癒やし系でもかわいくもないぬいぐるみ
車に戻ってシートベルトを締める前に、かなが、ダッシュボードの上に無造作に置かれたぬいぐるみをさわる。赤色のシルクハットに赤色の縦縞の服を来たキャラクターで、地元の空港のキャラクター。そう、俺が中国に赴任する前に、かなが選んで俺に渡してきたぬいぐるみだ。
「懐かしいね、これ」
かなはそう言って、大事そうにぬいぐるみを胸に抱いてなでる。
「お、ちゃんと覚えてるんだ」
できるだけ意外そうに聞こえるように返しながら、かながシートベルトを締めたのを確認して車を発進させる。
「そりゃ覚えてるよ。私が優君からもらった数少ないプレゼントですから。」
「そうだっけ?」
「そうだよ。優君が私にくれたのって、学生時代に出張のお土産って言ってくれたアクセサリーと、この子と、あと、こないだのドライマンゴーくらいだよ」
「え?そうだっけ?」
「もう、さっきから『そうだっけ』ばっかりだよ!」
そう言って口をとがらせたかなが、ぬいぐるみを手に取って軽く振ると、キュルキュルとしたなんとも言えない音が鳴る。そう、動くたびにこの音が鳴るから、フロントガラスに貼り付けられる仕様になってるのに、ダッシュボードの上に無造作に置くしかなかったんだよね。
「ねえ、でも、優君普段これ置いてないでしょ?」
「・・・え?」
「だってこの子、全然日焼けしてないもん」
「う・・・、うん、実は、今日初めてここに置いた」
「ふーん。そうなんだ。・・・なんで?」
分かってるだろうに。視線を感じて助手席をちらりと見ると、意地悪な顔をしたかなが笑っている。
「まあ、そりゃあ・・・」
「そりゃあ?」
「だから・・・」
「だから?」
ああもう、こういうやりとりは仕掛けるのは好きだけど、仕掛けられるのは本当に苦手なのに!!
「だから、かなが覚えていてくれたらなって。忘れてたとしても、話題に出来るからって置いといたんだよ!」
半ばやけになってそう返す。自分の顔が耳まで熱い。絶対今赤くなってる。相変わらず横から視線を感じるのに、恥ずかしくてそっちを向けない。いや、運転中だからよそ見しないのが正解なんだけど。
そんな俺の様子を見てるのか、かなが嬉しそうに笑う。
「かなだって、気付いてるんならもっと前につっこんでくれてよかったのに」
悔し紛れにそう言うと、行きの道では、思っていた方向と反対方向に車が進んでいくから、そっちにびっくりしてぬいぐるみに突っ込むどころじゃなかったと言われる。まあ、確かに、それもそうか。
その後、出張中にぬいぐるみを部屋のどこに置いていたかとか聞かれて、それがきっかけで、中国にいたときの日常のちょっとしたこととかを話す。この前ファミレスで話したときは、向こうに着いてから日本に戻ってくるまでの出来事を時系列でひたすら説明することしかできなかったから。
俺は話が得意とは言えないタイプなんだけど、そんな俺でもどんどん話してしまうから、かなはすごい聞き上手なんだと思う。一通り話して静かになった頃に、かなは、胸に抱いていたぬいぐるみをキュルキュルと鳴らす。
「ねえ、優君、あのとき、ぬいぐるみ二つ買ってくれたでしょ?で、片方は私が持って帰ったの」
「うん、そうだったね」
「だから、うちにもこの子いるんだよね」
「まあ、かなが捨ててなければそうなるよね」
「・・・もう!なんでそういうコメントになるかな」
あれ?俺、なんかまずい返事したかな。田舎ののどかな道から街中に戻る方面に車を走らせていて、ちょうど車線も増えて交通量も増えて来たところだから、ちょうど運転に集中していて若干適当な返事になったのは否めないけど、なんか、かなの機嫌が悪くなってないか。
「え、じゃあ、なんて言えばよかったわけ?」
おそるおそるそう聞くと、かなは、もう一度、同じぬいぐるみが家にあると言う。
・・・やり直しってことか。
「・・・そうなんだ、このぬいぐるみ、かわいいよね。癒やし系で」
