ドライブ中に話したこと
高速に乗ってそのままひたすら走る。不安そうな顔をしたのは最初だけで、その後は、どこに行くかも、どれくらい走るかも告げなかったのに、かなはずっと笑って話をしてくれた。
話したのは、かなが普段どんな曲を弾いてるかとか、一緒に演奏する仲間のこととか。かながあちこちで、というか、少なくとも、キャバクラと駅近くの施設のギャラリーとレストランの3か所で演奏することは知ってたから、このことに関しては、聞いても困られないだろうと踏んだのと、かなは、自分の演奏に対する感想を聞くのが好きなんだろうと思ったからだ。
本当は、学校のことや、家族や友達のこと、好きなものについてとか、他にもいろいろ聞きたいことはあったんだけど、何か、そういうまだ知らないことについては、話しても教えてくれるか分からなかったし、聞いて困った顔をされたらと思うと怖くて、なんだか聞けなかった。
かなが話す音楽の話はどれも面白かった。俺はクラシックなんて全然分からないから、かなが好きな曲のことを話してくれても、それがクラシックだったら全然分からない。でもそういうときにかなは、メロディーや伴奏のフレーズだったり、演奏するときの気持ちだったりを上手に混ぜながら話してくれるから、不思議とイメージが出来て、楽しみながら聞くことが出来た。
「この前お店のバイト前にご飯食べながらお話しましたけど、あの時よりいっぱい話せるから、ドライブもいいですね。そうそう、あの時一緒にいらっしゃった会社の方。なんだか謝らせてしまったので申し訳なかったんですけど、週明けに会社でお会いしたときは大丈夫でした?」
ふいに、かなが話題を変える。
あのとき、俺は営業所での会議の後で、先輩と一緒で。それで、先輩が同伴の待ち合わせだと勘違いしたんだった。俺は、先輩に同伴の待ち合わせって思われたとき、そう勘違いされたのが嫌で、そういうんじゃないと否定したんだった。
「いや、別に、あれは、同伴だと勘違いした先輩が悪いんだし」
「そうですか?でも、大島さんも、同伴だと思われるの嫌そうでしたよね。私は別にダメとは思わないですけど、ああいうお店に行くのを知られたくない人もいますもんね。そういう点では、私は学生との兼業なんで、なんとかごまかせたみたいでちょうど良かったです」
「いや、別に俺はそこを否定したかったわけじゃ」
そう言いかけて否定するが、図星を指されたようで居心地が悪い。
「ていうか、あの先輩のことは、もう気にしなくていいよ。あの人、転勤で中国に行ったから」
「え!?そうなんですか?」
「うん。あの日は会社の会議があって、先輩からの引き継ぎも兼ねてたから。あの後わりとすぐに中国に行った」
「大島さんの会社、中国にも工場があるんですね」
「うん、あるよ。中国の工場でうちの製品がけっこう需要あるらしくて、建てたらしい」
「すごーい、人気なんですね。他の国にもあるんですか?」
「海外の工場のことはよく知らないけど、アメリカにも、ヨーロッパにも、東南アジアとかにもあったと思う。ああ、ブラジルにもあるかな」
無理矢理話を切ろうとしたのに、かなが続けてきた。でも、同伴のことからはうまく話が逸れていったので、心のどこかでほっとする。
「すごいですね。私、大島さんの名刺は持ってますけど、そんなすごい会社だとは知りませんでした。ちゃんと調べれば良かった。大島さん、すごい方だったんですね」
「別に、会社はそこそこ有名だけど、俺は、その中の工場で働く人なだけで、『すごい方』ではないから」
すごい方の部分だけ、かなの言い方を真似る。
「何それ私そんな変な話し方じゃないですよ~もう」
ヤバい、少しすねた顔もかわいい。もうちょっとからかってこの顔をもう少し見たいけど、やめておく。
「でも、魚のことについては、かなさんよりは少しだけ『すごい方』だって思ってもらえたら嬉しいなとは思ってます。ほら、ちょうど下りるとこだ」
ちょうど高速の出口が近付いてきたので、話をきる。高速に乗ってから約2時間。かながあれこれ気遣ってくれたというのももちろんあるけど、ずっと途切れず話が出来たことに驚いて、そしてすごく嬉しかった。