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トリプルプレイヤーヤマザキ  作者: 大樹 霜
2/4

三回戦

山崎の名が神奈川県内に鳴り響くのは、3回戦のことだった。

私立湘西。激戦区神奈川のトップは甲子園優勝も狙える超名門、横浜大門や桐輪が双璧と言えるが、それらのトップを追いかける名門校も多数ある。

湘西はその一つ。

甲子園出場経験もあり、全国でも強豪で通用する古豪であり、当然のようにシード校だ。


エースで四番を務める天才・天田は、プロも注目の器として期待を集めていた。

1、2回戦とは観客の数も全く違う。


「江ノ島って、3回戦出場も初めての弱小なんだ」

「初戦の相手としては、楽で良いんじゃないか。どうせ5回コールドだろ」

「1回コールドとかあるといいのにねー」

観客席では、ベンチに座れなかった湘西の野球部員やマネージャー達が雑談していた。

強豪校とはいえ、より上を目指す立場。勝利が確定している初戦など眼中に無かったのだろう。

誰も見ていないようだった。

「おら始まるぞ、しっかり声出せ!」

「おう!」

試合開始と共に、雑談の声は収まって、即座に盛大な応援が始まったが。


「…山崎…」

一回戦で江ノ島と戦った、尾瀬。

「あいつは一体…」

二回戦で戦った、相模。

二人は固唾を呑んで、この試合を見守っていた。


果たして山崎の連続トリプルプレー記録は、10からどこまで続くのかを。



湘西の3番は北大路。天田に繋ぐのが上手い、ヒットの名手であり、凡退の少なさでは県屈指の実力者だ。

ノーアウト12塁から進塁打が打てなかったことなどほぼ皆無だろう。


その北大路が、あっさり引っ掛けてトリプルプレーに終わった。


「ああ…しまった」

「どんまい、北大路!」

初回0点に終わっても、あの程度の投手を打ち崩せないはずがないと、湘西のメンバーは全員が信じているようだった。


「あの北大路でも駄目なのか…」

「相模は、北大路とやったことはあるのか?」

「リトルの頃だよ。本当に、どう抑えれば良いかさっぱりわからなかった。

何を投げても簡単に打ち返されるんだ。あいつはバケモノだ、そう思ったもんだったが…」


暗に、いや明白に、それ以上の怪物が目の前に居ると、グラウンドに目線を送っていた。


マウンドでは天田が、普通に才能を見せつけている。140kmのストレート、フォーク。

才能ある一年生達を打ち取っていく。

足で稼いで2度出塁したが、5人で討ち取られたようだった。


「尾瀬は、6番の江藤って奴は知っているか?」

「ああ。中学では同じリトルだったんだ。そんなに才能があるタイプでも無かったんだが、湘西のレギュラーになったのは驚いたよ」

「努力…したんだろうな」

「…ああ」


湘西も、2度のトリプルプレーでは、まだアンラッキーが続いている、程度の認識のようだった。

天田からボークで逃げて卑怯者と罵っていたのもある。


しかし、9番の吉原がトリプルプレーに終わった時には、ようやく…一種異様な雰囲気が満ちてきた。

「…3回連続、2ボークの後でトリプルプレー?」

「アンラッキーとか、そういうレベルじゃないよな…」

「じゃあ狙ったって言うのか!? それこそありえねえだろ!」

「でも狙って打たせるってのは不可能じゃないだろ。3塁線に打たせれば…」

「だからって…!」

ざわざわざわ…


観客たち、湘西の補欠メンバー達が混乱して会話に熱中している。

もちろん、相対している湘西レギュラー陣はそれどころじゃないだろう。


強豪校にしては遅いと思うが…ようやく、本腰を入れて対策に取り組むようだ。

監督を中心に円陣を組んでいる。


そして…初めて、強豪校が真剣に、山崎という怪物に牙をむこうとしていた。

息をするように当たり前に2連続ボークを出し、ノーアウト1・2塁の状態にする山崎。


「尾瀬、山崎にどう対抗するか…考えたことはあるか?」

「むしろ考えていないことがないさ。…まずは盗塁だな。1-3塁の状態なら、トリプルプレーは有り得ない」


