帰り道の喫茶店
池の周りをぐるりと歩いて、元の場所まで戻ってきた。歩き出す前は、7,8キロくらいのウォーキングコースだから1時間半程度かと予想していたのに、実際に時間を確認すると、2時間半も経っていたことが分かった。予想よりものんびり歩いたことは自覚してたけど、思ったよりも時間がかかっていたようだ。こんなに長い時間を歩かせてしまって、かなが疲れてしまっていないか気にかかる。
「かなさん、歩くのに時間がかかってしまったけど、疲れたよね?」
歩き始めたときはいい天気だと思ったけど、実際歩き出してみると、だんだんと暑さを感じるようになっていた。実際、帽子もない中歩かせてしまったせいで、かなの顔も少し赤くなっている。
「景色もきれいですし、風も気持ちよかったし、お話も楽しかったから、あっという間に戻ってきちゃったって感じですよ。こんなに時間かかったんだって、逆に驚いてます」
ああでもよかった、笑ってくれてる。でも、どこか疲れた声に聞こえる。
「...でも、確かにちょっと疲れちゃった感はありますね。普段はこんなに歩かないから。体力なくて情けないです」
「そうだよね。よく考えたら、小腹を空かすって距離じゃなかったよね。ゆっくり写真見てもらいたい気持ちもあるけど、疲れてるんだから、それは今度にしようか」
「え、でも、せっかく持ってきてくれたんだから、見たいです!」
かなが食い付いてくれるのは嬉しいけど、でも、あれこれ聞かれたら、多分俺は際限なく説明したくなって、実際そうしてしまうだろうし、そしたらかなは余計に疲れてしまう。疲れてるときに話の聞き役になるって、けっこうしんどい。
「そう言ってくれるのは嬉しいんだけど」
「ね?見せてほしいです。ていうか、今日の目的それじゃないですか」
一生懸命頼み込んでくれるのはすごく嬉しい。
「...じゃあ、疲れてのど乾いたし、行きに通ったときに見かけたコ○ダに寄ろう。飲み物待ってる間、写真見てもらいたいから。飲み物来たら、それ飲んで帰ろう」
「うーん、分かりました...」
かなはイマイチ納得してない様子だったけど、一応は賛成してくれた。
俺たちはもと来た道を逆に走り、行きに見かけた喫茶店に入る。この辺りに大量にあるチェーンの喫茶店で、アイスコーヒーはあらかじめガムシロが入れてある。歩いてきた身体には、この甘さがけっこう嬉しい。向かいのかなには、ブーツ型のグラスに入ったメロンソーダがある。
週末の午後ということもあり店は混んでいたが、俺たちの周りは、新聞や雑誌を読む1人客が多く、落ち着いている。
「あーもう。これなら、ソフトクリームも乗っけなきゃいけないから時間かかると思ったのに。すぐに来ちゃった」
口を尖らせながらソフトクリームをつつくかながかわいい。
「いや、ソフトクリーム乗せるって、実際そんなに時間かからないでしょ」
「うう、だったら、クリームソーダじゃなくて、普通にアイスティーとか頼めばよかった...」
「え、なに、クリームソーダ苦手なんだ?炭酸苦手?」
「嫌いじゃないですけど、なんか、子供っぽくないですか?特にここだと、こんなグラスで来ちゃいますし」
俺もこの喫茶店にすごく詳しいわけじゃないけど、確か、全てのアイスドリンクがブーツ型のグラスで提供されるわけじゃない。今かなの目の前にあるクリームソーダなど、ごく一部のメニューにしか使われてないはずだ。
かわいいかなには似合ってると思うけど、子供っぽいと言われれば、まあ、否定は出来ない。
「別にかわいいし、いいじゃん、レア感あって。それにクリームソーダうまいし」
「まあ、そうですけどね...」
ソフトクリームにスプーンをぐさぐさと差しながら、かなはまだぶつぶつ言ってる。
「そんなに俺の写真気になってくれてるならさ、これ、かなさんに貸すよ。そんで、気が向いたら感想でも何でも、メールくれん?」
「えっ、いいんですか!?」
かなが嬉しそうに顔をあげる。
「いいよ。俺も、なんか言ってもらえるとすげー嬉しいし。今度会うときに返してくれればいいから。...海行くツレにも見てもらいたいから、そんなに長い間は貸せないけど、それでもよければ、ぜひ借りてってよ」
かなに見せるために写真をアルバムにしたんだから、本当ならあげてもよかったんだけど、でも、さすがに手作りの写真アルバムを渡すのは重いし、何より、かなにドン引きされそうだったので、そう言った。長くは貸せないって付け加えたのは、そう言っておけば、また近いうちに会えるんじゃないかと考えたからだ。
「嬉しい!じゃあお言葉に甘えてお借りしますね」
一気に機嫌がよくなったかなは、ソフトクリームを掬っておいしそうに口へと運ぶ。さっきみたいに拗ねてるのもかわいいけど、こうやって、にこにこスプーンを咥えてるかなもかわいい。あれ、さっきプリン食べてるかなもかわいいって思ったんだよな。そういえば、1日のうちに2度、何かを食べたり飲んだりしたのは初めてかもしれない。そう気が付くと、なんだか嬉しくなった。
喫茶店を出て車を走らせると、疲れもあったのか、かなはすぐに助手席で眠ってしまった。かなが目を閉じてるところを初めて見た。この前出かけた帰り道では、俺に気をつかってくれてたのと、あと、途中俺が変なことを言ったから気を張ってたのもあったんだろうけど、かなはずっと起きていた。本当はあのときも疲れてたんだろうか。そう思うと、自分のことが本当に情けなくなるけど、今日、こうして眠ってくれてるところを見ると、この前よりはリラックスしてくれてるってことなんだろうかとか考えて、勝手に顔がにやけてけるのが分かる。
実際は、俺へのリラックス度なんて関係なくて、ただ単に歩き疲れたのと、クリームソーダでお腹が膨れてただけかもしれないんだけど。
でも、とにかくこの時は、眠るかなを見て、すごく幸せだったのは覚えてる。