8話:2人目の世捨て人のお話
……夜、月明かりだけでは足らず、街灯が助力し照らし出される道。別になんでもない日だったのだが、なぜか俺は外を歩いていた。光が、俺の進む道を案内するかのように、俺はその光にそって足を運ぶ。
「あれは……人か?」
ふと、足を止め夜空を見上げようと目線を上げたら、暗くて良くは見えないが、一軒家の屋根上に人影らしきものが1人、一点の方向を見つめ黄昏れるように立っていた。
「そこの人、何をしているんだ?」
……気になっていただけなのに、思わず話しかけてしまった。俺らしくないな。
「……そこに、誰かいるの?」
若い声が返ってきた。子供なのだろうか。
「……あぁ、通りすがりの者だ。君は高いところが好きなのか?」
「そうじゃない、お星様がキレイだから、見ていただけ」
「それだけか?ならそこじゃなくても見れるだろう、落ちたら危ないぞ」
「……いい、落ちて死んでも。あたしには、もう何もない」
お互いの姿がよく見えず、会話だけが進む。……俺と同じく、ワケありな女の子のようだ。
「君は、世捨て人か?」
「……そうかも、しれない。あたしはママとパパを失った」
「そうか……俺も、大切な人を失った。お互い似たもの同士だな」
「一緒にしないで。あたしは躾られた。ママからも、パパからも。あたしという存在は、ママとパパのために、あるのだとも言われた。ママとパパが死んだ今、あたしは、もう何者でもない」
「だから、死にたいのか?」
「死にたいのではない……死ぬべきなの、あたしは」
子供なのに、大人びたような口調で話す彼女の言葉一つ一つを聞く限り、嘘はない。だが、文節に一間をおかせて話す彼女の喋り方は、まるでロボットである。
「それは、君の本心か?」
「本心か、どうかなんて、聞いてどうするの?」
「……答えにくいか?」
「……あたしにも、分からない。あたしを作ったのが、ママとパパなら、あたしを制限したのも、その2人。あたしに、意思なんてない」
「君は、親を憎んでいるのか?」
「憎しみなんて、持ったところで、何も出来ない。あたしは人間だから、何かを思い通りにできる、特別な力なんてない」
……特別な力なんてない、か。最後のセリフだけ、含みがあるように聞こえた。俺もそう思った事があるからだ。
「やはり一緒だな」
「一緒?どこが?」
「俺も人間だ」
「……当たり前」
「あぁ、そうだな。だがこんな当たり前な事でも、君と俺には共通点がある」
「だから、何?」
食い気味なクエスチョン。声質は変わらないが、多分呆られているかもしれない。だが自分もたくさん質問したのだから、俺も答えなきゃならない。
そう、だから…………だから?
「……だから、なんだろうな?」
「…………?」
「……すまない、答えが出ない。適当なことを言ってしまったようだ」
今になって、後悔した。彼女の話を頭に入れ、それを持って一緒だと答えたつもりが、それに内容が詰まっていなかった。彼女を更に呆れさせる要因になってしまっただろうか。
「……あなたは、本当に世捨て人?」
「……そうだが」
「今のあなたは、この世界を、どう思う?」
……どういう意味だろうか、改まったように聞いてきたと思えば、質問が簡単すぎる。この世界がどう思うかって?そんなの……
「…………?」
なんだ、言葉が……出ない。この世界は……俺にとって、何だったか?
……そうだ。絵里奈の死、あの日から思っていた心に刻めていた事じゃないか。なのに……
「俺は…………なんだ?」
分からない。分からない。呼吸が苦しくなる。頭が痛くなる。唐突なフラッシュバックと共に、あの時の記憶が回想される。ガンガンと、別の自分が何かを訴えているように、俺の脳を刺激する。
「……あの人の、言っていた通りだ」
「……な、何を…………した?」
「してない、あたしは、何も。だけど……この質問で、これだけ悩む……つまり、今のあなたは、心に、まやかしがある」
苦痛のさなか、必死に耳をそばだてるが、理解が難しい。……まやかし?一体何を言っているんだ?
「疑ったこと、謝る。あなたも、あたしと同じ、世捨て人。……だけど、誘ったのは、違う人」
「誘った……天使の、ことか?」
「……あなたは、化かされている。あなたには、幸福を感じる。だから、怪しいと思った。だけど、その幸せは、まやかし。天使の、嘘」
……頭が真っ白になっていく。天使が、俺を騙している?となると……エリー達は…………
……いけない、鵜呑みにしてしまう所だった。エリー達がそんなことをするわけが無い。一緒にいるから分かる。あの子の、嘘だ。
「……幸せだとは思っていない。世捨て人になった時から、嬉しいなんて気持ちも消えた。だが、天使はそんな俺を元気づけてくれる。優しい微笑みを見せてくれる。
…………天使を、俺の友を……馬鹿にするな」
……こんなに誰かに対し怒りを露にしたのは初めてかもしれない。不思議と、苦痛も無くなった。これが、誰かを貶されたときの表情だろうか、ほんの少しだが、体の中が熱い。
「……あなたが、そう思うなら、それでいい。だけど、あなたも、いずれ気づく。いつか、必ず。だから、先んじて、教えてあげた。2度は、言わない」
「……君は、なんだ?一体……何者なんだ?」
「あたしは、世捨て人……あなたよりも、普通の人間」
「……俺……よりも?」
突如、彼女の真後ろに渦を巻くようなゲートらしきものが現れた。月光しかこの場を照らす光がない中、よく見えないはずなのにそのゲートの存在が確認できる。
「……時間が、来た」
「な、なんだ……君の後ろに、何があるんだ?」
「あたしを誘う者が、呼んでいる。話は、おしまい……」
後ろを向いた。誘いに乗るかのように、そのゲートに入っていく。
「待ってくれ、まだ聞きたいことが……」
「おしまいと、言ったはず。……大丈夫、あなたとは、また会えるかもしれない。不思議な縁は、いずれ再会することを 揶揄する。
……その時は、面と向かって、楽しい話でも、しましょう。同じ、世捨て人同士の、よしみとして……」
……彼女の姿が、消えた。結局、互いの姿を拝めずじまいになってしまった。
……まだ、俺は何も分かっていないのかもしれない。心残りが多い。……だが、今深く考えたところで何も思いつかないのも目に見えている。……帰ろう。今日は、よく眠れるだろうか……