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トリプルプレイヤーヤマザキ  作者: 大樹 霜
1/4

一回戦

夏の全国高校野球、神奈川県予選大会に…一人の怪物が現れようとしていた。


県立江ノ島学園 対 私立南川高等学校。江ノ島は一般的な弱小校。同等の学校と当たれば一回戦突破は有り得ても、

二回戦突破はまず有り得ない。

南川は弱小とも言いがたいが、強豪ひしめく神奈川ではシードに入るほどでもなく、

途中で負けるか、シード校に負けるかを繰り返していた。


そんな、高校野球ファンですらさほど注目することのない末端の一回戦が、

伝説の幕開けだった。


…江ノ島学園マウンドのピッチャーは一年生山崎。

内野陣全部を一年生が占めている。内野陣の5人…キャッチャー宮本、ファースト村上、セカンド島田、ショート渡辺、サード杉田は、神奈川でも強豪と言われた三島リトルのレギュラーだった。

数多の推薦を蹴って、この江ノ島学園に進学した。


リトルリーグの仲良しが、全員でレギュラーになるために適当な弱小校にこぞって入部する…たまにあることだ。

無論強豪校に進学しなかったことをいつか後悔するかもしれない。

だが、仲間との絆を大事にするのは決して誰に否定されるような悪いことではない。

余人からはそのように見えるかもしれない。


…しかし、この5人は山崎が居れば勝てると思って、同じ学校を選んだのだ。

この大人しそう一年生の山崎はそれほどの選手だった。



その山崎の注目の第一球、振りかぶって…

手を下ろした。

「…ボーク!」

明確な投球モーションの停止違反。ボークにより一番バッターは一塁に進塁した。

続いて2番バッターにも、構えて…腕を下ろす。

「…ボーク!」


またも、投球モーション違反。

1球も投げずに、ノーアウト12塁のピンチを招いてしまったのだ。

「何をやっているんだ、あいつは」

外野からはごく少数の観客からやじが飛ぶ。


「…一年生ピッチャーが緊張しているにしても、酷すぎだな」

打席に立った南川高校3番バッター、尾瀬は小さくため息をついた。

尾瀬は強豪校に入っても通用すると言われたほど、才能のあるバッターだった。

しかし練習の厳しさを恐れて挫折し、そこそこの南川に進学した。


そこで一年生からレギュラーで活躍しつつも、チームは勝てず…

もっと本気で野球に打ち込むべきだったんじゃないか、とくすぶり続ける3年間を過ごしてきた。

その最後の夏。意気込みはおそらくチームの誰より強い。


「ま、いいさ。実力が無いピッチャーならば、思う存分打ち込んで…大学野球デビューに花を添えてやるさ」

せめてストライクゾーンに飛んできて欲しいものだ、そう思って、バットを握る手に力を込めた。


さて、3人目に対して山崎は、セットポジションから…この試合初めてボールを放った。


120km/hくらいだろうか。ごく打ち頃の棒球としか思えなかった。

「絶好球…!」

キン!

尾瀬のバットから、鋭い打球が三塁線に飛んだ。

あまりの打ち頃感に気が早ってか、左方向に飛んでしまった。

しかし十分にヒット性の当たりであり、何も問題ない…


と思った瞬間、三塁線でそこにボールが来るとわかっていたかのように待ち構えていたサード杉田が、

ガッチリとボールを掴むと三塁ベースを踏んで即座にセカンドに放る。

セカンド島田は流れるような動きで即座にファーストへ。

ファースト村上がキャッチする。


一瞬のトリプルプレーだった。

「ぐあ…」

尾瀬はあまりの不運さに頭を抱えた。


「あいつら…三島リトルのレギュラーですよ。杉田、村上、島田…」

「キャッチャーは宮本だし、渡辺まで! あいつら何であんな弱小校に?」

一年生達がざわめいている。


「三島というと…かなり強豪だよな」

「ええ、県で十指に入るような名門リトルですよ」

「あのピッチャーもか?」

「いえ、あいつは知りませんが…」


「何にせよ…軟投派のピッチャーに、鉄壁の内野陣ってことか」

意外と打ちあぐねる可能性も、有るかもしれない。


尾瀬はほんの少し、そんな懸念を感じるのだった。



その裏、南川は杉田、宮本の連続安打であっさり1点取られてしまう。

後続は何とか抑えたが…

「すみません」

「なに、立ち上がりは悪くない。すぐに取り返すぞ!」

はい!

