4-2.紅葉からの書簡
「龍臣君。大丈夫?」
何時の間にか私は俯いていた。
思い出したようにスプーンを掴み、天冠の苺を掬って、何度も何度も噛み潰す。甘度こそあるが、何の変哲もない味である。寧ろ、自身が人の心臓を貪り食う鬼のように思えて、少しも美味いと感じなかった。葡萄酒で誤魔化そうにも、黒紅色の液体が茜の死に様を想起させ、洋杯を持ち上げることすらできなかった。
今度は白桃に手を出せば、シロップに浸された安価な味がする。このような甘味より、今は煙草が欲しかった。右手が煙草を求めて懐を弄るが、愛飲の銘柄を切らしていることを思い出し、力なく垂れ下がっていく。
「隊長。私のことを話したのですか」
「御免なさい。貴方を売ることになってしまったけど――代わりに十分過ぎる情報を仕入れたのよ。許してもらえないかしら」
「釈然とはしませんが、まあいいでしょう。元凶を絶てば済む話ですから。しかし、連中の本拠地がもう分かっているなら、あとは軍か所管署にでも応援を頼むべきです」
「残念だけど、それはまだできないのよ」
まだ? いずれは応援を頼むということか。
「まさか課長の差し金ですか。相手が少数ならまだ解りますが、これはもう我々の手に負える範囲を超えております」
「応援依頼する前に、貴方に訊かなきゃならないことがあるの。課長は私達だけで蹴りをつけたがっているけどね」
あの人はいつも簡単そうに注文するから困るのよね、と馨は肩を竦める。
「酒呑童子の館はどこにあるの?」
「それはつまり、紅葉の本拠地はそこだということですか」
「ええ。そこで、貴方を待っている、とも云っていたわ」
不意に三年前の光景が蘇る。
数多の骸が広間を埋め尽くして。
梁から垂れる裸電球が、屍に成り果てた同輩を照らして。
奥座敷に巨躯の化生がいて、ひとりの女房を侍らせて。
死闘の末、酒呑童子を討ち果たして。
そして、椛の群生する里で。
最愛の妹が胸を穿たれて
死んで
いた――。
「――何も、私に訊かずとも陸軍にでも問い合わせればいいでしょう」
意識を引き揚げ、気付けに葡萄酒を呷る。酸化したわけでもないのに刺々しい酸味を感じた。質の悪い保存料でも入っていたのかもしれない。
「わざわざあなたの古巣の東京師団まで出向いたけど、駄目だったのよ」
「駄目だったと云いますと」
「軍医さんから話を聞くことができたのだけど――現場に踏み込んだ者の中で、生き残ったのはたったのひとりで、しかも右腕に重い後遺症を残して軍を去ったというんじゃありませんか。特別に資料室にも案内してもらったけど、報告書や資料図面、日誌に至るまで何者かに一切合切持ち出されていたの。だから貴方にこうして聞いているのよ」
無駄足を踏ませられたことに腹を立てているのか、馨は私を睨む。
慥かに、当時の記録を盗み出したのは他でもない私である。後々、個人で調査しようと思っていたのだ。今でも、蟲に喰われていなければ××瘋癲病院の書庫に眠っている筈である。
「右腕に障碍が残ったというのは本当なの?」
「まさか。軍を抜けるための方便ですよ」
「呆れた。やっぱり貴方は嘘吐きじゃないの。どうしてそう平然と嘘をつけるのかしら。貴方と軍医さんとの関係も追求したいところだけれど――まあ、いいわ」
「追求も何も、元同僚です。疚しいことなど何もありませんよ」
「本当にそうかしら。向こうからは随分と敵対視されたのよ」
「本当ですよ。話を戻しますが、輜重隊の連中なら知っているでしょう。彼らは後方待機組ですし、輜重隊に限っては人員の異動もそうありませんから」
「勿論そちらにも当たってみたけど、誰も正確な場所を把握していないのよ。内務省から派遣された鑑識班にも問い合わせてはいるのだけれど、そっちはまだ返答がないの。それで――どう? 覚えているかしら」
