かなからの質問
結局、俺たちはしばらくダンゴウオの水槽の前にいたが、後ろに人もいたので、進路にしたがって前に進んでいった。浅瀬から、深いところにいる魚へと移っていくようで、かなに、見たことがあるかどうか尋ねられたが、見たことがあると返事をすることが出来ずに少し悔しい思いをした。
ダイビングを初めてからもうすぐ1年半になるが、やっと少し慣れてきたと言えるくらいで、まだまだ経験が足りない。もっといろいろなことを話せるようになれたらいいのに。
駿河湾の魚を展示するコーナーが終わった後、かなが、大きな水槽をもう少し見たいというので、大型の水槽があるところまで戻る。
「やっぱりすごい。サンゴや岩のすき間から覗いてくる魚がいろいろで、面白い」
上を見上げればサメなどの大型の魚や、アジの群れとか迫力ある景色も見れるのに、かなは、水槽の下のほうの小さな魚が気になるようだ。
「ね、大島さん、実際の海もこんな感じなんですか?」
「こんな感じって?」
「小さな魚とか、ウツボとかが、こうやっていろいろ覗いてるのかなって」
「この水槽みたいにこんなに集まってるわけではないけど、いるところにはいるよ」
「そっか、水槽と違って海は広いですもんね。見たいお魚がいる場所を探すんですか?」
「いや、一緒に潜るインストラクターやガイドで詳しい人が案内してくれるから、自分で探すわけじゃないんだ」
「じゃ、大島さんは連れていってもらってるだけで、詳しいわけじゃないんですか?」
「まあ、そうなんだけど...」
さっきからかながいろいろ聞いてくれてるのに、かっこいい返事が全然出来ていない。
かっこつけたいと思うんだけど、ここで見栄を張ってもなあという気分になる。
「実を言うとさ、俺がダイビング始めたのって、去年の冬からなんだ。何か月かかけてライセンス取って、実際に海に入り出してからはまだ1年ちょっとってところで」
「そうなんだ...」
「だから、実際に見てきたとか、ダイビングしてるとか偉そうに言ってたけど、本当のところはまだまだ初心者で。ダンゴウオも、ショップで知り合った人が勧めてくれたから一緒に行って、初めて見たんだ。それまでダンゴウオって単語も知らなかった」
かながじっと俺を見る。
「ごめん。かなさんに興味持ってもらいたくて、カッコつけすぎた。俺も、魚のこと、ほとんど知らないんだ。あ、でも、ダイビングやってみたかったのは本当で、やってみたらすげー気持ちよくてハマってるのも本当」
かなはずっと黙って俺を見ている。あー幻滅されたかな、ヤバイななんて思ってると、かなが口を開く。
「別にカッコつけてるなんて思ってないですよ。さっきから、お魚を見たことがあるか聞いても『ない』ってお返事ばかりだったから、あれ?とは思ってましたけど」
かなが笑ってくれた。
「じゃあ、このままお魚見ながら、海の話を教えてください」
「海の話?」
「はい、どういうところがすげー気持ちよくて、ハマっちゃったのかとか、聞きたいです」
「それならいくらでも話せるよ!」
それから俺は、海に潜ったときに水の冷たさを感じてそれがすげー気持ちいいこととか、実際に魚を目の前で見たときのこととか、そういう話を次々にした。かなは水槽を見ながらずっと話を聞いてくれて、時折相づちを打ってくれたり、質問を返してくれたりした。
そのうちに、海で出会った仲間の話とか、その人たちとご飯を食べながら話した内容とか、ダイビングそのものから少し外れた話になってきても、かなは笑って聞いてくれた。
かなが俺の話を聞いてくれるのが嬉しくて仕方なくて、俺はひたすら話していたと思う。