帰ってからのこと
伊豆に行く前日、初めて、俺の趣味のことを書いたメールを送った。ダイビングをしに行くとは書かず、ダンゴウオのことだけを書いたのは、もし少しでも俺に興味を持ってくれているのなら、それが何か調べてくれないかとか、たとえ興味がなかったとしても、聞き慣れない単語につっこんでくれないかとか、そういう期待もあったからだ。
送ったその日は何も反応がなくて落ち込んで、でも、次の日からは久しぶりのダイビングにわくわくして、実際、集合場所に着いてからは、ダイビング仲間と盛り上がってメールのことは気にしないようになっていた。
俺がダイビングを始めたのは去年、年が明けてすぐのことだった。ショップの中に訓練を受けることができるプールがあるから、そこで、初心者向けのライセンスを取れるように教えてもらって、初めて海に入ってからは見事にハマった。
5月の伊豆の海は、去年に続いて人生2回目だ。陸と違って海の中はまだ少し寒いが、入れないことはない。何より、去年は初めての体験ばかりで、それはそれでもちろん楽しかったが、海からあがったベテランの仲間たちから話を聞いて、来年はそれもしよう、あれも見ようと思っていたことを実現できると思うと、期待に胸が高まった。
こうして思いきり楽しんで、仲間たちと盛り上がったまま解散し、家に帰る。しばらく家を空けてしまったから、窓を開けて風を遠し、洗濯機を回し、機材などの片付けを始める。
休みは終わりだ、ここからはまた仕事が始まる。頭を休みモードから切り替えつつ、ひたすらに作業を続ける。鞄の奥から、携帯の充電器が出てきた。そういえば、宿に泊まるとき、ほとんど充電をしていなかった気がする。気になってズボンに突っ込んだままの携帯を取り出すと、すでに電源が切れていた。海が楽しすぎて、電源が落ちていることに全然気が付かなかった。
まあ、ずっと仲間と一緒にいたし、工場も動いてないから会社関係の連絡もないだろうし、実家にも地元の連れにも、この休みは出かけるから帰らないとあらかじめ伝えてあった。だから、そう大した用事はないだろうと、いちおう充電器をコンセントにつないで、携帯の充実をした。
かなのことも頭をよぎったが、電源が切れる前までは、何も連絡はなかった。メールを送ってから何日も経ってるし、客にならない俺にはもう用はないだろうから、返信なんて来るわけないと、頭から追いやることにした。
片付けが一段落してから、食材や日用品を買い足しに出かけて、シャワーを浴びてから、簡単な夕飯を作る。夕飯といっても、酒のつまみになるような簡単な炒め物だ。ビールの缶を開けて、テレビをつける。
ふと、部屋のすみに繋げっぱなしの携帯を思いだす。いつのまにか充電も終わっていたようで、二つ折りの携帯を開けて、メールの受信フォルダを見る。ほとんどが登録してる店のメールマガジンで、割引の案内や、新製品の案内ばかりだ。
左手にビールの缶を持ち、右手でぽちぽちと下向きのボタンを押していくと、手が止まった。
題名はRe:で、俺のメールに返信してくれたらしい。送り主は、かなだった。送ってくれたのは、昨日の夕方。昨日は最後の晩ということでみんなで盛り上がって飲んでいて、そのまま夜は寝てしまい、今日はそのまま帰ってきて、家に戻ってからがこれだ。
少し緊張しながら本文を読む。
『こんばんは。お休みを楽しんでいらっしゃるようで、うらやましいです。私は練習も演奏本番も頑張っていますが、勉強もしないといけないので、今、ちょっと大変です。
ところでダンゴウオって何ですか?』
かなはかなで忙しい休みを過ごしているらしい。
そして、俺の淡い期待が身を結び、ダンゴウオに突っ込みをいれてくれてる。嬉しい。これで返信出来る。でも、こういうメールってタイミングも大事だし、すでに約1日放置してしまったわけだが、どう返信すべきか...。また返信が来るようなメールにしたいが、忙しそうだから、手を煩わせるようなこともしたくない。
俺はビールを机に置き、両手で携帯を持って必死で文面を考えたが、結局、炒め物が冷めてビールがぬるくなっても、何も思い付けずにいるだけだった。