「覚えているとも。忘れるわけがありませんよ」
「どこ?」
「煉瓦館に戻ってから話しますよ。地図がないとどうにも伝え悪い」
それに重要機密である。今更ではあるが、従業員や利用客の目がある以上、迂闊に喋ることはできない。
「諒解したわ。警察への応援要請は貴方にも同席してもらうわ。多分、貴方から説明してくれた方が纏まりやすいでしょうからね」
「承知しました。纏まるかは保証できかねますが」
「大丈夫よ。だって鬼を討った英雄からの要請よ。皆喜んで力を貸してくれるわ」
「英雄とはまた大袈裟な。そんな柄じゃありませんよ」
「心配せずとも大丈夫よ。皆、この街を愛しているのよ。それを護るためなら快く力を貸してくれるわ。そもそも軍隊も警察もそれが勤めでしょう」
馨は力説する。
「まさかと思うけど、貴方一人で戦うつもりだったの?」
「できればそうしたい。どのような形であれ、妹が事件に関わっているのなら、それを止めるのが兄の役目です」
「そうね。きっと彼女もそれを望んでいるかもしれないわね――」
馨はそこで水菓子を食べ進める。元々の量が少ないため、器はすぐ空になる。私が自分の器を馨へと移動させれば、馨は少々の躊躇を見せた後、戴くわ、と頷いた。
「話を戻しますが、交渉の決着はどうつけたんですか」
「お互い、答えられない質問したのだから引分けね」
「何と訊いたのです」
「貴女は、本当は紅葉さんではありませんね、と訊いてやったわ。その頃には、彼女が酒呑童子の館から逃げ出した鬼であることも――彼女が人を攫う理由も分かっていたの。だから、一番気掛かりなことを問うたのよ」
本当は紅葉ではない?
「隊長。仰っている意味がよく分かりません。まさか、ここにきて影武者という話ですか」
「違うわよ。違和を感じたのよ」
「違和感ですか」
「経歴と言動が合致しないのよ。どうにもちぐはぐな感じ――とでも云うのかしら。外側は慥かに紅葉という鬼女かもしれない。でも、内側に収まる人間がまるで違う気がしたのよ」
それは――そうなのだろう。
紅葉は茜の記憶を内包しているのだから。
「紅葉は答えなかったのですか」
「イエスかノーで答えられる簡単な質問だったのにね。多分、答えなかったのではなく、答えられなかったのでしょう。だから私は、紅葉と云う鬼が過去に誰かを喰らって――その誰かの人格が色濃く浮き出ていると思ったの。もっと云えば――精神病院襲撃事件も女学生連続誘拐殺人事件も、紅葉という鬼ではなく、その誰かが首謀者だろう――とも考えたわ」
「隊長。その誰かと云うのは、やはり」
「ええ。貴方の妹御――茜さんでしょうね」
私達の間に沈黙が訪う。
「勿論、茜さん御本人がそういう思想を持っていたとか、兇悪犯その人であると云うつもりはないわ。もしかしたら紅葉に喰われてしまったことで、精神に何らかの影響を及ぼしたのかもしれない。そもそも、この話だって推察でしかないもの」
「いや、別に気を遣って戴かなくても結構です。あの女は茜であって茜ではない。曖昧な存在であると考えた方が何かと辻褄が合う――否、既に知っておりますから。それで、返答に詰まった紅葉の方は隊長に何と訊き返したのですか」
一瞬、馨の視線が泳いだ。何か云おうと口は開いたものの、結局言葉にならず閉口してしまう。馨にしては珍しい態度であった。
「それは云わなきゃならないことかしら」
「云いたくないなら敢えて聞こうとは思いませんよ。事件に関係ないなら尚更です」
「直接的には関わりがないのだけれど」
「それなら云わなくても結構ですよ」
「どうして貴方はそこで引き下がるのよ。まるで私に興味がないみたい」
「そういう訳ではありません。私的な部分だから遠慮しているだけで――」
「私と貴方の関係よ」
