久しぶりのドライブデート
その日は演奏するかなを店の席からただ見つめることしか出来なかった。演奏は営業時間のうち何度か行われるものだから、一度の演奏が終わっただけでバイトが終わるわけないことも分かっていたし、かなはキャストじゃないから席に着かないことも分かっていたけど、彼氏なんだから少しくらい話せないかと思って不満を抱いていたけど、しょうがない。諦めてその日はセットが終わるのを待たずに帰ることになった。
結局かなに会えたのは俺が中国の出張から帰ってきて1月半が経ったころ。キャバだけじゃなくて、レストランや結婚式場などいろいろバイトを入れていたみたいで、なかなか週末の予定が空かなかったらしい。
すっかり秋になった景色のなかドライブに出かけた。久しぶりに会うかなは相変わらずかわいくて、抱きしめたくてたまらなかったけど、1月半も俺に時間を作ってくれなかったことで拗ねた気分になっていた俺は、素直になれずに素っ気ない態度を取ってしまった。
分かってる。かなは何も悪くない。出張からいつ帰れるかなんて俺でも分かってなかったんだから、当然かなも分からなかったわけだし、俺と会えるか分からないの予定を空けるなんてしても意味ない。それに、すでに入っていたかなの週末の予定は、変えることが難しいものだってことも分かってる。だけど、本当に大人げないことは分かっているんだけど、「後回しにされた」って感じた気持ちをなくすことができなかったんだ。
かなはいろいろ俺に話しかけてくれて、会えなかったときのことをいろいろと聞いてくれようとしたんだけど、俺が素っ気なかったからか、次第に自分のことを話すようになった。その内容は大学の授業のことやピアノの演奏のこととかで、かなの世界に俺がいなかったことを痛感してしまって、よけいにいらいらしてしまった。
なんか適当にドライブしていた気がするんだけど、どのあたりを走ったのかはもうはっきり覚えていない。ただ、このとき、俺の席のお茶は全然減らなくて、かなのペットボトルが早いうちに空になっていたことは覚えている。お茶がなくなってもかなはずっと話し続けていて、夕方になってかなの部屋の近くのコンビニに着いたときには、かすれたような声になっていた。家に寄るかどうか尋ねられたときに、「声がかすれて体調悪そうだから、今日はもう帰って休んだら?」と冷たく返してしまった。かなの声がかすれていたのは、俺が全然話さなかったからだ。そんなことはかなも分かっていたはずなのに、かなは俺を責めずに、ただ「そうだね。そうする」とつぶやいて、助手席を降りて行った。
とぼとぼと歩く後ろ姿を見るとたまらなくなって、俺は気がついたら車を飛び出していた。
「かな、ごめん!ちょっとそこで待ってて!」
と大声で声をかけた後、コンビニに駆け込んでお茶を買って、驚いて立ち止まったままのかなの元に大急ぎで走った。
「ごめっ。喉、枯れてるの俺のせいだからっ。だからっ、これ、飲んで」
やばい、急に大声出したのと、走ったのでめっちゃ息が苦しい。はあはあと息をきらせながらも何とか伝えて、かなにお茶を押しつける。
驚いて見開いていたかなの目から、みるみる涙がにじんでくる。
ああ、泣かせてしまった。今日一日、俺があんな態度だったから、ずっと我慢していたのだろう。数ヶ月ぶりに二人で出かけたのに、ろくに話そうともせず、本当に俺は何をやってたんだろう。
かなの手をつないでコンビニの駐車場に戻って、助手席に座らせる。かなに手からそっとお茶を取って、蓋を開けて、手に戻すと、かなはこくりこくりとお茶を飲んだ。そしてはぁっと息を吐くと、そのままペットボトルを俺に押しつけてきた。
「優君も、飲んで。さっき、息切れてたでしょ。ちょっと走っただけなのに」
もう泣き止んでいるかなが、赤くにじんだ目で笑ってくれた。
あんな態度取った俺に、怒って当然なのに。かなは怒らない。
「ね、もう私、声かすれてないよ。大丈夫。だから、今度は優君の話を聞かせて?」
ああもう、かなわない。そのまま近くのコインパーキングに車停めて、かなの部屋に二人で入る。
その後は、ひたすら中国での仕事の話をした。主に大変だった話になってしまったんだけど、ただただ話す俺の話を、かなはずっと聞いてくれた。頑張ったねと言われてよしよしと抱きしめられて、やっと俺は、落ち着いた気がした。