待ち合わせの前のこと
ダンゴウオを展示しているかどうかを調べようと、俺やかなが住んでいる県で一番大きな水族館をホームページを検索する。大きな水槽やイルカショーなどの案内はあったが、ダンゴウオが展示されているかどうかは分からなかった。
地元ではデートの定番のような水族館だけど、いるかいないか分からないのに行くのもどうかと思う。もしいなかったときに、かなにがっかりされるのは避けたい。やっぱり、ダンゴウオは水族館じゃなくて海に潜って見てきたから、あの水族館にいるかどうかは分からないと正直に伝えて、それでも行こうと言ってみるか。もしもかなが行きたくなさそうな素振りを見せれば、別の場所に出かけないかと誘ってみてもいい。
考えこんでいるうちにずいぶん時間が経っていたので、その日はもう休んで、次の日は実家に向かう。幸運なことに、姉の都合で、実家の家族との食事は土曜日と決まっていた。結婚して実家の近くに暮らしている姉は、日曜日は旦那の両親と食事する先約があるらしい。
昼過ぎには実家に着く。父親は昼間は用事があるそうで、時間にいたのは母親と姉、甥だけだった。母親と姉の二人からは、急に思い立ったかのように連絡して店の予約も任せっぱなしになったことに対して文句を言われるがとにかく謝って、夕飯の時間までに何か手伝えないかと尋ねる。
なんだかんだと用事を手伝っていたらあっという間に夜になり、予約の時間に合わせて食事に出る。席だけ押さえて料理はその場で決めるつもりだったようで、あれこれと高いメニューを頼まれるが、俺は、明日のことが楽しみ過ぎてひたすら機嫌が良かったので、調子に乗ってどんどん頼めと大口を叩いてしまった。おかげで財布がちょっと寂しいことになったが、明日のお金は別に用意しているのでなんてことない。
散々おごらされてるのににこにこと支払いをする俺のことを家族は怪しんでいたけど、明日の予定のことは、朝に家を出るとしか伝えない。何か楽しみなことがあるからこんなに機嫌がいいんだろう言われるくらいだから、かなり分かりやすかったのかもしれないけど。
翌日の朝、他にだれもいないときを見計らって父親から金を渡される。「昨日けっこう払ってもらったからな。母の日の食事だったから、俺からも払わせろ」だそうだ。
「いや、もう払ったし、後からこそっと渡されるのも嫌だから。今度帰るときに助けてよ」
そう言って断るが、無理矢理渡される。
「お前、今日これから出かけるんだろ。昨日の支払いのせいで足りなくなったら困る」
父親にもなぜかバレていたようだ。妙に恥ずかしくなり、とにかく金を突き返そうとするが、絶対に受け取ろうとしない。
「まあ、次帰ってきたら、どうだったか聞かせろ。俺はちょっと畑に行くから」
そう言って父親は外に出てしまう。
姉は自分の家に帰っていていなかったが、朝食の間、母親からはずっとにやにやした顔で見られていた。俺はなに食わぬ顔をしていたつもりだったが、どうやらずっと顔に出ていたらしい。
実家を出て、かなと待ち合わせをした駅に向かう。時間より少し早く着いてしまったため、ターミナルから少し離れた場所に車を止めて、いったん外に出る。今いる場所と車の情報をメールで伝えて、そわそわと周りを見渡す。このまま外で待ったほうがわかりやすいか、でもこれだと待ってた感満載だから、さりげない感じで車の中にいたほうがいいだろうか。しまった、コンビニに寄って飲み物でも買ってくるべきだったか、でも、かながどんな飲み物を好きかすら知らない...
いろいろ考えて、まだ少し時間があるから、無難にお茶だけでも買っておこうかと車に乗り込む。エンジンをかけようとしたところ、助手席側の窓をコンコンと叩かれる。思わず振り返ると、窓の外から、俺を見上げるかなが見えた。