覆い被せるように馨は云った。
「それを紅葉が訊いたのですか。何のために?」
「きっと意趣返しなのでしょうね。それか――勘繰っていたとか」
「勘繰るも何も、隊長と隊士であるとでも云えばよかったじゃありませんか」
それが事実である。上司と部下、指揮官に一兵卒などと云い様はあるだろうが、私と馨の繋がりは抜刀隊という所属のみである。無論、馨に対して敬意は払っているが、それ以上の感情は存在しない。
「貴方にとってはそうなんでしょうけれど、私にとっては違うのよ」
「違う、とは」
「貴方のことはこれでも尊敬してる。部下ではなくひとりの人間として。かつて酒呑童子を討った功績だって凄いと思う。知的なところも素敵。辛い過去があっても腐らず折れず戦っていることが何よりも恰好良い。間違いなく貴方は私よりも優れた人間よ。でも――勘違いはしないで。そこに男女の恋愛があるわけではないのよ。もちろん好きか嫌いかでいうと好きだけど、そういう好きじゃなくて――」
分かってくれると嬉しいのだけれど、と馨は照れの混じった苦笑いを浮かべる。その嫋やかな表情を見て、謂れのない罪悪感がこみ上げてくる。
「そこまで想って戴けるとは面映ゆいですね」
「そう思うのならせめて仏頂面はやめて頂戴。とにかく、そういうわけだから――私は貴方との関係を事務的なものにしたくなかったのよ。まさかそこを突かれるとは思ってなかったわ」
そこで馨は葡萄酒を一気に飲み干す。
もう一杯頼みますか、と訊けば、首を横に振る。
「私と紅葉の戦いは引き分けに終わった。ずっと座りっぱなしだったけれど、時間の感覚もなくて不思議と疲れもなかったわ。紅葉も姿を消して――そこに貴方たちが助けに来てくれた」
「隊長。紅葉の標的が私であることは理解しました。私の妹が宿主である紅葉に何らかの影響を与えていることも。ですが――どうにも二つの事件の動機が不明瞭です」
奴は何を為そうとして、少女達を攫い、犯し、刻み――殺したのだろう。何が奴を、それほどまでに駆り立てたのだろうか。精神病院襲撃だって、動機が未だ不明瞭である。
馨は私を凝然と見詰めたのち。
「復讐よ」
と云った。
「復讐? それは」
誰に対してのものですか――と云おうとした時である。
洋卓の横にひとりの男が現れた。黒装束に陰気な眼差しをした男――凛太郎である。
「この世間に対してだ」
凛太郎は云った。
反射的に手が動いた。左手で傍らに置いた太刀を引き寄せ、右手で柄を掴むが、抜刀には至らない。
凛太郎から殺意は感じない。また、奴は私の居合を躱した手練である。ここで乱戦をするのも、馨がいては分が悪い。
「どうした、なぜ抜かない。もしや、また殴り飛ばされると臆したか」
半端な姿勢で固まる私に、凛太郎は嘲笑を浮かべながら問うた。
「何とでも云え。続きはどうした」
私は太刀から手を放し、残った葡萄酒を流し込む。
「続きだと?」
「早く続きを寄越せ。貴様は紅葉のことを語りに来たんだろう。ならば用件を済ませてしまえ。弱い犬程よく吠える、という諺を体現する必要はない」
うん、違ったかかな――と挑発を返せば、効果覿面であった。凛太郎は歯を食い縛り私を見下ろしている。
「そこで怒りを露わにするから貴様は三流なのだ」
「その三流に殴られたお前はそれ以下だ」
「殴ってそこで満足しているのなら莫迦だよ。私はまだ生きている。殺さないのか」
「殺せるさ。見逃してやっただけだ。紅葉様が厭うからな」
「己の軟弱を主のせいにするとは見下げ果てた奴め。まあ、いい。紅葉は何と云っていたのだ」
私と凛太郎は睨み合い――不意に凛太郎が懐に手を入れた。拳銃でも出すかと身構えたが、取り出された四つ折りにされた数枚の原稿用紙であった。
「これを読めば分かるだろう」
