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頭の中はどろどろ

店に入って、席に案内される。

4人用には少し狭いけど、2人用にするにはけっこう広いテーブル席。奥に座ってもらうつもりだったけど、かなが、さっと手前の席に座ってしまう。戸惑うおれに、「気をつかわないでください。私、手前側の席ってけっこう好きなんです。回りを気にしなくていいし、壁におすすめメニューとかあると見れて楽しいから」と笑顔で言ってくれる。


「お腹すいちゃいました。何にしようかな」かながメニューを広げる。カウンターの上はいくつかの大皿があって、すぐに出るメニューのようだ。席につく前にちらっと見ただけだが、どれも美味しそうだった。

「飲み物も決めないとですね。大島さんのせいで早歩きしたから、のど渇いちゃいました」

「それなら、俺はビールで...かな、さんは何飲む?」危ない、つい、呼び捨てしそうになってしまった。頭の中ではいつも勝手に呼び捨てしてるから。この前の演奏会でも店でもちゃん付けで呼ばれてたから、あんまり呼び捨てされない子なのかな。

「私はお茶で。今日はご飯の約束だったし、酔って音外すわけにいかないから」

「そうだよね、これから店あるって言ってたもんね。美麗さんとは、練習の後はいったん別れるの?」

「美麗は今日はお客様と同伴の約束があるので。一人でご飯かなって思ってたんで、大島さんと約束出来てちょうどよかったです」


店員が来たので、ビールとウーロン茶を頼む。

ちょうどよかったの言葉がひっかかる。まるで俺も、同伴を期待される客のようで。


「飲み物来るまでに、ご飯も決めましょ。何がいいかな~。大島さん、ここのおすすめはなんですか?」

「ごめん実は、俺もここ初めてで。落ち着いた店とは聞いてたけど、おすすめ料理までは教えてもらってなかった」

「じゃあ、店員さんが来たら聞いてみましょう!」

俺の暗い考えなんか全然知らないという顔で、かなが無邪気に笑う。


やっぱり、カウンターの前にある料理ならすぐ出るとのことで、おすすめを頼むと、おひたしや煮物、豆腐といった料理をそれぞれ一人用の小鉢に盛り付けて出してくれた。


「じゃあ、大島さん、お仕事、お疲れ様でした!」俺がグラスを持った途端、すかさずかながウーロン茶のグラスを当ててくる。それは当然というように、きれいに添えられた指で、位置もちょうどいいぐらいに下げられていて。俺が会社の先輩と飲むときより、よっぽど慣れてるし、うまい。席に着かないようなことを聞いたけど、本当は店に出たときは接客してるんじゃないか、今日だって、この後店に来ないかと誘われるんじゃないか。頭の中がどんどん嫌な考えで埋まっていく。


「大島さん、すごいです、これ、どれもおいしい!」

かなのはしゃぐ声で、我に返る。

「おひたしも自家製豆腐もおいしい!この蛸の柔らか煮なんて最高ですよ!こんなにおいしい蛸の煮物初めて!ぼーっとしてると、なくなっちゃいますよ。」

「あ、じゃあ、俺も食べようかな」

勧められた蛸の煮物を食べる。めちゃくちゃうまくて、しかもすごい柔らかい。でも、2口目が続かなくて、黒い小鉢の中身を無意味につつく。

「他のお料理も頼みましょ。何がいいかなあ。この感じだと、お魚は外せないですね。だし巻き玉子も絶対おいしいと思う!土鍋の炊き込みご飯も食べたいな~でも、二人だからあんまり頼むと食べきれないかな。大島さん、どうしましょうか?」


この子は本当にかわいい。小さいからかわいいだけじゃなくて、明るくてかわいい。俺がこんなにどろどろしたことを考えてるのに、全然気にしないといった様子で、笑ってくれる。


「早く頼むもの決めて、それで、週末コンサートの感想、聞かせてくださいよ。そのために、今日、お約束したんでしょ?」


もう嘘でも何でもいいや。この後同伴頼まれるかもしれないけど、でも、今だけは、俺と話すためにこの子は目の前にいてくれると思うようにしよう。そう思った。

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