連絡しなかったときのこと
5月の連休に入って、仕事も休みに入った。俺が働いている工場は、こういう期間を利用して業者の点検が入る。立ち会いをする責任者以外は出勤する必要もない。俺は、久しぶりに趣味の仲間たちと出掛けることになっていたので、出発の前日は、その準備をしていた。
ここに書きなぐっているのはかなとの思い出ばかりで自分のことはほとんど書いていなかったけど、俺の趣味の1つはスキューバダイビングだ。もともと子どもの頃からやってみたいと思っていたけど、親に頼んでもやらせてくれるはずもなく、自分で金を稼ぐようになったらやってみようと決めていた。
とは言ったものの、高専の頃は授業や自分の取り組む研究に忙しくバイトをする余裕もなかったし、就職してからも、まずは車を買う金を貯めないといけなかったりで、なかなか始めることは出来なかった。
そんな感じでなかなか取り組めずにいて、就職して3年目、ていうか、去年なんだけど。車のローンも払い終わって、ある程度の貯金も出来たので、やっと、ダイビングを始めることが出来た。今通ってるのは、ホームページなどで調べて、実際いくつかのショップに足を運んでから、ここにしようと決めた店だ。オーナー夫妻や従業員だけでなく、客の雰囲気もいい。いろんな年代、いろんな職業の人がいるが、海に入るときはみんな仲間だ。
俺はすぐにダイビングにのめり込んでいった。先月、かなのギャラリーコンサートを聴く日の前日に会っていたのも、ショップで知り合って何度か一緒に潜った人たちだ。この休みでどこに行くか話して、伊豆に行くことに決めた。春濁りと呼ばれる季節が落ち着いて、海の中の透明度も少しずつ戻ってくるので、魚も見つけやすくなるそうだ。ダンゴウオというこの季節でしか見れない小さなかわいい魚がいるらしい。
小さくてかわいいというと、やっぱり、かなを思い出す。レストランでのディナーコンサートの後、かなからお礼のメールが届いていたが、俺はそれに返信をしなかった。最初のうちは受信フォルダに残るそのメールが気になって仕方がなかったが、だんだんと流れていけば、意識せずに済むようになっていた。
かなのことはかわいいなと思ったし、仲良くなれるものならなりたいとも思ったが、あの、ピアノを弾くのが大好きで堪らないというかなと、音楽なんて全然分からない俺が仲良くできるところは、全く想像出来なかった。
客としてなら優しくしてもらえるだろうが、客以上に見てもらえるとは思えない。
だから、もう、止めよう。そう思うのに、ふとしたときに、こうしてかなのことを考えてしまう。
ダイビングに行く前でテンションが上がった勢いもあって、いつもであれば絶対送らないだろうメールを送ってしまう。
『こんばんは!お久しぶりです。大島です。覚えてますか?
かなさんは演奏頑張ってますか?
俺は明日からダンゴウオを見に行ってきます。お互い楽しい休みになるといいですね!』
演奏を聴きに行きたいとか、そういうことを入れないメールは初めてだ。返信が来るかどうかは分からないけど、なんだか無性にもやもやしてイライラしていた気持ちがすっきり晴れたし、そんな気分に合わせたように、潜った海もすかんと抜けていて、鮮やかな赤色のダンゴウオをたくさん撮ることが出来た。