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初めての会話

延長を決めたとき、指名はどうするかも聞かれて、俺は最初についてくれたお姉さんを指名することを告げた。向かいの男も、気に入ったらしい子を指名してた。


指名したお姉さんは、向かいの男が指名した子より少しばかり遅れて席についた。

「ご指名、ありがとうございます。遅くなってごめんね。美麗ちゃんたちの演奏、楽しみだね」余裕のある笑顔で言われたから、つい、もう一度演奏があることを教えてくれたから指名したわけじゃないとむきになってしまった。奏者が見やすい席に移るかとも聞かれたけど、別にいいと断ってしまった。


しばらくして、店の照明が落ち、グランド・ピアノにライトがあたった。シャンデリアの光がきらきらすると反射する中、俺の前を通って、二人がステージにあがった。客に向けて礼をするのを、俺は、斜め後ろから見ていた。


ピアノの子が席に座り、美麗というらしいバイオリニストが振り向き、二人でうなずきあった後、演奏が始まった。一曲目は、聞いたことがある映画の音楽だった。主旋律はバイオリン。オーケストラの派手な曲だと思ったが、彼女は、それを一台のピアノで表現していた。さっきの寄り添うような優しい音だけじゃなくて、こんな音も出せるんだと、正直驚いた。俺は、彼女の後ろ姿をずっと見ていた。なんとなく、指の動きを追って、時折美麗と目を合わせるときだけ見れる横顔を追って。他にも、聞いたことがあるクラシックの曲、ドラマのテーマ曲など、様々に演奏していた。気がついたら時間が過ぎていて、演奏が全て終わったのか、前の時と同じように、二人は立って丁寧に礼をしていた。


鳴り止まぬ拍手のなか、ステージを降りて、来たときと同じように俺の前を通ったとき。


隣のお姉さんが、二人に声をかけた。

「美麗ちゃん、恵理ちゃん、お疲れ様」

足を止めた二人が、笑顔を見せる。あの子、恵理っていうのか。そういえば、名前も知らなかった。どうせ店での名前でしかないだろうに、名前が分かり妙に嬉しくなる。


「恵理ちゃん、ほら、さっき話したお客様よ」

その言葉を聞き、先ほどまでピアノを弾いてた彼女が真っ直ぐに俺を見る。嬉しそうな顔で、「こんばんは。本日はご来店ありがとうございます。演奏のために延長してくださったと伺いました。ご満足いただけましたか?」と言ってくれた。

それなのに俺といえば、「あの、別にそういうわけじゃないんですけど。でも、いい演奏でした」

と、またしても、とっさに否定してしまった。

「お褒めいただき光栄です。お店、楽しんでくださいね」と今度は営業用の笑顔を見せて、一礼して下がってしまった。


「もう、せっかく、指名入れてくれたときに、控え室にいた恵理ちゃんに君のこと伝えてあげて、今だって声かけてあげたのに」隣のお姉さんが笑いをこらえながら俺をからかう。向かいの子より席につくのが遅れたのは、控え室であの子に俺のことを伝えてくれていたからだったのか。そうだとしたら、あの子は、演奏前から、俺のことを知っていたのか。そう思うと、妙に背中のあたりがかゆくなる。


「あーあ、恵理ちゃんは美麗ちゃん専属の伴奏のバイトさんだから、席にヘルプでついてくれるわけでもないし。ただ、演奏をほめたお客様とは、流れで少し話すこともあるからさっきも声かけたんだよ。君があんな言い方するから下がっちゃったけどね」

そんなこと言われても後のまつりだ。

「だから、別にそういう意味で延長したんじゃないんで...今日は連れの退職祝で、あいつが気に入った子がいたんで延長しただけなんで...」どんどん声が小さくなるがしょうがない。向かいから感じるにやにやした視線もしんどい。


結局時間がくるまで席に残っていたが、美麗と呼ばれたバイオリニストの子を他の席で見かけるだけで、恵理と紹介された彼女はどの席にも見かけなかった。


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