高速を下りてから
高速を下りてからもしばらく走る。
「かなさん、お昼はどうする?お腹が空いてるなら、先に何か食べに行こうか?」
声をかけると、かなは少し考えたようだが、車に乗ってただけだからそこまで空腹というわけではないと答えた。それならと、そのまま目的地へ向かう。
着いたのはとある大学の付属施設の水族館。最初にかなが行くと思っていた地元の水族館と比べるとかなり小さいし、地味な建物だ。だから、かなにがっかりされてしまったらと思うと、内心、少し心配だった。
そんな心配はどうやら不要だったようで、かなは車を下りて、周りを見渡して大きく伸びをする。
「やっと到着ですね。うわ、なんか、気のせいかもしれないですけど、海のにおいがする気がします。大島さん、運転お疲れ様でした」
そう言って笑う。
スニーカーを履いてるかなは、ヒールを掃いてるときよりも背が低くて、見上げる顔がすごくかわいかった。
「じゃあ、行こうか」
俺が歩き出すと、かなが少し早足で横に並ぶ。
「だから、大島さん、歩くの速いですって!」
この前言われたばかりだから、気をつけて歩いたつもりだったけど、それでもまだ速かったらしい。慌てて謝って、俺としてはかなりの遅さで歩く。遅すぎて逆に疲れるくらいなんだけど、かなは、やっと満足したかのような顔をしてくれる。
「これから水族館なんですからね、大島さんの速さじゃあっというまに終わっちゃうので、もったいないです!これくらいか、もっとゆっくりくらいでお願いしますね」
「わかった、気をつける」
こんな感じで苦笑いをしながら入り口の入場券売場に着くと、かなは、リュックを肩から降ろす。
「駐車場もけっこう空いてたし、そこまで混んでないと思うよ。満員電車じゃないんだし、リュックはそのままでも大丈夫じゃないかな?」
俺がそう言うと、かなは不思議そうな顔をして、俺を見上げる。
「そうなんですか?じゃあ、お金払ったらリュックは戻しますね」
そんなことを言い出すので、俺は慌てて否定する。
「いや、俺が払うから。かなさんに払わせられないでしょ」
「いえ、でも、ここまで運転してもらってますし、ガソリン代も高速代もお支払いいただいてるので、チケット代くらいは」
「いやいや、誘ったの俺だし。一緒に来てもらってるし。金出させるなんてありえんでしょ!?」
かなは少し困った顔をして、俺を見る。
「確かにお誘いいただきましたけど...」
混んでないとは言ったものの、後ろに1組の家族が並んで、ちょうど俺たちの番になった。かなは列の前後を少し気にした後、困ったままの顔で笑う。
「分かりました。素直におごっていただきます。ありがとうございます」
ぺこりと俺に頭を下げて、かなが窓口から少しずれる。それで俺が2人分の料金を払ってチケットを受け取り、そのまま入り口を通る。
払うつもりのところを無理矢理止めたのもまずかったかなと思ったけど、それ以上はこのことについて触れられず、かなが水槽を見る。
入ってすぐは、小さな水槽が並んでいて、そこに熱帯魚がいるスペースだった。かなは、ひとつひとつの水槽の説明書きを読みながら、ゆっくり進んでいく。サンゴ礁のすき間にいるらしい魚を探して水槽をのぞきこんで、見つけると俺のほうを振り返り、教えてくる。俺は背だけは高いほうなので、かなの視点で見えた魚を見つけるにはけっこうかがまないといけなくて、姿勢としては少しつらかったが、かなが指をさして教えてくれる様子がひたすらかわいいので、腰と背中がつらいのは気にしないようにして、水槽を覗く。
思ったよりもゆっくりと進むと、次は、全面ガラス張りの大きな水槽がある。
360度どこからでも見れるようになっていて、大きな魚から小さな魚まで様々な魚がいて、かなり迫力がある。この水族館では、一番の売りじゃないだろうか。
それなりに人はいるが、地元の水族館のようにぎゅうぎゅうになってるわけではないので、人がいないガラスの前に、2人で立つ。
目の前には大きな魚が悠々と泳いでいるのに、かなはそれはちらっと見た程度で、すぐに、水槽の下のほうに視線を向ける。何かを一生懸命探しているようで、サンゴ礁や海藻のすき間までも、顔を傾げてじっと見ていた。
「うーん、いないなあ」
「何が?」
「あれですよ、大島さんがおっしゃってた魚。赤いの。ニモっぽいけど、ニモじゃない魚」
どうやらかなはずっと、ダンゴウオを探していたようだ。
「え?いないの?」
「私が見つけるの苦手なのかもしれないんですけど...」
話しながらも、かなの視線は水槽から離れない。
「そうなんだ。ここにはいないのかな?知らんかった」
「知らんかったって、大島さん、つい最近見てきたばかりじゃないんですか?」
「うん、見てきたよ」
「じゃあ、どこで見たのか教えてくれてもいいじゃないですか。ヒントだけでもいいんで」
「どこって言われると、海の中になっちゃうんだけど」
「あ~そうなんですね。...って、海の中ですか!?」
そこでやっとかなが俺を見る。
予期せずしてかなをびっくりさせることができたので、あの時の俺は、子どものころいたずらが成功したときのようの気持ちを味わうことが出来た。




