帰り道
「そういえば、今、何時くらいでしょうね」
話が終わってしまいそうなのが嫌で何も言えなくなった俺には全く構わず、かなが手元の時計を見る。
「もう16時前ですか。これから帰れば、夜遅くにはならないですよね?」
にこにこしながら話しかけてくる。
「そうだね。今からなら、夕飯の時間には帰れるんじゃないかな?でも、かなさん、さっき靴濡れただろうし、もう少しここにいて、乾いてからでもいいよ」
「いえいえ、そんなこと気にしていただかなくても。ちょっと波にざぶんとやられただけなんで、そんな気にならないですし、大丈夫ですよ。あ、この靴で車乗るのがまずかったりしますか?」
かなが心配そうな顔をする。もう少し一緒にこの砂浜にいられたらと思ったが、かなにこれ以上気を使わせるのもよくないと思ったので、大人しく帰ることにする。
帰りの車の中では、今日の出来事をいろいろと話した。かなはずっと笑ってくれて、あれも楽しかった、これも楽しかったと話してくれた。本当に楽しんでくれたのが分かってすごく嬉しくなって、お互いにあれこれ話しながら帰りの高速を走ってる間に、だんだん辺りが暗くなってきた。
「すっかり暗くなってきましたね。大島さん、運転大丈夫ですか?お疲れでしたら、どこかで休憩しませんか?」
気を使ってかなが聞いてくれる。でもこの先はそんなに大きなサービスエリアやパーキングエリアはないから、このまま地元まで走って、高速を下りたほうがいいような気がする。そのことを伝えると、じゃあこのままで、とかなが頷く。
ここまでかなはずっとはしゃいでいてテンションが高かったから、ちょっと悪戯心が出てきて、俺は、つい悪乗りする。
「まあ、せっかくかなさんが休憩に付き合ってくれるって言うなら、高速下りてから休憩してもいいけど。あの辺、休憩するところならいっぱいあるし」
下ネタ混じりの冗談を言ってしまった俺を見て、一瞬、かながきょとんとする。
ヤバいかな。これって完全に引かれたパターンかな。しまった、こんなこと言わなきゃよかった。嫌な汗が背中を伝った気がした。かなの視線を横から感じるのに、怖くて俺は横を向けなくて、ひたすら前を向いて運転した。
しばらくしてから視線が外された気配がしたので、ちらりと横を見ると、かなは俺に背を向けて窓から外を見ていた。
「うーん、でも、高速下りてからなら、待ち合わせの場所まですぐですよね。そこまで行けたら、下手に休憩するよりもそのまま帰っちゃったほうがいい気がします」こちらを見ないでそう言う。
よかった。俺の下ネタ混じりの冗談は、かなには伝わらなかったようだ。そうだよな、大学2年になったばかりの子が、高速下りて休憩するところでラブホを連想するわけないよなと、あからさまにほっとした。
「そうだよね、高速下りたら駅まですぐだしね。あんまり遅くなったら悪いしね」
つい声が上擦ってしまう。
その後は、また今日の出来事の続きを話す。また、かなはにこにこしながら、楽しかったことを話してくれる。負けずと俺も話して、車内の会話がまたすごい盛り上がってきた頃、高速の出口が近付いてきたから、俺は高速を下りてからのことを聞く。
「かなさん、この後どうする?靴濡れてるから歩くと気持ち悪いだろうし、かなさんの言うところまで送ってくよ。今日は実家から出てきたんだろうけど、明日は学校だよね?実家がいい?それとも、下宿先のほうがいい?」
「いえ、朝拾っていただいた駅でお願いします」
俺の問いかけに被せるように、かなが、硬めの声で答えてきた。さっきのはしゃいでいた声からは想像出来ないくらい、ものすごく丁寧な口調だ。あまりの違いに驚いてしまった。さっきみたいに下ネタを言ったときとは違って、やましい気持ちは全然なかったから余計にだ。
「別に遠慮しなくていいよ。俺も今日はこのまま家に帰る予定だから、帰り道のついでだし」
「いえいえ、本当に、こんなにしていただいたのに、さらに甘えるなんて申し訳ないです。靴だって、もうほとんど乾いてるので、全然気にならないんですよ」
「でも」
「本当、大丈夫なので」
かなの笑顔が怖い。これは顔だけ笑ってるけど、絶対心の中は笑ってないやつだ。俺のほうを見ないで窓の方を見て話していたかなの様子を思い出す。しまった。やっぱりさっきの下ネタは通じていたらしい。気が付かないふりをしてくれたかなを思うと、やらかした自分がますます情けない。
その後は結局何も言い返せず、無難に何か話してたような気もするけど、何話してたかは何も覚えてない。いつの間にか朝に待ち合わせた駅のターミナルに到着していて、俺は、丁寧にお礼を述べて車を下りて、ぺこりとお辞儀をした後駅に入って行くかなの後ろ姿を見送ることしか出来なかった。