その通りのことを、湘西も考えたようだ。山崎がモーションに入った瞬間、2塁ランナーが3塁に走る。だがその瞬間…

山崎は投げるのをやめてしまった。


「ボーク!」

「…ま、そりゃそうだな。満塁の方がむしろトリプルプレーはやりやすいんだから…」

そして、ノーアウト満塁で、天才天田に打順が回る。


「もうボークはできない。本気で…あのプロ注目の天才・天田と戦うしかない。

打率8割、高校通算60本塁打のあの天田と…!」

打ち取るだけでも困難を極めるはず。それを…トリプルプレーに切って取ることができるというのか。

二人は注目した。


山崎がボールを投げる。

相変わらずの、速くもなければ遅くもない、中途半端な棒球だ。


「絶好球…こんなの…ホームランに出来ないわけがない…!」

天田は鋭く踏み込み、振りぬいた。

打球はセンター方向への本塁打間違いなし…!


のはずが、ボールが僅かに沈み込んでいたのか、ボールはピッチャー返しになり、山崎の足の間を抜けた。

それでも当然二遊間の長打コース…


のはずが、セカンドがライナーでキャッチすると、即座にベースタッチ。3塁に送球し、タッチアウト。

一瞬のトリプルプレーが成立していた。


「…馬鹿な!」

絶好球のはずだった。だというのに…。


「もしかして…満塁にはしないほうが良いんじゃないですか?

だって、1,2塁なら3塁に打たせるしかないけど…満塁だとどこに打ってもトリプルプレーになりえるわけだし…」

「馬鹿な! そんなことがあってたまるか!」


混乱の最中、ついに天田は1失点する。逆によく1点で抑えたと思うほどだ。

湘西の攻撃は2回のボークとただ1球、1分もかからず一瞬で終わる。

江ノ島の攻撃は何度も何度も繰り返される。これでリズムを壊さないほうがどうかしている。


「次の対策は…」

「まあバント…とかな」

7番内田はノーアウト1・2塁で、バントした。しかしボールはなぜか異様に飛びすぎ、3塁へ。後はもう、いつもどおりとしか言いようが無かった。

早く走りすぎれば盗塁と見なされボークにされ、満塁になる。山崎相手に満塁はむしろピンチだった。

遅く走っては鉄壁の内野陣の送球で即アウトにされる。


「トリプルスチールを決行するか…」

1番野田の打席で、トリプルスチールを敢行するも、なんと山崎は野田のバットにボールを当て、跳ね返ったボールでトリプルを成立させてしまった。

もはや逃げられない。そんな蟻地獄のような悪夢の中に、湘西ナインは陥っていた。


守備でもすっかり乱調を来たし、下位打線にフォアボールを出して上位打線に打たれる悪循環。

7-0でこのままでは次の回でコールド負けする。


そして、バッターは天田だった。


「…どうするんだ」

「後はもう…バットを振らないくらいしかない。もちろんそれでは勝てないが…

あいつに回の数より多く球を投げさせるにはそれしかない。

山崎があんなキチガイじみた超人的なピッチングをしているのは、球数制限でもあるからかもしれない…」


そして…天田はその通り、天才と呼ばれたプライドをかなぐり捨てて、バットを振らないことを決意していた。

だが…

ぽん…


と投擲された球は、あまりに遅く、あまりに軽そうな、まるで蝶の羽のようで…。

「…あ…ああああ!」

気づけば天田はバットを振っていた。


そしてトリプルプレーでゲームは終了した。

「…なぜ振った。1球でも2球でも、球数を多く投げさせる作戦だったはずだ」

「…申し訳ありません…。で、でも…あんな絶好球を見逃したら…

俺はもう二度と、野球選手としてバッターボックスに立つことはできなくなってしまう!

あれは…俺の未来を奪う球でした…!」


そう言って、天田は泣き崩れる。

「…そうか…そうだな」

監督は天を見上げていた。天田の言うことが理解できたのだろう。

絶対に打てると確信できる球。

好球必打という大原則を捨ててしまうのだ。

それを打たないということは、以後の野球人生に大きな影を落としかねない。


こうして、トリプルプレイヤー山崎の名は県下に轟いた。


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