表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
22/75

春の曲

メイン料理の後にデザートとドリンクが出てからしばらくして、店員が、正面のマイクに立つ。ディナーコンサートの始まりを告げ、店員が端に寄ると、それと入れ替りで、バイオリンを持った男と、ドレス姿のかなが出てきた。常連の客も多いのか、あたたかい拍手で迎えられる。


正面で二人そろって礼をしてから、かながピアノの椅子に座り、男がマイクを持つ。


「こんばんは。原田と申します。初めましての方も、いつも来てくださってる方も、レストランガーデンのディナーコンサートにようこそお越しくださいました。短い時間ではございますが、楽しんでいただけたら幸いです。それでは、早速始めたいと思います」


そう言った男がバイオリンを肩に乗せ、後ろのかなを振り返る。二人で呼吸を合わせて頷いた後、曲が始まった。

知らない曲だが、この店の雰囲気を考えると、おそらくクラシックの曲なんだろう。

かなの軽やかな伴奏に、滑らかなバイオリンのメロディーがすごく合う。途中でバイオリンとピアノがそろって早い旋律を奏でた後、メロディーと伴奏が入れ替わる。さっきのバイオリンと同じメロディーのはずなのに、かなのメロディーは先ほどの滑らかなバイオリンと違って軽やかに跳ねて、アレンジなのかそういうものなのか分からないけど、途中でクルッと回るように音が踊る。


俺の席からは後ろ姿を眺めるだけになってしまうんだけど、たまに横を向くときがあって、そんなときはバイオリンの男と目を合わせて笑うのが見える。息を合わせるたびに背中が跳ねて、そのたびに、明るい茶色の髪が揺れる。すごく楽しそうだ。いいなあ。俺もあんなふうにかなに笑ってもらいたい。なんで俺は楽器が弾けないんだろう。子どもの頃、なんかカッコいいかもとギターに挑戦したことはあったが、押さえられないコードにすぐに飽きてしまった。音楽の授業も、クラスの合唱でも、真面目に取り組まずにクラスの女子に文句を言われてたようなタイプだ。せめて、授業で習うレベルの知識があれば、感想だって、すごいだけじゃなくて、もっといろいろな表現で伝えられたかもしれないのに。


かなのピアノを聴いたり、演奏してる姿を見たりすると、目が離せなくなる。でも、それと同時に、楽しんでるかなと同じ世界に入れない自分に対して、妙にもやもやした気分になる。もっと聴きたいのに、見たいのに、心に沸き起こる嫌なもやもや。それがなんか嫌だ。うまく書けないから、俺は語彙力もないらしい。


そんなことを考えているうちに、曲が終わったらしい。かなが立ち上がって、バイオリンの男と合わせて礼をする。


「えー、1曲目は、この季節にぴったりなベートーベンのバイオリンソナタから『春』、でした。有名な曲なのでご存知の方も多いかと思います。最近僕らが気に入ってる漫画があるんですが、その漫画は音大が舞台になっていて、破天荒なピアニストの女の子が主人公で、その子の周りにはたくさんの魅力的な音楽を愛する仲間たちがいます。この曲は、主人公の同級生の男の子と、大学一番の成績の先輩が、ひょんなことから合奏をすることになったときに弾かれた曲です。漫画の場合は、ピアニストの先輩が冷静沈着にリードするって感じですけど、うちのピアニストは跳ねるのが大好きなので、今回は、ピアニストを好きに跳ねさせて、その分僕のバイオリンをしっとりさせました」


かなが跳ねて、バイオリンが滑らかだと感じた俺の感覚は合ってたらしい。クイズに正解したときのようなすっきりした気分になる。


「さて。次の曲です。春といえば、もっと有名な春の曲もありますね。次はヴィヴァルディの四季から、春です。原曲は協奏曲なんですが、僕らなりのアレンジを加えました。かなが、たくさんの楽器を1台のピアノで担当してくれます。弾き方も変えてますので、良かったら、どの楽器を表現するか当ててみてくださいね」


俺でも聴いたことがある。というか、給食の曲ってイメージだけど...。原曲ってもっとたくさんの弦楽器の音がしてたよな。それが二人だから、ずいぶん迫力が足りない音になるんじゃないか、始まる前はそんなことを思ったが、かなは、さっきみたいに跳ねたり、逆にずっしりとした音だったり、様々な音を聞かせてくれる。バイオリンも、さっきの滑らかな音じゃなくて、もっとずっと華やかな音に変わった。


この二人は、すごい。

最初の曲を聴いたときはもやもやしていたはずなのに、次々と奏でられる音に次第に引き込まれていて、気が付けば夢中になっていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