倫太郎は色褪せた書簡を洋卓に乗せた。
「なるほど。貴様は狗ではなく伝書鳩だったわけか」
「黙れ。そこにはお前が知りたかったことが書いてある。他の者には分からぬだろうが、お前には分かる。そのように紅葉様は仰っていた」
「あの女が、か」
慥かに渡したぞ――と云い、凛太郎は踵を返す。
「待て、鏡。訊きたいことがある」
「何だ」
凛太郎が振り向く。
「貴様と紅葉は如何なる関係だ」
「見ての通りだ」
「見て判らんから訊いてる」
「紅葉様にお仕えする忍のようなものだ」
「ではもうひとつ。何故、私の剣を避けることができた。機を捉えた一撃だと思ったが」
「二度目だからだ」
「二度目、だと?」
「お前の下手糞な居合を見るのは初めてじゃない」
凛太郎は皮肉そうに笑うが、その人相に見覚えはない。
「俺からも聞きたいことができた。お前は結局、この時代と心中することにしたのか」
「さあ、な。貴様を殺してからじっくり考えるさ」
「滑稽だな。いいか、よく聞け。社会というものは人間ひとりひとりの営みから成立するものであり――一個人の手にはとうてい及ばぬ高みにあるのだ。お前がどう足掻いたところで何も変わらんよ。時代というものは勝手に始まり、勝手に終わるものだ」
「何を莫迦なことを云っているの」
私と男の応酬に割り込んだのは馨であった。
「別に私達が心中したっていいじゃない。疾うの昔にその覚悟は決めているの。それだけこの国を――この街に生きる人々を愛しているし、同時にこの国に仇為す貴方達のような存在を憎んでいるの。何を云われたって今更止まれるものですか。この際だからハッキリ云わせてもらうけれど――貴方達のような下郎に、次の時代を生きる資格なんてないわ。誰かが裁かなくてはならないから、私達が裁くだけよ」
「高慢な女だな。如何なる言葉で飾ろうとも、所詮は復讐でしかない」
凛太郎は嘲る。
「如何様に受け取ってもらって結構よ。事実、他に己を慰める術なんて知らないもの。でも、あなただってそこの龍臣君に敵愾心を抱いているのでしょう。それなら私達と同じじゃない。尤も、その龍臣君には相手にされていないようだけど」
馨も遣り返す。凛太郎は一瞬激昂したようだが、今度こそ立ち去って行った。
「折角の逢瀬を邪魔するなんて無粋な人ね。ちょっと見るわよ」
馨は私の返事を聞かないまま、四五枚の原稿用紙を広げる。
「これは――。『狂人を憐れむ歌』ね。原本かしら」
「狂人を憐れむ歌というと――東京中に貼り出されていた怪文書ですか」
原稿用紙には青黒の洋墨特有の、鮮明な濃淡をした流麗な文字が並んでいる。一番下に隠されていた白封筒には、坂ノ上龍臣様――と宛名が記されていた。
何故、紅葉が凛太郎を遣わせてまでこれを寄越したのか。
「――いえ、違うわね。これは紅葉から貴方に宛てた書簡よ」
「書簡? しかしそれは」
「至るところに貼り出されていたのは――きっと、何処に居るのかも分からない貴方に見て欲しかったから、じゃないかしら」
意図を掴めずにいる私に、ごめんなさい私が見て良いものじゃなかったわ――と馨は原稿用紙を丁寧に纏め、此方に手渡す。
「あの男だって云っていたでしょう。貴方にしか分からないことが書いてあるって」
「隊長だって何か分かった様子じゃありませんか」
「それは私が貴方を知っているからよ。そっちの封筒には何て書いてあるの?」
馨に促される儘封筒を開き、中身を検めれば――。
あの椛の庭園で御待ちしております。
紅の木々を眺めながら、思い出を語り合いたく存じます。
折角の兄妹の逢瀬ですから、どうかおひとりで。
大正十年 十一月三日
悪鬼の城塞奥座敷にて あなたの茜より
坂ノ上龍臣様みもとに
六行に渡る、品の良い女文字であった。茜の筆跡である。
