07 新しい仲間
僕が『冒険者課』をクビになった話をしたら、シラユキさんはなぜかメチャクチャ怒りだした。
エルフの耳を眉といっしょに逆八の字に逆立て、白い額に青筋を立て、頬をフグみたいに膨らませ、握り拳をグググと固めて。
「ゆ……許せない!
魔力を生み出す新技術が開発されたからって、いままで帝国に尽してきたソラくんをお払い箱にするだなんて……!
それじゃまるで、ただの使い捨てじゃない!」
そして彼女はとんでもないことを宣言する。
「決めた! わたしも帝国をやめる!」
「ええっ!? どうしてですか!?」
「当たり前でしょう!? わたしはブタビッグ大臣に襲われたときも、帝国をやめようと思ったのよ!
それでも帝国に居続けたのは……ソラ……!」
それまで怒りに任せて吠えていたシラユキさん。
しかし急に、「口が滑った!」みたいにハッと口を押えていた。
「そら? そらがどうしたんですか?」
「そ……空が青かったからよ!」
シラユキさんは、なせか耳まで赤くして叫んでいた。
僕は意味がわからなくて問い返そうとしたけど、彼女は強引に話題を変える。
「でっ、でも今回のことで、ハッキリわかったわ! 『冒険者課』……いいえ、帝国は暗雲に覆われてるって!
あの男たちの話を聞いてたでしょう!? 彼らはわたしが帝国民じゃないからって、ずっと嫌がらせをしてきたんだよ!
部下だった彼らはわざとクエストに失敗して、上司であるわたしが危険なクエストをやらないといけない立場に追い込んだの!
そしてクエスト同行にかこつけて、わたしを襲おうとしたんだよ!」
どうやらシラユキさんほどの女性でも、かなりのセクハラを受けていたようだ。
僕には彼女の辛さがわかったので、深く頷いて同意する。
「そうですね。シラユキさんほどの冒険者だったら民間でも引っ張りだこでしょうから、嫌なら辞めてしまってもよいと思います。
いまはクエストの最中みたいですけど、それをほっぽり出してでも」
するとシラユキさんは「うっ」と言葉に詰まる。
眉根を寄せて「う~ん」とかわいく唸ってから、新たなる決意を表明した。
「な……なら、このクエストだけは終わらせてから、帝国をやめる!」
理由を尋ねると、冒険者がクエスト途中で行方不明になるのは、民間のギルドでは重いペナルティが科せられるらしい。
再就職の際に不利になるので、成功でも失敗でも、完了報告はしたほうがよいと判断したようだ。
「それにどうぜ完了報告をするなら、成功の報告をしたほうがいいでしょう?
せっかくならソラくんといっしょに、有終の美を飾りたいし」
「そうですね……って、僕といっしょに?」
「うん! ここで会ったのもなにかの縁だと思って、クエストを手伝ってほしいの!
ソラくん、クエストの手伝いはしたことあるんでしょ?」
「ええまぁ、何度か……」
「それじゃあ、きーまり! いいでしょ? ねっ!
今からわたしとソラくんは、パーティメンバーってことで!」
『パーティメンバー』……それは、僕にとっては憧れの響き。
いままで『冒険者課』のクエストを手伝っても、『下働き』とか『小間使い』とか『奴隷』なんて呼ばれて、名前すら呼んでもらったことがなかった。
でもシラユキさんは違っていて、会った当初から僕のことを名前で呼んでくれていた。
しかも、剣姫と呼ばれるほどの彼女が、僕を仲間だと思ってくれるだなんて……。
僕にとっては、もうそれだけでじゅうぶんだった。
「よろしくお願いします。シラユキさん」
いつの間にか僕のコートの内ポケットにおさまっていたトムも、ひょっこりと顔を出す。
シラユキさんに向かって挨拶するみたいに「にゃー」と鳴く。
するとシラユキさんの目が、「うわあっ!?」と歓喜に見開かれた。
「ね、猫ちゃんだぁーーーっ!? かっ、かわいいかわいいかわいいっ、かわいいーーーっ!!」
シラユキさんは猫好きなのか、僕ごとがばっと抱き寄せてトムに頬ずりしはじめる。
なんだか胸に顔を埋められているみたいで、僕はなんだか気恥ずかしくなってしまった。
「あの、シラユキさん、そろそろ出発しませんか?」
シラユキさんは僕の胸に顔を埋めたまま、ぷくっと頬を膨らませる。
「もー、せっかくパーティメンバーになったんだから、その敬語はやめにしない?
それに、わたしのことは呼び捨てでいいよ」
シラユキさんほど優秀なのに、こんなに気さくな冒険者は他にいない、と僕は思った。
「わかりました。……いや、わかったよ、シラユキ」
「よーし、それじゃあソラくんにトムくん! クエストに、しゅっぱーつ!」
「おーっ!」「にゃーん!」
颯爽と立ち上がり、僕の手を引いて歩きはじめるシラユキさん。
しかしその歩みは、すぐにはたと止まる。
彼女は膝上丈のスカートの上から脚をさすり、何度も首を傾げていた。
「あれ……? そういえば脚を折られたのに、なんで立って歩けるんだろう?
さっきまであんなに痛かったのに、もうぜんぜん痛くない……?」
僕はその理由を知っていた。
僕のスキル『ソーラー・リジェネーション』の効果で治ったんだろう。
でも僕は言わずにおく。
太陽の光を浴びたら傷を癒やせるだなんてスキル、説明したところで信じてもらえるとは思わなかったからだ。
僕はキツネにつままれたようなシラユキとともに、さらなる森の奥深くへと足を踏み入れる。
途中、3人の男たちがゴブリンに木の枝の鞭で追い回されていたけど、ほおっておいた。