに屈強な警官がやられるわけがない――と云うつもりはない。人間、鍛錬すれば見えざるものが見えて、秘術を修めることができるんだからね。そう考えれば何も不思議じゃない」
「課長」
「――話が逸れたね。理由は、送られてきた書簡の差出人なのだ」
「差出人、ですか」
「ああ。封筒の裏に、ご丁寧に書かれていたのだよ」
そこで実篤は、細長い封筒を私達に示して。
「酒呑童子の娘、鬼女紅葉――と」
と云った。
慥かに、封筒には『酒呑童子の娘、鬼女紅葉』と書かれている。
印刷文字ではない。筆の端々に並々ならぬ憎悪を込めた、鬼気迫る肉筆であった。
鬼女紅葉とは一体――否、そんなことよりも。
――酒呑童子の娘だと? そんな莫迦な。
三年前の事件を想起する。私は慥かに屋敷を隈なく探ったのだ。攫われた娘達を除き、生きている者はいないと思ったが――。
「聡明な諸君なら、既に察しているだろうが――酒呑童子とは、陸軍の精鋭をもって何とか討伐した世紀の大悪党である。軍ですら大打撃を受けたのだ。娘とは雖も、酒呑童子の名が出てしまった以上、所管署の手に負えぬ事態なのだ。警邏を翻弄して、標的を抹殺するという実績があるのなら尚更だ。そこで諸君に白羽の矢が立てられたというわけなのだ」
実篤は私達を見廻した後、理解してくれたようだね、とひとり頷いた。
「まあ、そうは云ってもだ。今日は事の次第を伝えに来ただけなのだ。主導権は僕ら抜刀隊にあるとしても、調査は他の部署に任せるつもりだ。諸君にはその調査の後、然るべき機会に出撃してもらう。女学生連続殺人事件にしても精神病院襲撃事件にしても現状は報告待ちとなる。それまでは通常業務にあたってほしい」
そこまで喋った実篤は、便箋を収めた封筒を懐に仕舞い込んだ。