いろいろ焦る
何の準備もせずに電話に出てしまったため、内心、かなり焦る。「はい」しか言わずに出たのってかなり愛想悪かったよな、声もいつもより低かったし。機嫌悪いと思われたらどうしよう、ていうか、今、なんて言ってた?身構えてなかったからちゃんと聞き取れなかったじゃねーかと、いろいろ考えてしまう。
自分としては、一瞬だけ時間をもらって精一杯考えていただけのつもりだったが、思いの外時間がかかっていたらしい。
「あの...大島さん?」
かなから再び話しかけられてしまった。
「あ、うん、ごめん。メール打ってて、その流れで出ちゃって。だから少し焦っただけ。電話、大丈夫だよ」
出来るだけゆっくり、はっきり、優しそうな声を目指して応える。
「そうだったんですね。すぐ出てくださったからびっくりしちゃった。あの、用事というか、今日の夕方、お電話いただいてたので。バイト前だから出られなくて。だから、何か用があったのかなと思ったんです」
俺の着信を気にして、かなが電話をかけ直してくれた。それだけでかなり嬉しい。でも、用事なんてない。メールを返してくれたのが嬉しくて、思わずかけてしまっただけだ。俺は、必死で理由を探す。
「用事っていうか、ダンゴウオだよ!本当小さくてかわいいから、かなさんにも、実物見てみたらいいって直接伝えたかっただけ」
「...そうなんですね」
少しの沈黙の後、ちょっと困った声で返してくれる。
「忙しいときに連絡して、しかも折り返してくれたのに、こんなしょうもない内容でごめん...」
だんだん声が小さくなる。
「ふふ。大島さんがダンゴウオが好きってことは分かりました。好きなものって、何て言うか、周りに伝えたくなっちゃいますもんね」
良かった、かなが笑ってくれた。
「そうなんだよね。良かったら、俺、案内するから!」
「ありがとうございます。予定が合えば、ぜひお願いしますね」
咄嗟に出た言葉に、かなはすぐに返事をくれた。
...え、いいの?でも、予定が合えばっていうのは、普通は社交辞令だよな。
でも、これを逃してしまったら次の約束はもう出来ないだろうから、俺は、必死で食い下がる。
「予定なら合わせるから。かなさん、いつなら空いてる?いや、いつならっていうか、一番近くで空いてる日を教えてくれん?」
沈黙。
やばい、突っ込み過ぎたか。
続く沈黙。たぶん、実際はほんの少しの時間だったはずだけど、俺にとってはかなりの時間だった。携帯を持つ手が汗ばんでいたらしく、滑って落としそうになって焦る。
「...明日は実家で用事があるので、日曜日なら」
「そうなんだ。かなさんの実家ってどこ?近くまで迎えに行くよ」
「いえ、でも、遠いので...」
「遠いってどのあたり?」
教えてもらったかなの実家は、ディナーコンサートをしたレストランの隣の市だった。俺の実家とは、レストランがある市を挟んで、ちょうど反対側にある。それなら、そう遠くはない。かなの実家近くまでの迎えはものすごい勢いで遠慮されたので、レストランがある市の、県内で一番大きな駅を指定する。かなの実家から離れた場所っていうのが良かったのか、それならと、なんとか提案を受け入れてくれた。
「でも、大島さん、お魚見たばかりなのに、また行くんですか?」
かなが遠慮がちに聞く。ここで引いてたまるものかと、必死で言葉をつなごうと考える。
「行きたいよ!この前は、一緒に行った人に教えられて初めて見つけたけど、今度は、俺がかなさんより先に見つけて教えるつもりだから!」
思ったよりも大きな声が出てしまった。
たまらずと言った様子で電話の向こうのかなが笑う。
「わかった。分かりました。私も楽しみになってきました。水族館なんて久しぶりだ~」
...水族館?!
そうだ。俺は、ダンゴウオを見に行くとはメールに書いたが、ダイビングのことは一言も伝えてない。そうだよな、普通、魚を見るって言えば水族館だよな。
そもそも、なんで俺は、かながダイビングをするかどうかを確認する前に、一緒に潜って見に行く場面を想定してたんだろう。それに、たとえ、千歩譲ってかながダイビングをやってたとしても、ツアーに申し込みすらしてないのに、こんな急に行けるわけがない。
急な電話で用事を作るのに必死だったから、いろいろとおかしかった。というか、かなとの約束って、いつも、急だったり、情報が足りなかったりするし、気持ちの上でもいつも焦る。日曜日は、いろんな意味で、もっと落ち着いて、余裕を持って行こう。
とりあえずは、この電話が終わったら、このあたりの水族館でダンゴウオが見られるかどうかを確認しよう。それとも、水族館じゃなくて海に潜って見たことを素直に伝えて、ダンゴウオにこだわらず、普通に水族館デートしたいって言ったほうがいいんだろうか。
いろいろともやもや考える。
「大島さんとの約束って、いつも急に決まりますね。そちらこそ、週末のご予定は大丈夫ですか?」
同じようなことを考えてたことに少し嬉しくなるが、ここで引かれて断られては堪らないから、なんとか引き留めておかないとと必死に話す。
「そんなの、どうとでもなるし、なんとかするから気にしないで。とにかく俺は見に行きたい」
そういや、実家の食事って、土日どっちだっけ。家族には悪いけど、日曜だったら断ろう。心の中でそんなことを考えつつ、力説する。
結局、集合時間はまた後でメールでとなって、通話は終わる。もう夜遅かったけど、パソコンを開いて水族館の情報を調べたりして、その日はけっこう夜更かしをしてしまった。