南川の士気は当然まだまだ高かった。


さて2回。4番でエースの加藤は…ボークにより出塁。

5番は…ボークにより出塁。

「何だあいつは、ふざけているのか?」


そして6番。3年の町川は、真面目で実直な人柄で後輩の信頼も熱い、名キャッチャーだ。バッティングセンスも十分高い。

その町川に、山崎がボールを放る。

キン!


初級打ち。

しかし、またも運悪く三塁線に飛び…

一瞬のトリプルプレー。

一瞬にしてチェンジになってしまった。


「うわー、またかよ、町川さんまで…」

「運が悪いな…」


「運が…悪い…」

そうだろう。それ以外有り得ない。

だが…あの2連続ボークは? まさか、という考えが頭をよぎり始めるのだ。


その裏。山崎を含め、三島リトルの5人以外の打棒は大したことがない。

多少粘られたもののやがてチェンジになる。次の回はまた1番からなのが懸念だが、今は考えても仕方がない。

そして7番…8番…「ボーク」


「何やってんだ!」

「やる気あるのか!」

一試合に6つのボーク、それも3回連続でなど、有り得ない。

確かにまだ故意のボークを行っても退場になるルールがあるわけではないため、

敬遠より失投や、強引に打たれるリスクが小さい手段として故意のボークを行うピッチャーも居る。

しかしちゃんと投げない故意のボークは、敬遠以上に嫌われる。

人気商売であるプロは絶対やらないし、アマチュアでもスポーツマンシップにもとると嫌われる傾向にある。


ヤジや不満が飛ぶのも当然のことだった。

9番は南川唯一の一年生レギュラー、西野。将来が楽しみななかなかのセンスの持ち主だ。


山崎が投じたボールを初級打ちにし…

またも三塁に飛び、トリプルプレーに終わった。


「偶然だろ…」

「あ、ああ…」

そろそろ…南川ナインに戦慄が走る。


「…有り得ねえよ…狙ってトリプルプレーにするなんて!」

「…だが、現実的に俺たちは、たった3球で3回まで仕留められているんだぞ?」

偶然だ、狙ったのか、そんな混乱の最中…


3回裏混乱は守備の乱れに現れ、一挙6失点してしまう。

そして4回表…

またも2連続ボーク。3番の尾瀬が打席に立った。


「…狙ってトリプルプレーなど、できるはずがない。

そもそも、3塁線に打球が飛ばなければトリプルプレーは有り得ないんだ」

尾瀬の実力なら、流し打ちなどお手のものだ。

次は一二塁間を抜いてやろう。


そして…山崎が投じたボールに、バットを振る。

流れるようにバットを振るって、1,2塁間を狙って…

だが、ボールが来ない。


「何だ…遅い!? チェンジアップなのか!?」

タイミングが完全にずれて、バットが前に出すぎてしまう。

何とかバットを止めようとするが…


キン!

間に合わず、当ててしまった。

軽い球質は、意外と飛んで…3塁の手前でぽとりと落ちた。

パンパンパン!

次の瞬間にはトリプルプレーが達成されていた。


「またトリプルプレー?」

「トリプルって珍しいんでしょ?」

「そりゃそうだ。そう何度もあるもんじゃないよ」


「でもさっきもトリプルプレーじゃなかった?」


観客すら、混乱している。

尾瀬はもっと混乱していた。だが…


「一つ…わかったことがある。あいつは…間違いなく、狙ってトリプルプレーを達成しているんだ」

「…そんな! 有り得ませんよ、尾瀬さん!」

「だが、奴はチェンジアップを投げた。俺のバットの出が遅いことまで読んで、もっと遅いボールを投げたんだ」

「読んでって、そんなこと…」


できるわけがない。そりゃそうだ。だが…現実に、南川は4連続トリプルプレーを食らっているのだ。

その混乱の極地で、南川は8失点し、もはや次の回で5点とれなければコールド負けは確定だ。

しかし、南川のメンバーが考えることはただ一つだった。


『トリプルプレーだけは絶対に避けろ』


そして…当たり前のように、ボークで2人が出塁した。

「町川…落ち着いて打てば、ただの棒球だ。打てないわけがないんだ。

お前は誰よりも熱心に練習してきた。それを思い出せ」

「尾瀬…なあ、俺たち…何か悪い夢でも見ているのかな…」

「町川、しっかりしろ!」

しかし、町川は完全に混乱しているようだった。


フラフラと、打席に立つ。そして…

パンパンパン!


アウト! ゲームセット!


そんな声が、虚しく鳴り響くのだった。


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