遅めの昼ご飯
「あ、お腹鳴っちゃった」
かなのその声を聞き時計を見ると、昼ご飯の時間はとっくに過ぎていた。気が付いたら、随分と長い時間を水槽の前で過ごしていたようだ。
「かなさん、ごめん。俺がいろいろしゃべり過ぎてた。さすがにお腹すくよね?昼飯、何か食べたいものとかあるかな?」
「お腹すいてるから、今なら何でも食べれますよ!大島さん、おすすめのお店とかありますか?」
「それなら、桜えびの天ぷらがおいしいうどん屋とかどうかな?すげーおいしいから人気のお店なんだけど、この時間なら空いてると思う。それとも肉とかのほうがいい?」
「桜えびの天ぷらですか!さくさくで美味しそうですね。ぜひ行きたいです。早く行きましょ!」
かなが提案に乗ってくれたので、水族館を出て、店に向かう。しばらく運転したら、店が見えてくる。海で知り合った人から教えてもらって、いつか行ってみたいなと思っていた店だ。ガイドブックに載るような有名できれいな店ではないけど、地元の人やベテランのダイバーが通うような、知る人ぞ知る店らしい。
昼時を完全に外していたからか、駐車場にも空きがあって、店の外に行列が出来ているわけでもなかった。ちょうどいい時間に来たと扉を開けると、昔ながらといった言葉がぴったりのテーブルと椅子が目に入ってくる。ただ、和室の個室や座敷席なんかはないようで、ゆっくり食べるといった感じではないようだ。
ダイビングや釣りの帰りだろうか、日焼けした先客が多く、店はわいわいと賑やかだ。
案内に出てきた店員が言うには、4人掛けのテーブルはどこも食事中か片付けがまだの状態で、カウンターならすぐに案内出来るとのことだ。どうしようとかなのほうをちらっと見ると、
「私はカウンターでも全然構わないですよ。ていうか、早く食べたいから、カウンターにしませんか?」と言ってくれる。
カウンターに座っても、入れ物を入れるカゴなんてしゃれたものは出てこないから、かなの荷物をどうしようかと思っていると、かなは、躊躇せずにリュックを椅子の脚に立て掛ける。
俺の勝手な偏見だけど、女の子って、おしゃれじゃなかったり、カバンを入れるカゴがないカウンター席を嫌がるイメージがあったんだけど、見た感じ、かなは全然気にしないようだ。
「桜えびのかき揚げがおすすめなんですよね?うどんかそばかどっちがいいかなあ。大島さんは、おうどんっておっしゃってましたよね?あ、それにお刺身もあるんだ。こっちも美味しそうだな~」
かなが目をきらきらさせてる。
「多分刺身もうまいと思うよ。桜えびって、今の時期がおいしいから。あと、俺がそばダメなだけで、そばでも多分うまいんじゃないかな」
「そうなんですね...でもせっかくおすすめしてくださったから、今日はかき揚げうどんにします!」
店員がお茶を持ってくるまでの間に、メニューをさっさと決めたかなが、注文をする。
「かき揚げうどん2つお願いします。...あ、大島さんも、かき揚げうどんでよかったんですよね?」
勢いよく注文したくせに、不安そうに俺のほうを見る。なんだかそれがかわいくておかしくて、つい笑ってしまう。
「うん。俺もかき揚げうどん食べたい」
「よかった!はい、以上でお願いします」
店員がいなくなってから、かなが俺を横から覗き込む。
「すみません、なんか勝手に2人分頼んでしまって」
「いや、全然いいよ。なんで謝るの?」
「だって、お店に来る前にこれ食べようって思っていても、メニュー見ると違うもの食べたくなるときってありません?」
「まあ、そういうときもあるけど、俺はここ来たら絶対かき揚げうどんって決めてたから、今日は迷わなかったよ」
「うわ~そんなにおいしいんですね!余計に楽しみになってきた!」
しばらくすると、かき揚げうどんが運ばれてくる。ここでも語彙力がなくて表現できないのが本当に申し訳ないんだけど、駿河湾の旬の桜えびのかき揚げはきれいなピンク色で、かじるとサクッといい音がした。ふんわりした食感と、桜えびの甘い味が口いっぱいに広がった。うどんのだしの匂いも合わさって、なんともいえない感じだ。
隣のかなは、最初こそさくさくですね!とか俺に話しかけていたが、すぐに無言になって、夢中でかき揚げとうどんを交互に食べていた。
かなは背も小さいけど手も小さくて、その小さな手で箸を持ってうどんをすすってるのが堪らなくかわいくて、横をちらちら見ながら食べてたら、食べ終わるのがかなよりも遅くなってしまった。
「ふーっ、おいしかったあ。ごちそうさまでした」
食べ終わってやっとかなが口を開く。
俺が食べ終わってないのに気が付いて、気にさせないようにか、その後は黙って前を向く。俺は慌てて残りを食べて、お会計をする。
会計はかなが払ってくれた。
「この前、全部払ってもらいましたからね。とは言っても、おうどんだけじゃ全然返せてないですよ。今日だって、ここ以外、私、何もお金出してないですし...」
店を出て車に向かう途中で、かなが口を尖らせながら言う。
「いやいや、かなさんにおごっていただけるなんて光栄ですよ」
「でもなー...」
「それなら、もう1つだけ、付き合ってくれん?それで、おあいこってことで」
「この前のご飯と今日の分がチャラになるくらいのことですか?」
「そうそう。それくらいのこと。だから、お願い」
かながまた俺を見て、少し考えてたようだったけど、ぷいっと横を向いて言う。
「いいですよ。お付き合いしますね」
やった。かなが車に乗ってシートベルトを締めるのを確認すると、俺はまた、車を走らせた。