メールの文面
『こんばんは!大島です。おかげさまで、楽しい休みを過ごすことが出来ました。かなさんもいろいろお忙しいと思いますので、ダンゴウオについては、かなさんが落ち着いたらときにまだ気になっているようなら、そのとき説明しますね。』
すごくすごく文面を考えた結果、送った返信がこれだ。せっかくかながつっこんでくれたことについては、結局、メールで説明しないことにした。
この季節だけ伊豆で見られる魚だと説明するだけなら簡単だけど、別に俺はかなにダンゴウオの説明がしたくてメールを送ったわけじゃない。俺のことに少しでも興味を持ってくれていないか、それを知りたかっただけだ。それに、忙しい様子のかなとメールのやり取りをするのも、何だか違う気がしたから。
そのまま休みが終わって、仕事が始まった。かなからの連絡はないままだったけど、毎日の仕事はそれなりに忙しくて、連絡がないことをそう気にせずに過ごせていた。
そうして何日か働いて、また週末になって。
仕事が終わって更衣室に入ってロッカーを開ける。前は、まず必ず携帯を確認してたんだが、最近はそういうこともしなくなって、着替えやタオルを持って、風呂に向かう。俺が働いてる工場には大浴場があるので、仕事がある日は、なるべく会社で風呂を済ますことにしている。
風呂から出て着替えて、駐車場に向かう。連休、実家に帰らなかったし、この週末は母の日でもあるから、久しぶりに実家に連絡でもして、予定が合うなら飯でも行こうか。歩きながらそんなことを考えて、携帯を取り出す。
待ち受け画面を見ると、何通かのメールが届いているようだ。どうせほとんどがダイレクトメールだろうとは思うが、いちおう、先に見る。ぽちぽちとボタンを押し、送り主と題名だけを読み流して行く。先週の伊豆での写真が、ショップのホームページに載ったというお知らせも来ていた。家に帰ったらパソコンから見るかと思うと、その下に、かなからのメールが来ていた。
『こんにちは。ダンゴウオって響きが気になっちゃったので、レポートのためにパソコン室に行ったのに、ダンゴウオのことを調べちゃいました。小さくてかわいいお魚ですね。』
送信時間はちょうど昼休み。
セキュリティの関係で、うちの工場では、基本、現場に私物の携帯は持ち込めない。食堂など一部使える場所もあるから、昼休みに携帯を見てる人もいるけど、俺は、いちいち取りに戻るのも面倒だからと、朝ロッカーに入れたら帰るときまでは出さない。しかも、今日は風呂に入る前にも確認しなかった。
時間はすでに19時を過ぎていて、休み前の予定と同じであれば、かなは、もうすぐキャバクラでの演奏があるはずだ。演奏が始まれば、かなは携帯を見ないはずだ。今ならぎりぎり見てもらえるかもと、必死で文面を考える。
『見れたよ。本当にかわいかった。』
こんなありきたりな1文だけど、とりあえず送った。実家へ連絡しようかと思ってたことなんて完全に頭から飛んでた。
駐車場の自分の場所に着き、車に乗り込んでも、しばらくは返信が来ないかと待つ。
着信が鳴った!
『赤色のニモみたいですね。私も見てみたかったです。』
そのメールを見た途端、思わず、電話をかけてしまった。
だけど、何度か呼び出し音が鳴った後に留守電につながっただけで、かなは、電話には出てくれなかった。