初めての合奏
「皆さん、こんにちは~」
「こんにちは~」
あの子の横に立つ、二番目に小さなリコーダーを持つ男の呼び掛けに応えて、子どもたちの声がホールに響く。
「僕たち、ピタ◯ラスイッチ同好会、本日も皆さまにお目にかかれて、演奏の機会をいただき大変嬉しく、ありがたく思っております」
まんまの名前じゃねーかとつっこみを入れたくなる。
「えーっと、初めましての方へも、何度も聞いてるよの方へも、いつものご挨拶をさせてください。ピタ◯ラスイッチ同好会、リーダーの立森です。どうぞ、たっちゃんと呼んでください。僕らは大学の工学部に在籍している学生でして、普段は、より面白いピ◯ゴラスイッチを作るために、勉強や研究に力を入れております。そして、僕らは、工学と同じくらい、音楽にも力を入れております。緻密な計算に基づく様々な楽曲を解析し、演奏することは、工学にもつながる部分があり...とまあ、こんなふうに難しいことをそれっぽく語っていますが、簡単に言うと、僕らは、音楽が大好きです!短い時間ではありますが、今日は一緒に楽しみましょう!」わっと拍手がおこる。俺もやっと、まわりに合わせて拍手が出来た。あの子は、リーダーの横でにこにこ笑ってる。
「さて、早速演奏を始めようかと思いますが...」
「たっちゃーん、真ん中のお姉さんが違う人になってるよ~」リーダーの言葉を子供の声が遮る。真ん中のお姉さんって、あの子か?
「う~ん、気付いてしまったか。実はそうなんだ。途中で紹介するつもりだったんだけど、いつもの理沙お姉さんは、どうしても!絶対に!やらなければいけない学校の宿題が終わらなくて、今日は学校にいるので、ここには来れません」どうしてもと絶対にの部分をものすごく強調して、リーダーは子どもたちに説明する。大学の課題が終わらなかったんだろうか。
「日曜日なのに学校行くの~?」「うん、そうなんだよ、不幸にも、そういう日はある。大人になると、日曜日でも学校や会社に行かなきゃいけないこともあるんだ。そう考えると、今日ここで音楽を一緒に楽しめるって、実はすごくラッキーなことなんだよね」大人たちからは苦笑が漏れる。
「そこで!今日、僕らは強力な助っ人を連れてきました。紹介します!かなちゃんです!」あの子がすっと前に出る。
「皆さん、こんにちは。かなです。今ここにいない理沙さんとは、子供の頃からのご近所さんで、その縁で呼んでいただきました。ピタ◯ラ同好会さんのライブには、客として何度も足を運んでおりますので、本日は、演奏に加わることができて本当に幸せです。精一杯演奏しますので、どうぞ、よろしくお願いします」にこっと笑って頭を下げる。ああ、やっぱりかわいいなあ。かなちゃんだから、かなとか、かなことか、かなえとかが本名なのかな。名前が、知りたい。そんなことを考えてると、一際大きな声で、「それでは、早速、始めましょうか。ここのギャラリーホールではお馴染みのあの曲です!」そう言ってさっとピアノの椅子に座る。
気が付いたら、メロディーを吹いてたお姉さんはフルートを、一番大きなリコーダーの男の人はコントラバスを持っていた。「さすがかなちゃん!曲紹介を僕から奪っていきました。じゃあ僕も、楽器を持ち買えます」とリーダーのたっちゃんはバイオリンを構える。
流れるようなフルートの旋律が始まり、ジ◯リでお馴染みのあの曲のイントロが流れる。弾むようなピアノ、腹に響くコントラバスのベース音、少し耳に残る、でも不快ではなくきーんと伸びるバイオリンの上を、フルートが軽やかに滑る。メロディーがフルートからバイオリンへと移り変わり、たっちゃんの「せーのっ」のかけ声に合わせて、子どもたちの歌声が加わる。「隣のトッ◯ロトッ◯ーロ、トッ◯ロ、トッ◯ーロ、もーりのなーかに、昔から住んでるー」「大人の皆さんもご一緒に!」たっちゃんの声につられて、男性たちの太い声や、大人の女性らしいそれより少し低めの声も混ざりだす。
大合唱のなか一番が終わると、二番が始まる。メロディーは、ピアノだ。あの子がメロディーを弾くのを、初めて見た。メンバーと目を合わせて、歌詞を知ってて歌ってくれている子どもたちを見て、楽しそうに笑ってる。さびに入る直前、今度はあの子がみんなを誘う。さっきは黙っていたのに、つい、つられて歌ってしまう。口を小さく動かすだけの、誰にも聞かれないような小さな声だったけど、初めて一緒に演奏できて(実際のところはただの客だけど)、酒を飲んだふりをしながらあの子の後ろ姿を眺めてたときよりもずっと楽しくて、なんていうか、すごく幸せだった。