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初めての会議とその後

約束の金曜日。

俺は、会社の営業支店へ会議に来ていた。

製造と営業の擦り合わせをする定例の会議で、今までは先輩が出ていたが、その先輩は中国工場への赴任が決まっている。今回は引き継ぎも兼ねての同行、次からは、俺が、製造の担当者として出席することになる。

同じ会社とはいえ、営業と製造は立場も見ている方向も違う。製品を売るという目的は同じでも、営業はどちらかというと顧客寄りだ。

この地方は製造業が盛んで、自動車や機械部品向けとしてうちの製品はよく売れるが、営業の奴らは製造によく無理を言ってくる。原料を同じ割合で入れて機械を動かせば簡単に製品が出来るわけじゃない。仕入れる原料の状態が毎回同じわけじゃないし、その日の気温や湿度によっても変わってくる。100の原料がそのまま100の合格レベルの製品になるわけじゃない。年間単位で契約している出荷もある。そういったことをいろいろと考えて、仕入れや人の配置を計画して、社内納期っていうのが決まっているんだ。いくら仕事を取ってきたとはいえ、納期を縮めろと、何とかしろと言われても無理がある。

営業からの無茶な依頼をこなすために残業をしたり、機械を無理に動かしてトラブルになったり。俺にとって営業っていうのは、厄介事を持ち込む嫌な奴らってイメージでしかなかった。だから本当は、この会議の担当になることは嫌で仕方なかった。

ただ、今日は、これが終わればかなに会える。そう思うと、面倒でしかなかった会議に向かうのもそう悪くないと思えたし、実際、営業側や、その先にある客の事情も、工場で文句を言ってたときよりも素直に聞き入れることが出来、あの無茶な納期を守るために、何かこっちでも出来ることがないだろうかと考えることが出来た。


会議が終わり、先輩と支店を出る。

「大島、お前、思ったより大人になってたんだな」珍しく先輩に褒められた。

「俺はさ、お前はもっと営業の奴らに噛みつくんじゃないかって、実は少し心配だったんだよ。それが連れてきてみたら、これだったから。あー、俺は安心してあっちに行けるわ」

面と向かって褒めるような人じゃないから、いきなり言われると照れる。

「俺さ、今日はすげー機嫌悪くなったお前を宥めながら飲むって覚悟してたから。予想外だな~楽しい酒が飲めそうで嬉しいわ」

何この飲みに行く流れ。今日はこの後かなと約束してるんだけど。

「何その嫌そうな顔。せっかく電車で来てるんだから、普通、行くだろ。」

「いや、まあ、普通はそうなんすけど...」

口ごもる俺を見て何かを察したらしい先輩に聞かれる。

「何、もしかしてメールの子?」

「何ですかメールの子って」

「今まではロッカー開けたら風呂行く準備してたやつが、携帯開けてメールチェックするようになるって、まず気付くだろ」

「...そうなんすか」

「落ち込んでたから聞きずらかったけど、そっか、うまくいってんのか」

「うまいかどうかは分からないんですけど、今日、これからメシ行くことになってて...だから飲みは、すみません」

「気にすんな。ちなみに待ち合わせどこなん?」


そう言われてはっとする。分かりやすいからと待ち合わせによく使われる広場に決めてしまったが、そこは、このまま地下鉄の改札まで歩くときに確実に通る場所だ。待ち合わせにはまだ早いから、おそらくはまだ来ていないはずだけど...


「いや、えっと、どこでしたかね?」

「何誤魔化してんだよ。別について行くから見せろとか、そういうんじゃねえぞ?」

「いや、そんなこと思ってないですよ。先輩こそ、今日は飲んでから帰らないんですか?」

「お前と飲まないから、今日はこのまま帰るよ。赴任が近いからな、こう見えてもけっこう忙しい」そう言って、改札までの道をまっすぐ向かう。


まだ早い、たぶん、いや絶対、いないはずだ。先輩を改札前まで送って、それでまた戻ればいい。そして待ち合わせになっている広場まで来た。


いないかどうか、つい、見渡してしまう。そして、反対側を見ている小さな茶髪の子を視界にとらえてしまう。視線に気が付いたのか、彼女が振り返って、それで、笑ってくれて。


