信号が変わるまで
結局、炊き込みご飯を食べた後に会計を頼んで、店を出ることになった。金額を見てかなが半分払うと申し出てくれたが、それを何とかはね除けて払うことが出来た。かなは最後までむくれていたが、次回の割り勘を提案したところ、やっと笑ってくれて、笑顔で店を出てくれた。
店の近くまで送ると伝えたが、それは断られ、地下鉄の出口まで二人で向かう。行きと違って、かなの速さに合わせて歩く。おいしかった料理の感想など、かながにこにこしながら俺に話しかけてくれる。やっぱりかわいい。少しでも長く一緒に歩きたいと思うのに、今度はかなが早歩きになってる。店の時間が迫ってるんだろうなと思う。しょうがないことなのに、むしろ、あの店でバイトしていなければ、かなに出会えなかったから、バイトしてくれていてよかったと思うべきなのに、胸が痛む。
あっという間に地下鉄の出口についてしまった。かなは地下道は使わずに、目の前の交差点を渡って、店に向かうらしい。
信号はちょうど赤で、もう少しなら、一緒にいられる。
「大島さん、今日は本当にありがとうございました。おいしいご飯に、演奏会の話も出来て、私ばっかり楽しくて申し訳ないです」
「俺こそ楽しかった。でも申し訳ないと思わせてしまうのなら、今度は、俺の話をしてもいい?それか、今度は、演奏以外のかなさんの話を聞くのでもいいし」
ズルい言い方だと分かってたけど、何とか、次に繋げたいと必死だった。
かなが一瞬つまって、また、困った顔で笑う。しまった、突っ込み過ぎた。かなが俺に興味を持ってくれているかなんて分からないし、かなが、演奏以外のことを話したいと思っているかどうかも分からない。かなにとって、俺は、演奏を気に入ってくれたバイト先の客というだけの存在なのに。さっきの、次は割り勘に笑ってくれたのだって、剥れた顔を戻すためのただのきっかけにすぎなくて、また俺とご飯に行ってくれるかどうかも分からないのに。完全に下手を打ってしまった。
「もちろん、演奏も聴きたいから、また、次に行けそうな情報があれば、教えてほしい」
慌てて付け足す。
あからさまにほっとした顔をされる。
「ありがとうございます。一番近くだと、レストランのディナーコンサートなんですけど...おいしいお店だからいつも人気なので、席がまだ空いてるかどうかは確認してみないと分からないです」
ちょうど信号が変わる。
かなが交差点を見て、行きたそうな素振りを見せる。
「あの、大島さん、申し訳ないんですが、本当に時間がなくて...」
「ごめん引き留めて。そのレストラン、空いてるかどうか、確認してくれると嬉しい」
信号の音が点滅を告げる。かなは返事の代わりにうなづいて、駆け足で交差点を渡って行った。
後ろ姿を目で追うが、当然だけど、かなは振り返らない。そのまま帰って、日付が変わるまで返事を待つが、何の連絡もなかった。