もう少しだけ付き合ってもらった場所
店を出てしばらく走って、海岸近くの駐車場に車を停める。
車を降りたかなが、大きく伸びをする。
「うわ~なんか、海が近いって感じがする」
嬉しそうに笑って、俺を見る。
「えっと、どっちに行けばいいですか?」
「うーん、どっちだろ...」
「大島さんも、分からないんですか?」
かながちょっと困ったように言う。
「あ、あれ、地図じゃないですか?」
かなが駐車場の端に見える地図らしき看板を指差したので、そこまで行く。
看板の地図を便りに、海岸に降りれる階段まで行く。目の前に、三保の海が広がっていた。
「わ、すごい!」
かなが駆け足で海に近付いていく。
「大島さん、すごいですね!海の音がすごい!」
「波の音じゃなくて?」
「うーん、波の音もしますけど、鳥の鳴き声とか、風が吹いてるのとか、そういうのも全部まとめて海の音って感じだから!」
そう言いながら、どんどん海に近付いていく。
「かなさん、あんまり行くと、その辺り砂の色が違うから、たぶん...」「わわっ」
『波がくる』と続けようとしたら、かなの慌てた声が聞こえた。足下を見ると、波に足を取られたようで、足が濡れたようだ。
「大島さーん...」
しょんぼりしながら、かなが戻ってくる。
「ね、見てください。これ」
そう言って足を交互にこちらに向けてしょんぼりする様子に、耐えられずに吹き出してしまった。
「砂浜の色が変わってるところに突っ込んだらそうなるって予想つきそうな感じだけど...」
「もーそう思うなら止めてくださいよっ!」
「いや、だって止める間もなく走ってったのそっちだし」
かなには悪いけど、しばらく笑いが止まらなかった。
やっと俺が落ち着いた頃、かなが言う。
「もー、私、このまま車乗っちゃいますからね。この塩水に漬かったスニーカーで!」
怒っててもかわいい。
「そんなの全然いいよ。足が気持ち悪いなら、駐車場まで我慢して。帰りはかなさんが歩かなくてもいいように、駅じゃなくて、家まで送ってくから」
「大丈夫ですよ。濡れたって言っても、一瞬ざばって漬かっただけで、すぐに引いてったから、そこまでぐちゃぐちゃなわけでもないですし。それにスニーカーなんで、すぐに乾くと思います」
「そうなんだよね。今日の格好、実は驚いてたんだ。演奏してるところを見てたから、スカートやドレスのイメージがあったから。シャツにジーパンにスニーカーって、意外だった」
この格好だったから砂浜まで連れて来れたけど、俺の中のかなは、ピアノの演奏のイメージしかなかったから、今日の格好は意外だった。あと、機能性重視のリュックで来たことも、そのリュックを、カウンター席に座ったとき、迷わず椅子に立て掛けて床に置いたことも。そういうのは避けるんじゃないかと思ってたから。
「すみませんね、イメージ壊しちゃったみたいで。休みの日なのでこんなもんですよ」
そう言ってかなが笑う。
「意外だったけど、スカートにヒールのかなさんだったら、ここに連れて来れんかったから、むしろ嬉しかったかな。実は本当は、地元の有名な水族館に行こうと思ってたんだ。たぶん、かなさんが最初行くと予想してた水族館。でも、待ち合わせ場所にきたかなさんの格好を見て、そこに行くのはやめて、この水族館にしようって決めた」
「そうだったんですか。こっちの高速に乗ったときは、すごく焦ったんですよ~」
「ごめんね。行き先知らずにあんなことされて、怖かったよね」
「ちょっとびっくりはしましたけど。でも、実際いろいろ楽しかったし、今もすごく楽しいから、いいですよ。連れてきてくださってありがとうございました」
そう言ってぺこりと礼をする。
「俺も楽しかった」って言おうとして、でも、そう言うと、もうこの楽しいのが終わってしまいそうな気がして、何も言えなくなってしまった。