「...おい、もしかして、あの子か?」


当然、気が付かれてしまった。


「こんばんは」

俺の隣に先輩がいるからか、かなは、演奏会のときより少し硬めの笑顔で、俺に声をかけてくれる。

「そっちこそ、お疲れ様です。あの...早いね」

「私もちょっと早いかなと思ったんですけど、なんか、来ちゃってました。えっと...お仕事先の方ですか?お約束の時間までまだありますし、用事がまだ終わってないようなら、また後で...」かなが俺と先輩を交互に見ながら言う。


「ご心配なく。仕事はもう終わって、俺はもう帰るところだったから。方向が同じだから一緒に歩いてただけ。それで俺は、お仕事先の人じゃなくて、同じ会社の者だからね」先輩が横から言う。

「そうだったんですね。お仕事、お疲れ様でございました」かなが、先輩に向かって笑う。さっき俺に声かけてくれたときと違って、お店仕様の顔だ。でも、そっちの笑顔もかわいい、よそ行きの顔で本当の笑顔じゃないとは分かってるけど、それでも、先輩に笑いかけないでほしい。


「それにしても、ちっさくてかわいいね~これから同伴?」おわっ、いきなりなんつーこと言い出すんだよ。からかうような先輩の言い方に、めちゃくちゃ焦る。

「同伴?違いますよ、大島さんとはこれからご飯に行くだけで、そういうのじゃないですよ」かながにこにこしながら答える。

「本当に~?そう言って、ご飯の後は店に連れてく流れでしょ?」ヤバい先輩が悪乗りしてる。

「本当ですよっ、ご飯の後にお店とかじゃ」「あのっ、本当、そういうんじゃないんで」無理に話を遮る。

「本当、違うんで。同伴とか変なこと言うのやめてくださいよ」

「おお、ごめんな、俺たちへの挨拶とか、雰囲気がそれっぽかったし、試しに振ってみたら話通じたから、そうなんかな...と」

「この子はそういうんじゃないんで...学生ですよ」


「そうなんか、本当悪かった、ごめんな」先輩がかなのほうを向いて謝る。

「私、学生っぽくなかったですか?」

「まあ、なんつーか、...本当、ごめんな?」

ちょっと気まずい空気になった中、かなが鞄からパスケースを取り出して、先輩に向けてカードを名刺のように差し出す。

「ご挨拶が遅れて大変失礼しましたっ、鈴村かなですっ、大学に通ってます。いちお、これ、証拠の学生証ですっ!」わざとらしいくらい明るい声。

ご丁寧にありがとうございます...と先輩も名刺を出して挨拶してる。

「頂戴致します、でも、私のは学生証なんであげれないですけどねっ」「まあ、そうだね...って、◯大なの?!」「はい、まあ、いちおう...」


先輩の口から出たのは、このあたりでは一番レベルの高い大学で。俺のいた高専でも成績のいい奴らしか推薦枠に入れなくて、俺では絶対に届かなかった大学。無駄に、胸がちくりと痛む。


「大島、おまえなんだよ、どこで◯大生なんかと知り合ったんだ?今日は帰るけど、俺があっちに行く前に聞かせろよな」

「いや、大学生だってこと知ったのも最近で、どこの大学とか、知らなかったんで...」

「あ、そうなの?お前がバカだから言いずらかったんじゃね?」先輩がからかう。

「まあいいや、じゃあ、俺もう帰るから。ご飯、楽しんできてね」


最後の一言はかなに向けてだろう。先輩が改札のほうへと歩いていく。姿が見えなくなって、思わず息を吐く。


「...学生証」

「え?」

「...学生証とか、簡単に見せてよかったの?」

思わず問い詰めるような言い方になってしまった。


「え?あ...なんか、お店のこととか、知られたくなさそうだったから。口だけで大学生って言うより、あのほうが、信じてもらえるかな...って」

なんか、この前の電話と違って、全然話せない。


「ちょっと早いけど、とりあえず店行こ」

一人で歩き出す。態度が悪くなってるのは自覚してる。けれど、その理由を自分の中でもうまく説明出来ずにもやもやする。気分を悪くされてもしょうがないと思ったが、少し遅れて、彼女はちゃんとついてきてくれた。俺よりだいぶ小さな彼女だから、少し駆け足になっていて大変そうだ。それでも俺は、合わせてゆっくり歩くことが出来なかった。

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