続いて、狂人を憐れむ歌と題された原稿用紙に目を通す。一編から三編までの掌編小説のようなものであり、これも同様茜の文字で綴られている。
第一編――生と死の境界。
瀕死に至った茜の最期が描かれている。
第二編――夢と現の境界。
時間の尺度を喪い、過去とも未来とも判然としない光景を幾度も繰り返す果てのない恐怖を描いている。
第三編――正常と気狂の境界。
狂人と云われた者の苦悩と、それを知らずに過ごしている第三者への憎悪、そして救いを求める叫びで締められている。
「成程。漸く、分かった。茜がしたかったことが」
これは――復讐なのだ。
狂人から正常たる者に対しての。逆恨みと云ってもいいだろう。健常者たる者には理解できぬ類の話だろうが――幼い時より、物狂いだ狐憑きだと両親や家人から罵られ蔑まされてきた妹を知っている私にとっては、その恨みも悲しみも手に取るように分かった。
そして――妹は兄である私に救いを求めたのだ。
ならば、応えてやらねばならない。
茜に引導を渡してやらねば――可哀想だ。
「ねえ、封筒には何て」
「果たし状ですよ。いや、逢瀬の誘いかもしれません」
恩賜の軍刀を腰に差し、封筒と原稿用紙を纏めて懐に仕舞う。
凛太郎の云う通り、これは私にしか分からぬ内容であった。
「龍臣君。茜さんは本当に、その――精神疾患があったのかしら。私にはどうしてもそうは思えないわ。だって――躰は鬼女紅葉だといえども、あまりに普通だったんですもの」
「慥かに、茜には奇行も悪癖もありませんでした。どれだけ精神医療の学術書を読み漁っても、茜を精神病だと決定づける記述なんてありませんでした」
「それならどうして酷い境遇を受けていたの?」
「賢過ぎたんですよ。茜は一度見聞きしたことは絶対に忘れないし、自分が正しいと思ったことは、仮令相手がどんなに立場ある大人であろうとも貫こうとする性分でした。尋常小学校に入って間もない頃、どこかの成金殿を理論で捻じ伏せてしまったらしく、大いに不興を買って――まあ、親類縁者にとっては都合が悪い存在だったのでしょう」
「でも、そんなことで座敷牢に幽閉するだなんて」
「家柄によっては、十分起こり得ることですよ。尤も、もう実際のところは分かりませんが」
家族も家人も皆火事で死んでいる。
確認のしようがない。
「隊長。応援を頼むという件ですが、少し待って戴きたい」
「待ってもいいけれど――どうするつもり? まさか、ひとりで行くの」
私が頷けば、罠かもしれない、懸命とは言い難いわ――と馨は難色を示す。
「懸命ですよ。何せ命を懸けているんですからね」
「言葉遊びなんかじゃないわ。真面目に聞いて」
「至って真面目です。何十何百と同じことを云われても、私は同じ道を選びます」
「貴方、莫迦よ。そう意固地にならないで」
「莫迦でも意固地でも結構。宜しいですか。これは最早、東京女学生連続殺人事件ではありません。私の事件なのです。私と茜と――紅葉の問題です。過去と向き合う時が来たのです。そうでなくては、私は妹の死に囚われて前に進めない。それに――茜だって、肝心な時に側にいてやれなかった私を恨んでいる筈です。その復讐を尊重してあげたい。尤も、態々殺されに行くつもりはありませんが――ここで行動を起こすのが、私にとっても茜にとっても、茜を喰らった鬼にとっても――最良の選択です」
どうして復讐に部外者が混じろうとするのですか――と云えば、馨は項垂れてしまった。
「隊長。どうか承認して戴きたい」
「分かったわ。けれど、ひとつ誓って」
「何を誓えと」
「貴方は貴方の復讐を果たしなさい。そして――無事に帰って来るのよ。かつて悪鬼を討った英雄の活躍、期待しているわ」
出会った頃の女学生らしい幼さは抜け、特務課の指揮者らしい余裕をもって馨は微笑んだ。




