翌週の来店
ヤバい。本当にまた行く気か?
地下鉄の階段を上がり、店に向かう道で、自問自答する。連れの退職祝として高級キャバクラに行った翌週、俺は、また同じ店の前に立っていた。今度は一人で。どんな言い訳をしよう。
店のドアを開け、店員に指名を聞かれる。とりあえず、この前指名したお姉さんがいるか訪ねると、席に案内してもらえた。よかった、どうやらいるらしい。
「先週ぶりですね。ご来店ありがとうございます。」お姉さんは笑顔だ。
「ども...」とりあえず挨拶するが、話が続かない。分かっているとの顔で、お姉さんから話をつなげてくれる。
「呼んでくれたのは嬉しいんだけど、今日、美麗ちゃんたちの演奏はないの。」え。毎週あるわけじゃないのか。
「そんなあからさまに残念な顔しない~」笑われてる。
「別に演奏が聞きたくて来たとか、そういうわけじゃないんで...」本音は残念だったから、うまい言い訳が思い付かない。
そんな俺を見ていたお姉さんは、少し待っててねと席を外し、店員に何かを告げて戻ってくる。しばらくすると、「お待たせしました。ヘルプの美麗さんです」という声がした。顔をあげると、美人のバイオリニストがいた。
「こんばんは。美麗と申します。演奏を楽しみにきてくださったと綾さんから伺いました。本日はピアニストがいないため、演奏はないんです。大変申し訳ありません」
謝る顔を見ながら、やっぱり、めちゃくちゃ美人だよな。隣のお姉さん、ていうか、綾さんか、彼女もすごくきれいだし。やっぱり、あのピアノの子だけ、系統違うんだよなあと心の中で考える。
「もう、君、美麗ちゃん見ても別の子のこと考えてるでしょ」「本当ですよね。恵理は今日はこっちにいないから、せっかく来てくれたのに残念でしたね」両隣が揃って笑う。
「違って、あの子がどうとかじゃなくて、俺は演奏が楽しみでっ!」とっさに叫ぶと、
「あれ?さっきは演奏のために来たんじゃないって言ってなかった?」「あ...だから...」
ダメだ。完全にからかわれてる。
話を変えようと、二人の笑い声の中に無理に入る。
「あの、あのピアノの子、恵理さんは、こっちにいないっていうのは、別のお店を掛け持ちしてるとか、そういうことなんですか?」
しまった。話を変えようとして、思いきり、あの子のことを出してしまった。しかも、店以外のこと...教えてもらえるわけがない。
話題を誤ったとうなだれていると、すっと、名刺を差し出された。綾さんは先週もらったから、美麗さんのだ。
「すみません、恵理のことを漏らしたのは私なので。ここ以外の演奏について知らせていいかどうかは、本人に一度、聞いてみます。ダメだったら、私から連絡入れます。だから、お兄さんの連絡先、教えて?」
え、俺、先週も今日も綾さん指名したのに。こういうのっていいの?とっさに綾さんを見ると、笑いをこらいきれないという顔で、
「だって君、恵理ちゃんが気になって仕方ないって顔だよ。それに、正直、君の年齢じゃ、うちの店は通えないでしょ?」と言われた。
「実は、正直、そうです...すみません」
「まあ、お姉さんも、無理に取れないお客さんはいらないしね。ただ、今日は、指名してもらったからには、楽しんでもらうよ~」
結局、延長させられた。綾さんも美麗さんも人気があるらしくて、美麗さんはあのあとすぐにいなくなって、綾さんも、延長したのにほとんど席についてくれなかった。白状だなと思いつつ、俺は、次々に代わるヘルプの女の子たちと中身のない話をして、頭の中で別のことを考えていた。
店を出てからずっと携帯を気にしていたが、結局、その日は、美麗さんからも、あの子からも、何も連絡はなかった。