08 vsフォレストベア
シラユキが挑む帝国最後のクエストは、『フォレストベアの秘蜜』の入手。
フォレストベアはハチミツをカタマリにして持ち歩く習性があり、『秘蜜』というのはそのカタマリのことを指す。
入手方法は2種類。
一般的なのは、フォレストベアをひたすら倒して、持っている秘蜜を奪う。
ただかなりのレアドロップなので、入手するためには何匹ものフォレストベアを倒さないといけない。
そしてもうひとつは、これは噂レベルの入手方法。
それは、フォレストベアの秘蜜の隠し場所を暴くというもの。
フォレストベアは、巣とは別の所に秘蜜を隠しているらしいのだが、その場所は幻とされている。
実際に隠し場所を発見した冒険者は数えるほどしかおらず、ホラ吹きが流したデマであるという話もあるほどだ。
いずれにしても秘蜜の入手は困難を極めるので、クエストの難易度としてはAランク以上。
そのため秘蜜の価値はとても高く、同じ重さの金塊の10倍の価値で取引されていた。
今回のクエストは、その秘蜜を10グラム入手すること。
市場価格にすると、約1千万¥ほどの超高額アイテムだ。
シラユキは用心深く歩を進めながら、僕に向かってささやく。
「秘蜜の入手は、わたしと部下を含めた6人パーティでも厳しいクエストだって言われてたの。
なぜかっていうと、秘蜜を見つけるまでに何度もフォレストベアと戦うことになるだろうから。
ふたりじゃ1匹倒すのもやっとだろうから、クエストの達成はほぼ不可能だと思うけど、やれるだけやってみましょう。
でも気をつけてね、ソラくん。
フォレストベアの体毛は緑色をしてて、ぱっと見は茂みに見えちゃうそうだから……」
シラユキはそう注意しながら、目の前にあった藪をかき分けて進もうとする。
しかし彼女の身体は、草木にガサガサと分け入ることはなく、
もふっ。
柔らかいクッションのような物体にめりこんだあと、跳ね返されて尻もちをついてしまう。
巨大なマリモのような毛玉が、「くお?」と鳴き声とともに振り返る。
それだけで、僕もシラユキもひと目で理解した。
そこにいるのはまぎれもなく、フォレストベアであると。
僕は心臓が口から飛び出しそうになりながらも、身体を飛び出させてシラユキをかばう。
フォレストベアは座ってるようだが、僕の5倍くらいの高さがあった。
「な、なにをしてるの!? ソラくん!?」
「逃げて、シラユキ! 僕がコイツを引きつけるから、その間に!」
「ええっ!? そんなの無茶だよ!?」
「大丈夫! 僕はコビットだから、すばしっこさには自信があるんだ!」
それに僕には『ソーラー・ダッシュ』がある。
このスキルがあれば、フォレストベアが追いかけてきても振り切れるはず……。
しかし、ヤツはとんでもない素早さだった。
座っている状態なのに、しゅばっと僕の身体を抱きすくめてくる。
「しまった!?」と思う間もなかった。
僕の身体は、高い高いをされる赤ちゃんのように、ひょいっと持ち上げられてしまう。
「くっ……! は、離せ! 離せぇぇぇぇぇぇーーーーっ!」
「このっ、ソラくんを離しなさい!」
熊手に掴まれジタバタもがく僕と、腰のレイピアを抜くシラユキ。
トムは僕の懐から飛び出していて、フォレストベアの肩の上にいた。
「にゃーん」
そして緊張感のない鳴き声とともに、ニオイ付けするみたいにフォレストベアに額をこすりつけている。
僕は我が目を疑った。
モンスターを前にしたら、僕よりも闘志を剥き出しにしていたトムが、なんで……!?
その違和感で僕は急に冷静さを取り戻す。
フォレストベアをよく見ると、毛むくじゃらの奥にある、つぶらな瞳をキラキラさせながら僕を見ていた。
毛むくじゃら……そうか、『モフモフレンズ』だ!
僕は宙ぶらりんになった脚をバタつかせて、足元でいまにも斬りかかりそうなシラユキに向かって叫んだ。
「待って、シラユキ! このフォレストベアは敵じゃない!」
シラユキはキッと僕を睨み上げる。
「なにを言ってるのソラくん!? そんなわけないでしょう!? フォレストベアは、今にもソラくんを……!」
シラユキの言葉は雪の結晶のように消えゆく。
僕の身に起っている光景が、あまりにも信じられなかったからだろう。
フォレストベアは子猫の脇を掴んで持ち上げるみたいにして、僕を抱き上げたまま頬ずりをしてきた。
僕は全身で、フォレストベアのモフモフの毛を感じる。
フォレストベアに好かれたのはかなりの経験になったのか、『モフモフレンズ』のレベルは一気に2レベルアップして6になった。
フォレストベアは僕としばらくじゃれあったあと、僕の身体を地上に降ろしてくれる。
シラユキは手にしていたレイピアを地面に落としたまま、棒立ちになっていた。
「う……うそ……。あの狂暴なフォレストベアが……人間に懐くだなんて……。
いったい、なにがどうなってるの……?」
「今のは僕のスキルのひとつで、毛のある動物に好かれるっていう効果だよ。
でもまさか、モンスターにまで効くとは思わなかったけど」
「す、スキル!? うそでしょ!?
一流の調教師のスキルでも、フォレストベアを懐かせるのは難しいんだよ!?
捕獲して檻のなかに入れて、何日も調教スキルを使ってやっと大人しくなる程度なのに……!
それをこんな一瞬で飼い慣らしちゃうだなんて、ありえないよ!」
「そう言われても、フォレストベアはもう僕に懐いちゃったし……。
シラユキも、フォレストベアを撫でてみたら? モフモフで気持ちいいよ」
「も、モフモフ……」
シラユキはその言葉に弱いのか、ごくりと喉を鳴らし、おそるおそる手を伸ばす。
フォレストベアのお腹の毛に、手をそっと沈み込ませた途端、彼女は感動していた。
「う、うわぁ……! 本当に、モフモフだぁ……!
実をいうとわたし、こうして熊さんのお腹に触るのが、小さい頃からの夢だったの……!」
「じゃあ、もっと触らせてもらおうよ。フォレストベア、仰向けに寝転んでくれるかい?」
僕が頼むと、フォレストベアは「くぉーん」と返事をして、ごろりんと横になる。
「こ、これってまさか……!?」とドギマギするシラユキの手を、僕は引っ張った。
「そのまさかだよ、それーっ!」「きゃあっ!?」
僕たちはフォレストベアのお腹めがけてダイブする。
フォレストベアのお腹はとても柔らかくて、スプリングの利いたベッドみたいに弾む。
「わあっ! モフモフで、フカフカだぁ!
生きてるフォレストベアのお腹をベッドにできるだなんて、信じられない!
こんなすごいことをしたの、わたしたちが世界で初めてに違いないよ!
ソラくんすごい! すごすごい! すごぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーいっ!」
シラユキは子供みたいに大はしゃぎ。
お尻でぽいんぽいん弾んだり、身体をうつぶせの大の字にしてクンカクンカ匂いを嗅いだり。
まさに全身で、フォレストベアを堪能していた。