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愛の挨拶

この後も、クラシックや映画音楽など何曲か演奏が続いた。曲の合間に解説をしてくれるので、知らない曲や、どこかで聴いたことがある程度でしか知らない曲も、楽しんで聴くことが出来た。客も常連が多いのか、以前演奏して評判が良かったという曲を弾くときは、演奏前に客から歓声があがったりしていた。


「さて、次は、何度か皆様の前で披露している曲で、エルガーの愛の挨拶です。」

客席から、一際大きな拍手が沸き起こる。どうやら、人気がある曲のようだ


「この曲は、エルガーが愛する奥様に作った曲で、有名な曲です。何度も来てくださったお客様でもう知ってるよ、という方もいらっしゃるかとは思いますが、僕はこの曲でいくつかのアレンジをしています。バイオリンかピアノがそれぞれ1人で弾く片思いバージョン、バイオリンとフルートのデュエットバージョン、バイオリンとフルートとピアノで弾く三角関係バージョンなどです」


おお、なんかいろいろあるらしい。


「今日はピアノのかなと二人なので、相思相愛バージョンで演奏します」


相思相愛バージョンって何だよ。思わず、机の下の手を握り締めてしまう。


「重音が苦手なバイオリンやフルートと違って、ピアノは両手全部を使って様々な音を出すことが出来ます。かなには、バイオリンの呼び掛けに応えるようなハモリと、和音の伴奏の両方を担当してもらおうと思います」

かなが客席に向かって手を振る。


「この曲を僕らが最初に弾いたときは、僕が大学に通ってた頃で、当時のかなはまだ中学生でした。当時のかなは、バイオリンの伴奏したことがなくて、1人でどんどん突っ走っていきますし、僕も、一緒に弾くというよりは、上から目線で教えてやるといった態度で、お互い生意気でしたね。だから、当然ぶつかることも多かったのですが、そのたびに話し合い、だんだんと曲にアレンジを加えるようになって、二人なりの曲の形が出来てきたように思います。原曲をご存知の方は、知ってる愛の挨拶とは違うと思われるかもしれませんが、その違いも楽しんでいただければと思います」


そうして始まった曲は、ピアノの短い前奏の後にバイオリンのメロディーが重なり、おそらく左手で伴奏を続けつつ、右手でバイオリンを追っかけたり、ハモったりして音が繋がっていく。お互いの音がきれいに絡んで、原曲は知らないけど、本当に幸せそうな曲だと思った。かながバイオリンの男を見つめる視線が優しくて、俺も自然と優しい顔になっていたと思う。


楽しそうで、幸せそうだ。キャバクラのときはどこかよそ行きの顔だったし、ギャラリーで弾いてたときは、ヘルプ要員だったからか、楽しそうではあったものの緊張した雰囲気もあった。

でも、この男と一緒に演奏してるかなは、とにかくリラックスしていて、音もとことん柔らかくて甘い。さっき、かなが中学生の頃からこの曲を弾いてると言っていたし、きっと、長い付き合いで気を許しているんだろうなと思う。


いつか、こんな顔を俺にも向けてもらえたらいいのにな。かなと一緒に演奏している男のことが羨ましくて仕方なかった。

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