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かなの演奏

大合唱で盛り上がったジ◯リのあの曲が終わると、リーダーのたっちゃんがマイクを持つ。

「皆さんで盛り上がれて、いいスタートになりましたね。なんだか皆さん、ト◯ログッズが欲しくなってきませんか?実は、この施設を運営してる◯◯さんは、ジ◯リ公認の食器を製作してるんです!この建物を出て公園を挟んでちょうど反対に、アウトレットショップがあります。工場直送のト◯ロの高級食器をお手頃に手に入れるチャンスです!駅に入ってる百貨店と同じものが、工場直送価格で買えちゃうんですよ。ト◯ロ愛が高まる今、勢いで買っちゃうのもいいかもしれませんね」


なんだこれ、いきなり宣伝が始まったと呆気にとられていると、子どもたちからヤジが飛ぶ。「たっちゃんそれいつも言ってる」「うち、もういっぱいあるよ~」おお。すでに買わされた家族もいるのか。

「あはは、ごめんごめん。いつものお約束で許してよ。ここのショップの宣伝しとくとさ、次のコンサートのお誘いの声がよくかかる気がしてね。こう見えて、たっちゃんは腹黒いんだ」大人の笑い声が混ざる。どうやら、ト◯ロの大合唱と店の宣伝は、いつものことらしい。


「さて。ここからは、理系学生らしく、曲を分解して、解説も交えながら演奏しますね。ついでに、残ったメンバー紹介も」「ついでってなんだよ!」すかさずコントラバスの男性からのつっこみが入って、また笑いがおこる。ここからは、クラシックや最近流行ってる曲、昔の歌謡曲まで様々なジャンルの曲が演奏された。注目する箇所や、音のつながり、曲作りのテクニックなど、分かりやすい言葉での解説が入り、俺でも、解説後の演奏を聴きながら、ああそういうことかとなんとなくだが考えることができた。ずっと4人で演奏するわけではないらしく、あの子は、誰かと一緒に弾いたり、ステージから下りて他のメンバーの演奏を眺めてたりした。


リーダーによるバイオリンのソロ演奏(確か、バッハの無伴奏なんちゃらかんちゃら何番みたいな名前だった)が終わり、礼をしたリーダーがマイクを取る。「えーっと、ありがとうございました。なんとか間違えずに弾くことが出来ました。僕のおすすめポイントも、逃さず聞いていただけたでしょうか?えー、うん、とっても緊張した僕のソロだったので、皆さんもはらはら見守ってくださったために大変肩が凝ったと思います。なんで、次は、助っ人かなちゃんにそれをほぐしてもらおうと思います。皆さま、温かな拍手で迎えていただけるとありがたいです。どうかお願いします!」あの子がステージにあがる。会場から拍手が沸き起こる。もちろん俺も精一杯手をたたく。


「かなちゃん、今日のピタ◯ラでの演奏はどうかな?」

「たっちゃん、さっきはすごいソロを聴かせてくれてありがとう。他の曲も全部、とっても楽しいです!」

「うん、それはピ◯ゴラでの、じゃなくて、ピタ◯ラの感想だね。完全にお客様目線のコメントをありがとう。でも、今日は助っ人で来てもらってるからね、ぜひ、ソロでもかなちゃんの力を見せつけてほしい!何を弾いてくれるのかな?」

「ドビュッシーのアラベスク1番です」

「あの有名な曲だね。ピアノを習ってる高学年の子は、もしかしたらもう弾いているかもしれないね。さて、演奏前にピタ◯ラ的解説もお願いしていいかな?」

「たっちゃんごめんなさい...内輪の話を漏らすようで申し訳ないんだけど、りーさ、あ、違う、失礼しました、理沙さんの実験とレポートの再提出が決まったのが木曜日の午後で、それから私に連絡が来たでしょう。だから、今日の楽譜を追うのにいっぱいいっぱいで、ピタ◯ラ的解説までは用意出来なくて...だから、私の感じたことをそのまま話してもいいかな?」

「う~ん、無理をお願いしたのはこちらだし、しょうがない。かなちゃん流の解説をお願いしよう」

「これは、流れるような三連符のメロディーがとっても有名な曲です。私のイメージは、お転婆な年下のお姫様と、それを見守る王子様。三連符で駆け回るお姫様を、王子様が追いかけるの。捕まえてもすぐにつないだ手をすりぬけて、駆け回るお姫様。目を話すとすぐにどこかに行ってしまいそうだけど、実はお姫様は王子様が大好きだから、王子様の気を引きたくて、くるくるまわりを回っているの。背の高い王子様は、足が長いから、お姫様より少しゆっくり、でもしっかりした歩幅で隣を歩いていて。だから、一見危なっかしく見える三連符の右手と八分音符の二足歩行の左手が、実はすごく合ってるんです」「へ、へ~」リーダーが少しだけひいてる。

