デザートのこと
サラダ、スープ、パスタ、ピザとちょうどよいタイミングで席に運ばれてきた。どれもおいしくて、俺も向かいのかなもずっと笑ってた気がする。お腹いっぱいになって一息つく。
「かなさん、ここ来たことなかったって言ってたけど、コースのこととか詳しかったよね?」
そう聞くと、お腹をさすって満足気にしていたかなが俺を見る。
「一緒のクラスの子が教えてくれたんです。お姉さんが働いてるそうで」
「そうなんだ」
「ここね、私の大好きなプリンのお店なんです」
「プリン?」
「そう、プリン。デパ地下とかによく出店してるお店で、なめらかでとってもおいしいんですよ」
かなが興奮して早口になってる。
でも、メニューを決めるときは、コースの内容や選ぶパスタについてはあれこれ話してたけど、デザートについてはさらっと決めてた気がする。だから突っ込んでみた。
「あれ?でもかなさん、メニュー決めるとき、デザートのことはそんなに拘ってなかった気がするけど」
「それは、なんか、あんまりはしゃぐと子供っぽくてカッコ悪いかなって...」
突っ込まれてだんだん歯切れ悪くなるかなもかわいい。
「デパ地下にも店があるなら、けっこう有名なプリンってこと?」
子供っぽいのところを突っ込むとかわいそうな気がして、プリンの話に戻す。
「そうなんです。大島さん、ご存知ないですか?」
「デパ地下でデザートを買うってことがまずないし、実家も出てるから、甘いものって滅多に食べないんだよね」
「甘いもの、苦手でした?」
「いや、苦手ってことはないよ。たまに職場でおばちゃんが配ってくれるお菓子とかは食べてる。でも、たいてい焼き菓子とか飴とかで、プリンは配られないからなあ」
そんなことを話してる間に、ドリンクとプリンが運ばれてきた。俺は抹茶味で、かなは、ピンク色のプリンだった。どうやら苺味らしい。
「とってもなめらかでおいしいんですよ。すごくなめらかなところと、ちょっとなめらかなところと二層になってるんで、スプーンをぐっと入れて、どっちも口に入れるとさらにおいしいんです!」
かなにそう言われて目を凝らすと、確かに、抹茶の色が濃い部分と、それよりもやや薄い層に分かれていることに気が付く。かなに言われたとおりぐっと縦にスプーンを入れて、一緒に食べる。
いきなり二層一緒に食べたから、かなの言う「さらに」おいしいがどう違うのかは分からなかったが、舌触りがとてもなめらかで、あっという間に口の中から消えた。プリンというよりも、少し固めのカスタードクリームを食べてるような感じだ。
向かいのかなを見ると、スプーンを口の中に入れたまま固まっている。すごく幸せそうな顔だ。
「すげー幸せそうにくわえてる」
思わずそう言うと、スプーンをくわえたままだったのが恥ずかしかったのか、慌てて口からスプーンを出したかなが、少し顔を赤くする。
「幸せですよ。だって、大好きなプリンを出してくれるお店に来れたんですよ。聞いてたとおり、プリンだけじゃなくてお料理もおいしいし、最高です。幸せを噛みしめてもいいじゃないですか」
そう言って、口を尖らせる。かながこんなふうに拗ねるところは、これまでに何度か見たけど、やっぱりかわいい。素を見せてくれてるようで、嬉しくなる。
「別にダメなんて言ってないし。俺も幸せ。抹茶味で甘さも程よくて、口の中からすぐなくなっちゃうのがもったいないくらい」
「でしょ~?いいですよね、なめらかプリン」
かなが幸せそうに笑う。
俺が幸せって言ったのは、飯がうまくてデザートが美味しかったからだけじゃなくて、かなと一緒に来れて、かなの幸せそうな顔や、少し拗ねた顔を見ることが出来たからなんだけど、多分、かなには伝わってなかったんだなと思う。
そのかなが大好きだったプリンのお店は、今ではデパ地下だけじゃなくて、そこらの少し大きめのスーパーでも店を出すようになったし、なんなら、駅のキヨスクでだって買えるようになった。車でしか行けなかったレストランだって、あちこちで見かけるようになった。というか、今は、なめらか系のプリンなんてあの店だけじゃなくて、どこでも見かけることが出来る。
そういうプリンを見かけるたびに、かなは相変わらず苺味を選ぶんだろうかとか、他の店のプリンと食べ比べをしても楽しそうだとか、でもやっぱり、どれを食べても幸せそうにスプーンを噛みしめてるんだろうなとか、一瞬でいろいろなことを考える。でも、いくら考えたとしても俺の妄想が叶えられることはもうないから、考えても意味ないと一生懸命振り切って、店の前を過ぎることにしている。




