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ペアシートの使い方

 嬉しいことというのは続くもので。かなの部屋に泊まった次の週、俺は会社で上司に呼び出された。前に提出した昇進試験の課題が通って、二次試験を受けることができるということだった。課題の内容を詳しく書いて会社名とかばれるといけないから内容を書くことは出来ないんだけど、俺にとっては正直けっこう難しくて、まさか通るなんて思わなかったからかなり嬉しかった。工場内でも、大卒や院卒でも通ったのはそこそこしかいなくて、高専卒で通ったのは俺だけ。この一次試験の課題を通ったからといって、次の課題もあるから油断は出来ないのはわかっていても、本当、嬉しかった。

 もちろんこのことはかなに伝えた。嬉しかったことは顔に出さないようにして、さも通って当然のような顔をしていたけど、どこまで隠しきれてたかはわからない。ただ、かなも、俺が一次試験に通ったことをすごく喜んでくれて、お祝いをしようと言ってくれた。ただ、俺も次の課題に向けた準備があるし、かなも、6月に入ると週末は結婚式のピアノのバイトが入ってくることもあって、なかなか合う時間がなかった。7月に入ると、かなも、大学の前期試験が近くなるから勉強しないとって言ってたし。

 そうすると、またしばらくはメールと電話だけのやり取りになって。会いたいなとは思うんだけど、そこはもうしょうがないというか。本当は、かなが好きなことを話題に出して、お互いの課題や試験が終わったら会おうって誘いたかったんだけど、俺は、かなが何を好きかなんて全然知らなかったから、しょうがないから、俺が興味持ってる話をした。かなと出会ったあの年、ちょうど夏に海の映画が上映されることになって。世界中の海を何年も回って、海の様々な表情を撮ってきたって映画。海の友達の間でも話題になっていて、上映が始まったら絶対に観に行きたいと思ってるって話に出した。そしたら、かなも乗ってきてくれて。

 そこからは、映画を観るってだけじゃなくて、映画デートって意味でも楽しみになった。当時、港の近くにあるシネコンにはペアシートがある映画館があって。俺のアパートの部屋から割と近くにもシネコンがあったから、そんな港方面の映画館なんて行ったこともなかったのに、詳しいふりをしたのを覚えてる。

「かなはさ、港区のほうにある○○って映画館行ったことある?」

そんなふうに何気なく話題を振って。かなの「行ったことがない」という言葉に安心して。

「そこの映画館はさ、全部のスクリーンじゃないけど、一部にはペアシートがあるんだけど。普通の座席二つ分よりもけっこう広めのシートでさ。俺は、観たい映画でペア席があるときは、そこを選ぶようにしてるんだよね。一人で広々席を使うっていうのも気分いいし。」

使ったこともないくせに、そんなことを言う。

「大島さん、すごいね!ペアシート一人で使うの?」電話の向こうでおかしそうに笑ってくれるかなの声に嬉しくなって、さらに強がる。

「え?いいじゃん、大人なんだし。お給料は好きなように使えばいいでしょ。それに、一人でペアシート使っても、かなのバイト先で座るより、よっぽど安いよ。」

 しまった。キャバのバイトのことを言ってしまった。気にしてるって思われるの嫌だな。そう思うんだけど、出てしまった言葉は訂正出来ない。かなの次の言葉に耳を澄ませる。

「まあ、確かにあのお店はお金かかりますもんね。でも、大島さん・・・じゃない、優君はもう、お店に行かなくても私に会えるんだから、お店の値段と比べなくてもいいんじゃないかなあ。」

 さらっと笑ってかなが答えてくれる。よかった流してくれた。かなの部屋に泊まってからもう1か月は過ぎて、ずっと会えなくてメールと電話のやり取りだけで。でも、気が付いたら呼びなおしてくれる優君呼びに、距離が近づいていることを感じて嬉しくなる。

 電話を切ってから、課題がはかどる。締め切りまでには余裕で終わりそうだ。早く夏にならないかな。あのときは、そんなことばかり考えていた。

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