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急なお誘い

「お仕事お疲れ様です。今日は会議の後に何かご予定ありますか?私はバイトがなくなって時間が空いてしまったので、よかったらご飯に付き合っていただけませんか?」


メールにそう書いてあったから、俺は思わず目を見張った。


周りを見ると、会議が終わっても何人かは残り、携帯を確認していたり、電話をかけたり、何か話したりしていたので、俺も、その場で即効で返信を送る。ちょうど会議が終わったことと、ご飯に行きたいこと、それと、5分後に電話していいかと送る。


会議室を出て急いでトイレに行って、身だしなみを整える。同じ会議に出ていた男が、洗面台の前でネクタイや髪型を直す俺を、鏡越しににやにやしながら見てきた。営業担当で、何度か面白いと思う意見を出してた奴だから、顔は覚えていた。


「大島さん、気合い入ってますね。何か予定あるんすか?」


くだけた口調でプライベートな話をするような仲では絶対ない奴からこんなふうに聞かれるなんて、普段だったら絶対機嫌が悪くなる。が、今は別だ。


「まあ、予定あるっちゃありますね」

「うわ、やっぱり。今度、話聞かせてくださいよ」

「...話したくなるようなことになったら、ぜひ」

「あ~ということは、まだ彼女じゃないんすね。じゃあ、今日は頑張ってください!で、来月、よかったら飲みに行きつつ聞かせてください。俺、大島さんと話してみたかったんで」


まだ仕事が残ってると愚痴を言って、営業担当は出ていった。余計な時間を取ってしまったと、あわてて営業支店を出て、携帯を確認する。かなからの返信がきていて、電話はいつでも大丈夫とのことだったので、その場でかけ、かながいる場所へと急ぐ。


かながいたのは、ビルの地下にある喫茶店だった。落ち着いた雰囲気の店で、店員に、連れが先に来ているはずだと伝えると、もう先に聞いていたようで、案内してもらえた。


「こんにちは。お仕事、お疲れ様です」

かなが笑う。今日もかわいい。


「あー、ちょっと疲れたから、何か冷たいもの飲みたい。すぐ飲むから、それから飯でもいい?」

そう言うと、メニューを取って俺に見せてくれた。


「ここのコーヒーはとってもおいしいらしいですよ。私はコーヒーはちょっと苦手なので、紅茶ですけど」


そう言われると、アイスコーヒーじゃなくて、普通にコーヒーが飲みたくなってきて、結局、ブレンドコーヒーを頼んだ。


注文を終えて、早速、かなに聞いてみる。


「かなさん、急にどうしたの?」

「本当、急に誘ってしまってすみません。実は、今日、美麗とお店で合わせる練習をしていたんですが、どうやら体調がよくなかったみたいで。それで、お店の人と相談して、急なんですけど、あの子が休みになっちゃったんです。だから、私、急に予定が空いてしまって」


そういうことだったのか。


「体調不良はしょうがないので、服でも見て帰ろうかなと思ったんですけど、そういえば、大島さん、今日は会議でこのあたりにいらっしゃるんだなって思い出して...それで」


暇潰しだとしても、俺のことを思い出してもらえたってことがすごく嬉しい。


そんなことを話しているうちに、コーヒーが来た。すごくいい香りがする。飲んでみると、じわっとくる深いコクと、ほんのりと感じる苦味がちょうどいい。これ、けっこう好きなコーヒーかもしれない。


「...どうですか?」


向かいでわくわくした顔のかなが聞いてくる。ああ、そっか。コーヒー苦手って言ってたから、自分では飲まないのか。


「うん。コクがすごくて、苦味もほんのりあって、俺はけっこう好きかも」


そう答えると、ほっとしたように笑う。


「でも、かなさん、コーヒー苦手なのに、こういう本格的なお店に入るんだね」


ちょっと不思議だった。オフィスビルの地下なんてあまり人が入らない場所で、本格的なコーヒーが置いてある喫茶店。コーヒー苦手なタイプなら選ばないような店だと思ったからだ。


「実は...ここ、コーヒーもおいしいんですけど、一番人気がアップルパイなんですよ」

「アップルパイ?」

「そうなんです。注文してから焼いてくれて、パイはさくさく、リンゴはしっとりで本当に本当においしいんです。私、ここのアップルパイが大好きで」


そう言われてみると、コーヒーの香りだけじゃない、バターのいい匂いがしている。周りでも、けっこうな割合でアップルパイを食べてる客がいるようだった。


「隠れ家っぽいお店ですけど、けっこう人気なんだと思います。で、私も、大島さんが今日いらっしゃらないようなら、アップルパイを追加で注文して夕飯代わりにしちゃおうと思ってました」


少し恥ずかしそうにかなが笑う。


プリンとかアップルパイとか、どうやらかなは甘いものが好きらしい。


「アップルパイの話してたら、なんだかお腹がすいてきちゃいました。大島さん、今日、これから何食べに行くか相談しましょうよ」


そんなに好きなら頼めばいいのにと言ったけど、それだと夕飯が入らなくなるからダメらしい。そういうしっかりしているところも、いいなと思う。


今日は無理でも、絶対おいしいから機会があればぜひ食べてくださいと力説するかながかわいかった。


じゃあ、今度かながここに来るときに、今日みたいにまた連絡してと頼んだら、わかりましたと笑ってくれて、また、次の約束ができたことが嬉しかった。


あの店は今もまだあるんだろうか。あのコーヒーも、別の日に行って一緒に食べたアップルパイも本当においしかったんだけど、かなのことを思い出してしまうから、俺はもうあの店には行けないと思う。

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