酔っ払いとの会話
悩んだ結果、かなには、果実酒を勧めてみることにした。いくつかある果実酒の中から、かなが選んだのは桃の果実酒。飲みやすいように、炭酸水で割ってもらうことにした。
しばらく待つと、串揚げと一緒に桃の果実酒が届いたので、改めて乾杯をする。両手で持ったグラスの中身を恐る恐るみたかなだったが、一瞬の間を置いたあと、こくりと少しだけ口に運ぶ。
「...これ、甘くて、飲みやすくて、おいしい」
そう言って笑う。どうやら、俺のおすすめは当たっていたらしい。
「お酒だからちょっと苦いんですけど、でも、おいしい」
「炭酸割りだからさ、串揚げとも合うと思うよ。こっちも一口食べてみて」
アスパラのベーコン巻きを片手に持ったかなが、それをぱくっと一口食べて、おいしそうに咀嚼する。その後にもう片方の手でグラスを持ち、今度はごくっと炭酸割りを飲む。
「本当だ!熱々の串揚げと、お酒の組み合わせって合いますね。これ、いいかも」
にこにこしてるかながかわいい。
ただ、かなはそんなにお酒が強いわけではないらしく、串揚げと酒を交互に口に運ぶようなペースで飲んでいたら、すぐに顔が赤くなってしまった。
「...かなさん、もしかしてお酒弱いんじゃないかな?顔、赤くなってるから、次はウーロン茶にしようか?」
「え~、炭酸割り、おいしいのに」
赤い顔をしてすねるかなもかわいいけど、でも、ちょっと心配だ。
「わかった。じゃあさ、とりあえずウーロン茶頼んで、それで顔の赤いのがひいたら、次のお酒頼もう?」
「...そんなに赤いですか?」
「うん。赤い。」
気になったのか、かながカバンからポーチを取り出して、鏡で顔を確認しだした。
「...本当だ。ちょっと赤いかも」
「でしょ?だから、それひくまではウーロン茶ね。串揚げと冷たいウーロン茶も合うよ」
そう宥めると、かなは渋々ながらも納得してくれたようで、ウーロン茶を注文する。
それからは、お酒を飲みたいと言うかなを適当にごまかしつつ串揚げを食べた。酔ったかなは少し饒舌になるようで、にこにこしながら目の前の串揚げの感想を話してくれた。何本か食べたら腹が膨れてきたようで、お腹をさすりだした。
「お腹いっぱいになってきちゃいました。そういえば、この前お会いしたときも、私、お腹いっぱいになってたんでした。あの時お借りしたアルバム、まだお返し出来てなくて申し訳ありません」
「そんなの、気にしないでいいよ。返せるときに返してくれればいいから」
「うーん。でも、借りっぱなしってなんだかもやもやするんですよね。なんで部屋に置いてきちゃったんだろ」
「そんなの、今日会う予定なかったからだからでしょ?」
「そうなんですけど...あれ、会う予定なかったのに、なんで今、私、大島さんと飲んでるんだろ」
「それは、急にかなさんのバイトがなくなって、俺がたまたま会議で近くにいたからじゃない?」
「えーそっか、そうだったかも」
なんだか、かなの話す内容が怪しくなってきた。酒の合間にウーロン茶を飲ますようにしていたから顔の赤みはひいたけど、酔いは抜けていないようだ。腹は膨れたようだから、この辺りで止めておこう。そう決めて、俺は、店員に会計を頼む。
「え~、なんで勝手にお会計頼んじゃうんですかぁ」
「え~じゃないよ。かなさん、酔ってるでしょ?今日はこれ以上のお酒は止めておこう?お腹もいっぱいになったし、いいよね?」
文句を言うかなを宥めながら店を出る。いつものように半分払うと言い出さずに口を尖らせてるだけのかなは、やっぱり、酔っているらしい。楽譜やドレスが入っているらしい大きなカバンを抱えてふらふらしてるのを見ると、このまま地下鉄で一人で帰れるか心配になった。
だから俺は、地下鉄の出入口に向かうのを諦めて、タクシーを止めた。以前、かなと待ち合わせたコンビニなら、きっと下宿先も近いだろう。俺は、かなとのメールのやり取りを辿り、コンビニの店名をタクシーの運転手に告げる。ナビで検索したらちゃんと出たようで、そこまで送ってもらうように頼む。
「かなさん、ふらふらして心配だから、地下鉄じゃなくてこれに乗って帰って。この前待ち合わせたコンビニまで頼んだから。そこからなら下宿先のアパート、近いよね?それか、自分で説明出来るようなら、アパートの前まででもいいから」
そう言って、かなの持つカバンを座席に詰め込む。そのままかなにも乗ってもらおうとしたら、かなはなかなか動こうとしない。
「...かなさん、心配だから、タクシーに乗って」
そう説得して、かなの肩を掴んで顔を覗きこむ。
しばらく黙って立っていたかなが、何かを思いついたかなが、顔を輝かせて俺を見る。
「じゃあ、大島さんも一緒に来てください!そしたら、大島さんも心配しなくていいですよ。それに、私もアルバム返せますし!」
「...はあ!?」
満足そうな顔をして、かなが俺の腕を取る。タクシーに向かって引っ張るのだが、酔ってるから足下がふらふらして転びそうだ。
「ね、大島さん、早く早く!」
俺が動かないから、俺をタクシーまで引っ張るのを諦めて、その場で俺の腕をぶんぶんと振りまわす。タクシーの運転手からは、怪訝な顔で見られる。
かなのことが心配なのは本当だし、かなを送ってアルバムを返してもらって家に帰ればいい。まだそんなに遅い時間じゃないから、電車も余裕である。
そう言い訳して、俺は、かなと一緒にタクシーに乗ることになってしまった。