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久しぶりの演奏

 店員が俺の顔を見て、分かっているといった顔をして声をかけてくる。

「いらっしゃいませ。本日も美麗さんのご指名で、演奏がよく見える席でよろしいでしょうか」

 すげー。何ヶ月か振りで、指名で来たのは一度きりの俺のことも覚えてなんて、さすが高級店。確か、かなは伴奏をしているだけで、キャバ嬢じゃないから指名できないってことだから、バイオリンを弾いてる美麗を指名したんだった。

 それでいいと答えたら、席に案内され、程なくして美麗が席に着く。一瞬驚いた顔をしたものの、すぐに笑顔になり、席に着いて水割りを作るか聞いてくれたが、車で来ていることを伝えたところ、グラスに氷とウーロン茶を入れてくれた。

「こんばんは。来てくださってありがとうございます、『優くん』?」

 意味ありげに微笑む美麗が、俺の名前を知っていることに驚いた。

「美麗さん、俺の名前知っていらっしゃるんですね。あの・・・かなから聞いたんですか?」

かながどんなふうに俺のことを伝えているかが知りたくて、つい、早口になってしまう。

「いちおう、ここお店なので、あの子のことは恵理って言ってもらえますか?」

 あきれたような口調でたしなめられてしまう。

「あ、すみません。・・・あの、それで、恵理・・・さんが、俺のことを話してたんですか?」

「そうですよ。あの子には頼んでここで伴奏してもらってますけど、もとは友達だから、彼氏ができたって話だってしますよ」

 彼氏という単語に耳が反応してしまう。付き合おうとか一言も伝えたことなかったけど、かなは俺を彼氏と思ってくれてたことに嬉しくなる。

「なんで彼氏がわざわざ店にお客様としていらっしゃるのかなとは思ってますけど・・・念のためお伺いしますけど、プライベートで会ってもらえなくて店に来たってわけじゃなくて、うまくいってるんですよね?」

「うまくいってるかどうかは分からないんですけど・・・しばらくずっと海外出張で会えなくて、ついこの間帰ってきたばかりで、か・・・あ、恵理さんが今日明日はバイトが入ってるから会えないって言うから、せめて姿だけでも見たくて、店に来てしまいました」

「海外でお仕事されてたんですね、大変ですね」

「あ、ちょっと、先輩のピンチヒッターっていうか、そんな感じなんで、もう、たぶん、そういうことはないと思うんで・・・あ、あの、かな・・・あっ違う、恵理さんにお土産あって、あの、よかったら渡してもらえないですか?」

 そう言って空港の免税店で買った箱を渡す。中身はネックレスだ。某ブランドのタグ?みたいなのがついていて、ピンク色でふんわりした雰囲気のかなに似合いそうだなと思ったから、つい買ってしまった。

「何それ直接渡せばいいのに」

「いや、次いつ会うか約束してなくて、かっ、あ、違う、恵理さん、今日明日はバイトって言ってたから」

「今日明日がだめでも、明後日の日曜は?」

「いや、恵理さん、会えるときはそう言ってくれるから、言わないってことは、何か用事があるかなと思って・・・」

「・・・そうですか、承知いたしました」

 演奏が始まる前に他の指名客にも挨拶をして回るからと、美麗が席を立つ。そのときに、他の嬢が席に着くときにかなの本名を話すなと念押しされてしまった。直接他の席に行かずにいったんバックヤードに下がったようだから、プレゼントをかな渡してくれているかもしれない。


 演奏が始まるまでまだ時間がある。指名の美麗がいないということで、他の嬢が隣に座って何か話しかけてくれているのを、おざなりに流して時間が過ぎるのをひたすらに待つ。

 何杯めかのウーロン茶をおかわりした頃に、突然、ステージにスポットライトが当たる。客や席に座っている嬢たちも、分かっているといった様子で拍手をして、その拍手に迎えられたバイオリンを持った美麗がステージに立つが、俺が目で追っていたのは、その後ろにいる茶髪の女の子だ。肩までのさらさらのショートボブに、目立たないような黒のドレス。その胸元に、俺がプレゼントしたネックレスがあった。ライトに反射してキラキラしていて、目が離せなくなった。

 明るい席から見れば、俺がどこに座ってるかなんて分からないはずなのに、かなは俺のほうを一瞬だけ見て笑ってくれた。その後は演奏に集中していたようでずっと美麗を見てたけど、俺はずっとずっとかなを見てた。

 久しぶりのかなは相変わらずかわいくて、演奏をする様子は楽しそうで、ちっとも変わってなかった。俺は、帰国した日の夜に同期と飲みに行ってしまったことを本当に後悔した。あのまま、かなに会いに行けばよかった。今日はかなに会えない。明日もかなに会えない。そんでもって、たぶん、明後日も会えない。明後日の次の日は月曜で、仕事が始まる。最速で会えるとしても、1週間後の金曜日。少しでも顔が見れたらと思って店に入ったのに、顔を見たら話したくなって、余計につらいことになってしまった。

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