ちょっと苦かったらしい
コーヒーを飲み終わってから、喫茶店を出る。
少し南に歩けば、たくさんの居酒屋があったので、店がなくて困るということはなかった。しばらくうろうろと歩いていたが、雰囲気のよさそうな串揚げ屋があったので、入ってみることにした。
カウンターに通され、隣に座る。かなは、小さめの肩掛け鞄以外に大きめの鞄を持っていて、荷物を入れるようにすすめられたカゴには入らないようだった。店員が預かると申し出てくれたので、かなは鞄を手渡していた。
「すみません。楽譜とかドレスとかいろいろ入ってるので、大きめのバッグになっちゃって。お店の方が預かってくれて助かりました」
ちょっと恥ずかしそうにかなが言う。
「そっか。いろいろ持ち歩くなんて大変だね」
「はい。ドレスはちょっとかさ張りますしね。でも私は楽器を持ち歩かないので、他の楽器の人たちに比べたら楽なほうですよ」
「そういえば、この前はこんなに荷物なかったよね」
「ちょうどクリーニングに出してたんです。バイト代から引かれますけど、お店でお預けするだけで全部やってもらえるので、ありがたいです。...って話す前に、注文しなきゃですね。大島さん、今日もビールでいいですか?」
そう言ってかながメニューを見せてくる。
とりあえずは飲み物を頼む。今日は仕事がないためか、かなもビールを頼んでいた。
「ビール、飲むんだ。好きなの?」
少し意外な気がする。かなは、背も小さいし髪もストレートのショートボブだから、見た目から判断すると幼い印象がある。だから、アルコールを頼むとしても、ビールじゃなくて、甘い味のついたチューハイやカクテルじゃないかと思ったからだ。
「実は、ビールは苦くてちょっと苦手なんですけど。でも、居酒屋でビールと摘まみって、なんていうかかっこよくありませんか?」
にこにこ笑うかながかわいい。ちょうどビールが運ばれてきたので、乾杯する。ごくっとジョッキをあおったかなは、すぐに顔をしかめた。
「...やっぱり苦いです。のど越しがって言う人もいますけど、のどを通る前に、舌が苦いです」
顔をしかめる。
「無理して飲まなくても。俺、飲むよ。かなさん、違うの飲む?他のお酒頼んだら?」
「...すみません、いいですか?」
かなが俺の前にビールのジョッキを置く。俺は今手に持ってる分を一気に飲み干して、かなが飲んでいたジョッキを手に取った。グラスの縁に少し泡の痕が残っていて、かながそこに口をつけたことがわかる。ジョッキを持ってそのまま口にすればいいんだけど、一瞬迷って、取手は持たずに、グラスを少しだけ回してから、ビールを口に運ぶ。
そのまま飲んだら自然に間接キスになったのに、変に意識してグラスを回してしまったことを心の中で後悔する。
視線を感じて横を向くと、かなが心配そうな顔で俺を見ていた。
「...あの、すみません。飲みさしを渡してしまって。考え無しでした。やっぱり私、自分で飲みます。大丈夫ですよ。ちょっと苦いけど、飲めるんで」
グラスをまわして飲んだことを気にしているようだ。しまった。意識なんてしないで、そのまま口をつければよかった。
「いいよ。俺、ビール好きだし。グラスのことは、なんていうか、ちょっと意識し過ぎた。あ、でも、意識したって言っても、飲みかけが嫌とかじゃなくて、このまま飲んだら間接キスになるなとか、そういうことで...」
最後のほうは声が小さくなってしまった。
「だから、かなさんは気にしなくていいんだって!新しい飲み物、何がいい?」
つい、大きな声になってしまった。
「間接キスが気になるって、大島さん、大人なのに」
かなが笑う。よかった、笑ってくれた。
「いいじゃん別に。そういうお年頃なんです」
ちょっとすねた声になってしまったから、ますます笑われた。
「すみません、なんか、おかしくて。大島さん、もっと大人な人だと思ってたから」
「自分では大人のつもりだよ。少なくとも、かなさんよりは年上だし」
「じゃあ、大人な大島さんに、飲み物選んでもらおうかな。私、最近お酒飲めるようになったところなので、実はよく知らないんです」
そう言われて、はっとする。そういやこの子、大学2年生だった。
「そ、そうだよね。じゃあ、何がいいかな?ビールみたいに苦いのがダメなの?炭酸系がいけるなら、チューハイは?それともやっぱり甘いカクテルがいいかな?」
俺の言葉にしばらく考えたかなが言う。
「チューハイでもいいんですけど。でも、缶で買えるので。出来れば、お店でしか飲めないお酒がいいです。甘いのでもいいんですけど、これからご飯なので、あんまり甘いのは、ちょっと合わないかなって」
「じゃあ、そのリクエストを踏まえて、俺からおすすめさせていただきます」
そう言うと、かなが嬉しそうに笑った。やっぱりかわいい。笑って顔が見れただけで、おれはめちゃくちゃテンションがあがってしまった。