本当は癒やし系なんて思ってない。さっきも書いたとおり、間抜けな顔なのに口が裂けてて微妙なだと思ってる。あと、振るたびに鳴るキュルキュルした音も微妙だと思ってる。音楽でお金もらってるかなからして、この音はありなんだろうかと本気で思う。
でも、この返事は正解ではないが不正解とまではいかなかったらしく、かなが少し笑う。
「そうだよね、かわいいよね。この子。それでさ、この子が二人そろったところ見てみたくない?」
「え?別に見たいとは思わんけど」
さっきから何回も書いてるけど、俺はぬいぐるみが好きな男じゃないし、何ならこのキャラクターのことをかわいいとか癒やし系とか全く思ってないから、素でそう答えてしまった。
「・・・」
やばい、今度は黙り込まれてしまった。また俺、何か返答を間違えたらしい。
「かな?かなさん?おーい」
「・・・」
「え?まじで、どうしたの?俺、何か返事間違えた?」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「優君って、なんか、本当、鈍い」
気まずい感じでしばらく運転して、信号待ちで車が止まったときに、やっとかながそう口をきいてくれた。
「鈍いって何が?ぬいぐるみの話してただけでそんな不機嫌になる?」
「ぬいぐるみの話だけど、ぬいぐるみの話じゃないの!」
「・・・」
またかなが黙ってしまうから、俺は必死に考える。ぬいぐるみの話をしていたけどぬいぐるみの話じゃない?ていうか、どんな話の流れだったっけ?確か、ぬいぐるみが中国の俺の部屋のどこに置いてあるかって話をしてて、それで仕事以外で中国でどう過ごしてたかって話をして・・・。その後、かなもぬいぐるみをまだ持ってるって話になって、ぬいぐるみが癒やし系でかわいいって話になって、「二つそろったところ見たい?」って言われたけど、内心、癒やし系ともかわいいとも思ってない俺は別にそろってようがいまいがどうでもいいから、「別にいい」って返事した途端にかなが不機嫌になって・・・。かな、そんなにこのぬいぐるみを気に入ってるのか?ぬいぐるみっていうか、このキャラが好きなのか?別に人気のご当地キャラにすらなれてないただの空港マスコットだし、何がそんなにいいのか?
いや、ぬいぐるみの話じゃないって言ってたな。ぬいぐるみからいったん離れて、もう一度話しの流れを整理しよう。
二つ同じぬいぐるみを昔買って、それがそろっているところを見たいかと聞かれて。片方が今目の前のダッシュボードの上にあって、もう片方はかなが持っていて。あれ、さっき、かななんて言ってた?「うちにもいる」って言ってたような気がする。気がするじゃなくて、確かにそう言ってた!そういうことか!
「ごめん、かな、さっきの訂正する。そろってるところ見たい!めっちゃ見たい!」
突然大声を出した俺に、かなは一瞬驚いたようだけど、俺が気付いたことに気付いたのか、急に顔が真っ赤に染まる。さっきの俺みたいだ。耳まで赤くなったかなが、消え入りそうな声で遅いよとつぶやく。
それからまた車内は無言になったんだけど、でも、さっきみたいな気まずい無言じゃなくて、なんていうか、そわそわする感じの無言。そのまま工場地帯を抜けて、だんだん住宅地へと近づいていって、朝待ち合わせたコンビニに着いた。その頃にはかなの顔色もすっかり落ち着いていた、お茶やジュース、お菓子とかを一緒にわいわいと選ぶ。でも、これだけじゃ足りない。かなの部屋に行くには、アレが足りない。今日、少しでも距離を縮められたらなとは思っていたけど、そういうつもりは全くなかったというか、なれるとすら全く思ってなかったから、全然、そういう準備をしてないから。だから、かなに、もう少し買いたいものがあることを伝えて、雑誌でも読んで待っていてほしいと頼む。俺の意図に気が付いたのか少しぎこちなくなったかなは、おとなしく雑誌コーナーで背を向けてくれたので、その隙に必要なアレを買う。ヤバい。こういうの買うの、中国行く前以来だから変に緊張する。