「途中で少し疲れてここの公園みたいな芝生でお昼寝するんだけど、そよ風が少し強くなって、それで、二人は目を覚ましてしまうの。その後また前と同じように二人は駆け回ったり歩いたりするんだけど、今度は王子様もだんだんお姫様のペースに巻き込まれて楽しくなっちゃって、なんと最後は二人でダンスを始めて、くるくる回って、ばーんとポーズを決めてフィニッシュ!って曲です」どや顔で解説を終えるかな。コメントに困ってる様子のリーダー。

「...ということでした~」


「なんか分かるよ~」「うん、分かる~私これ発表会で弾いたもん」どうやら、お客様の女の子たちのほうからはある一定の理解を得たらしい。


「弾いたことあるんだ!この曲は華やかだしやりがいもあるから、発表会にはぴったりだよね。最後なんて、頑張って頑張って、やった終わった~て気分になると、最後の一音でがけからころげ落ちて死んだみたいな曲になっちゃうから最初から最後まで気が抜けないしね」「あはは、それももわかる!」「それ言うなら、私、発表会で死んでたかも」女の子たちがどんどん盛り上がる。


「かなちゃんの解説をまだまだ聞きたいところだけど、時間も押してるんで、じゃあ、お願いしようかな」無理やり話を切ってリーダーがかなにそう告げたとたん、かなの表示が急に変わった。笑っていた女の子たちも、他の客たちも、途端に静かになる。


かなはその場で軽く礼をしてからピアノに座り、短い息をつく。腕が鍵盤に伸びるところから目が話せずにいると、静寂のなかに、トーン、とたった一つの音が鳴る。何かを引き寄せるようなその音に、ごくりとのどを鳴らす。すぐにその音を追いかけるように、流れるようなメロディーが始まった。これが例の三連符かと思っていたら、急にそれがゆっくりになり、トントン、と、最後は三つでなく二つの音で止まる。まるでそれは、立ち尽くしている王子を誘う姫の足音のようで。

そしてすぐにまた三連符のメロディーが動き出す。今度は左手のタトタトという音も聞こえる。二つと三つ。たまにしか重ならぬ右手と左手の音だが、でも、確かに規則的に重なるそれぞれのリズム。決して焦らず、置いて行かれず。かなが言う、お転婆なお姫様と王子様という表現が分かった。その後の昼寝も、起きてからの再びの散歩もダンスもよく分かった。最後のフィニッシュ!の一音には鳥肌が立った。


ドレミなんて分からないけど、この曲で一番低いであろうその音の余韻が消えて、かなの腕が鍵盤から離れ、顔をあげたその瞬間、割れるような拍手が起こった。「かなちゃん、すごーいっ!」前の席に座った女の子たちが、歓声をあげる。かなは立ち上がって嬉しそうに笑い、前に見たあのきれいな礼をして、ステージから下りて行った。


それからまた何曲か演奏して、時間になったのか、最後はみんなで、またジ◯リの人気曲を演奏して、歌った。俺はあるこー以外の部分の歌詞を知らなかったから、今度は歌わなかったけど。でも、知ってたら、歌いたかったなくらいの気持ちにはなっていた。


「皆さま、ご来場、そしてご参加いただきまことにありがとうございました!お帰りの際はぜひ、この歌の流れでショップまで足をお運びください。またお目にかかれる日を楽しみにしています」リーダーは最後もちゃっかり営業していた。というか、それを見越してのお決まりの選曲なんだろう。


ほとんどの客が帰ろうと立ち上がるなか、一番通路側の席の俺がまず動かないといけないと慌てて立ち上がるなか、「大島さん!」という声が聞こえた。名前を呼ばれ反射的に声がしたほうを見ると、女の子たちに囲まれたかなが俺を見ていた。俺が立ち止まったせいで列が詰まってしまったから、とりあえず座席の列から離れる。「大島さん!今日は来てくださってありがとうございました。もしお時間あるなら、ちょっとだけ、そこで待っててくれませんか?」大声で叫ばれたせいか退場する他の客に注目されて焦るが、とりあえず頷く。客席の端に移動し、とりあえず立っておく。女の子たちに何かを伝えバイバイと手をふったかなが、俺のほうにくる。反射的に後ずさるが、すぐに、座席に足が当たる。


かなが、あの子が、俺の目の前にいる。

さっきの始めのあの一音を聴いたときと同じように、喉がごくりと鳴った。

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