変に引き延ばそうとしてみた
この後もいくつかの料理を食べて、最後に、土鍋で炊いたという炊き込みご飯が出てきた。時間がかかるため早めに注文してくださいとメニューに注意書きがあったこの料理が出てきたということで、いつのまにか随分と時間が経っていたんだと気が付く。
「時間かかるって書いてあったけど、もうすぐ7時半なんですね。ちょうどいい時間に来てくれてよかった」
ちょうどいい時間というその言葉に、かなのこの後の予定を嫌でも意識する。
「この後、演奏あるんだよね。何時くらいから始まるの?」あえてキャバクラという言葉を避けて問う。
「基本は8時から1回目の演奏ってことになってるんですけど、美麗が同伴だと少し遅くて、8時半開始になるんです。だからこのご飯食べたら行かなきゃって感じです。デザートも美味しそうだったのに、残念」
「そうなんだ。気になるなら頼めばいいのに。今すぐ頼めば、間に合うんじゃないかな?」
少しでも長く話したい。そんな思いで、デザートを餌にして引き留めようとする。
「間に合うかもしれないですけど、万一間に合わなくなるのは絶対に駄目なんで、止めときます」
あっさり断られる。あと少しだけでいいんだ、この子と話したい。
「じゃあ...じゃあさ、俺も一緒に店に行こうか?美麗さんみたいに同伴ってことにすれば、多少遅くなっても大丈夫とか、そういうのはないの?接客はしないって聞いたけど、席に座ったらいけないってわけじゃないんだろ?俺、かなさんを指名するよ。まだ話し足りない。まだ演奏した中で話してない曲もあるし、またかなさんの演奏も聴きたい」
同伴用の客と見られているんじゃないかと一人で勝手に考えてもやもやしてたのに、気が付けば、自分から同伴を申し出ていた。
かなは驚いたようで目を大きくして、それから俺を見て困った顔で笑った。
「大島さん、お店来るのは大変じゃないですか?お客様が払う料金については詳しく知らないですけど、もらってるバイト代から考えても、けっこうかかるって分かりますよ。それに、店に来ていただいても、私はただの伴奏のバイトなので、指名は出来ないです。美麗のお客様と少し話すくらいはしますけど、それ以外では、基本、お客様とは話さないですよ...」
「でもさ、最初に会ったとき、俺と話してくれたよね?」
「あれは...綾さん、あ、大島さんがご指名されてた方ですけど、その人から、私たちの演奏を気に入って、わざわざ延長して次の演奏を待ってくれてるお客様がいるって伺ったから。そのお礼を言いたかっただけです。それに、たとえ同伴出勤が認められたとしても、同伴も、何時までにお店に来ないといけないってルールがあるんですよ。同伴だから遅刻して許されるなんてこと、ないですから」
少しあきれたようにかなが俺を見てる。
さっきまではあんなに楽しそうに話が出来ていたはずなのに、急に空気が重くなった。
「今日、バイトがあるって分かってたはずなのに、これはないですよ。本当に時間なくなっちゃうんで、早く、ご飯食べましょ」
そう言いながら、テキパキとご飯をよそってくれる。
「ごめん...ありがとう」
あんなに美味しそうに見えた炊き込みご飯なのに、食べるのがつらい。
「すっごくおいしいですよ!早く食べなきゃもったいないです!ほら、大島さん、食べよう?」
うつむいた俺を向かいからのぞきこむようにして、かなが笑ってる。
「大島さんが私の演奏をすごーく気に入ってくれたことは伝わりましたから。次に演奏があるときに、またお声がけしますから、とりあえず今日はこれ食べて、お腹いっぱいになって解散しましょ」
かなが笑ってくれるから、俺はそれに乗った。
「本当、無理に引き伸ばそうとして悪かった。また、演奏があれば教えてな?」
「もちろんです!また、連絡しますね。ほら早く食べて~これ、2杯目余裕でいきそうですよ」
かなが楽しそうにそう言ってくれる。
俺より年下のかなのほうが、俺よりずっと大人だ。