会計まで済ませた後、雑誌コーナーで何も読まずに突っ立って、ただラックに並べられたいた表紙をじっと見ていたかなに声をかけて、車に戻る。さすがにそのままコンビニに車を停めたままにはしておけないから、近くのコインパーキングに移動する。適当に停めたそこは、時間上限がないところだった。ちょっと嫌だなと思ったけど、そんなことを口に出すのもださいし黙っておく。今度来る時までに、上限ありでできれば安くて停めやすいとこ探しておこうと内心でつぶやいていたところに、
「ごめんね、私、自分の車持っていないからこのあたりのコインパーキングのこと全然知らなくて。今度までに、お得なとこ探しておくね」
と俺が思っていたことと同じことをかなが言ってくれる。
ああ、こういうところだ。かなの丸くて大きな目も、さらさらの髪の毛も、話し上手なところも聞き上手なところも、キラキラと楽しそうにピアノを弾くところも、あと、たまに拗ねたようにするところも、ちょっと意地悪な言い方をするところも全部好きだけど。好きなんだけど。でも何より、こういうところが好きなんだ。俺のことを考えてくれるところ。
そう感じたとたん、急に胸がぐわーっとなってしまって、かなが隣でなんかいろいろ話してくれているのを聞き流してしまった。実はそのとき話してくれたのは、会社補助があるから3年目社会人にしてはすごくいい部屋に住めてるってこととか、その会社補助は海外転勤ありって条件付きの好待遇な福利厚生だとか、今思うとすごく大事な話だったんだけど、何しろ俺はぐわーっとなっていてそれどころじゃなかったんだよね。
だから、かなが部屋の鍵を開けてドアを開けたとたんに、かなを部屋に引っ張り込んで、閉まったばかりのドアにかなの背を押しつけて抱きしめてしまった。え?え?とかなが言ってるのを頭のどこかで分かってたはずだけど、完全に無視して、足を使って靴を乱雑に脱いで、ついでにかなの靴もさっさと脱がせて、間取りも分かっていない他人の部屋の廊下をずかずかまっすぐ進んで、突き当たりにあるリビングに入って空いたスペースにかなを押し倒す。汗と少し潮の匂いがまじった首筋に顔を埋めて、大きく息を吸う。背中が痛いと言うつぶやきを何とか聞き取った俺は、かなを立たせてまた手を引いて廊下に戻る。玄関に落ちているコンビニの袋からゴムだけ取り出すと、廊下の横の引き戸を開ける。そこにあるベッドに今度こそとかなを押し倒して。・・・その後はなんか無我夢中って感じだったからあんまり覚えてない、ってことにしとく。まあ、実際覚えていてもここでは書けないしね。
ただ、まあなんていうか、いろいろ終わった後で、かなから、せっかく買ったお茶やジュースがすっかりぬるくなったと文句を言われたことは書いておく。アイスを買わなかった自分の英断を自分でほめたいと自慢げにしているかなを見て、なんだかおかしくて笑えてしまったのを今でもたまに思い出す。
あ、あの癒やし系でもかわいくもない空港キャラのぬいぐるみは、かなの分はベッドのヘッドボードにちょこんと置かれていた。これについても、いろいろ終わった後でかなに言われて初めて気が付いたんだけどね。そういや俺の車に乗ってたほうはどうしたかなと思ったら、車を降りるときにちゃんとかなが持ってきていたらしい。ただ、部屋に入って俺がかなを引っ張ったときに落としたみたいで。かなは苦笑しながらも、シーツにくるまった状態で探しに行って、廊下にぽとりと落ちてる俺のほうのぬいぐるみを見つけてきてくれた。
癒やし系ともかわいいとも思えなかった俺の感覚はどうやら正しかったらしく、あのキャラは相変わらず人気がないままで、街中には全然進出してないらしい。おかげで助かった。出張で空港を使うときくらいしか、ぬいぐるみがふたつ並んだベッドのヘッドボードを思い出さないで済むから。




