名前の読み方
「机が散らかっていてすみません。出かける直前までレポート片付けてて...」
酔ってるはずなのに、かなは、てきぱきと机の上を片付けようとする。もしかして、顔に出る割には酔わないタイプなのか?落ち着いてるなら、コンビニで買った酒は飲ませずに帰ったほうがいいかな?
思わずそんなことを思うが、かなは、机の上にまとめられたレポート用紙を派手に散らかす。...前言撤回。やっぱりまだ酔ってるみたいだ。床に散らかったレポート用紙を集めているうちに、ふと、気になったことがあった。
レポートの表紙に書かれていたのは、題名と、学部、クラス、学籍番号。そしてその横に、「鈴村 愛」の文字。
「あれ、かなさん、これって...」
「これ?ああ、レポートですよ。印刷して見直してたんですけど、いろいろ直したいところが見つかったので。それで、今日、出かけるぎりぎりまで直してたんで」
「いや、そうういことじゃなくて...あの、かなさんの漢字が、珍しいなって」
「そうなんです。この漢字だと、あいちゃんって呼ばれることがほとんどで。ほとんどっていうか、ほぼ、100パーですけど」
「うん。俺も、かなさんって最初に教えてもらえなかったら、そう読んでたかも」
「なんかね、昔の日本は、愛しいって書いて、かなしいって読んだらしいですよ。あと、沖縄でも、琉球の言葉で似たような意味になるらしいです。でも、今は時代が違うんだから、すごーく迷惑!」
そう言ったかなは、せっかく集めたレポートを机の上に乱暴に置く。
「だから、高校くらいからは、テストとかレポートとか、漢字じゃないとダメなとき以外は、たいてい平仮名で書いてます」
かなは不機嫌だけど、俺は、知らなかったかなのことをまた1つ知ることが出来て、つい、笑顔になってしまう。
「もー。大島さん、何笑ってるんですか」
「いや、すねてる顔もかわいいなあって」
「...え?」
「...あ」
いつもは口にしなかった心の声を、うっかり口に出してしまったことに気がつく。ヤバい。俺も酔ってたらしい。
「...いや、名前の読み方だけで拗ねるなんて、子供だなって意味だよ。俺だって、名前、よく間違えられるけど、別にそんな気にしないけどな」
つい誤魔化してしまった。というか、誤魔化せてたんだろうか。
「大島さんって、優しいとか、優秀とか書いて、ゆうさん、ですよね。男の人だと、まさるさんって読むことも多いですもんね」
よかった、かなが乗ってきてくれた。
「そうそう。よく間違えられる。でも、別に大丈夫だよ。ていうか、読み方教えたことあったっけ?」
「前にいただいた名刺に、会社のアドレスが書いてあったので」
「あ、そっか」
そっけなく返事をしてしまったけど、かなが意外に俺のことをちゃんと知ってくれたことが嬉しい。
「私、大島さんの名前、読み方間違えたことなんてないですよ」
「そんなドヤ顔して言ってるけど、俺の名前なんて読んだことないじゃん。いつも、名字にさん付けで」
あんまり自慢気な顔して言うから、つい、からかってしまう。
「あ、言われてみればそうかも。じゃあ、優君?」
話の流れで何気なく名前を呼ばれたから、固まってしまった。しかも、君付け。ヤバい、かわいすぎる。なんでこんな流れになってるのかがわからないけど、幸せ過ぎる。
俺が固まってるのに気がついたのか、かなはにやりと笑って、首を傾げた。
「優君、机も片付けたし、二次会しよっか?」
そして、床に置いたコンビニのビニール袋からチューハイとビールを1つずつ出して机の上に起いたかなが、もう一度、俺の名前を呼んだ。
「ね、優君?」
さっきまですぐ帰るとかなんとか考えてたはずなのに。情けないことに、俺はその声に逆らえず、缶を開けるかなの手を見ながら、しばらく固まったままになってしまった。




