7話:小規模なオセロ大会のお話
……改めまして。
「オレ様はファナってんだ」
「と、トリート……よろしくね?」
「あぁ、よろしく」
所々くせっ毛のある、ぶっきらぼうに話すファナと、オドオドしながら視線を左右に変えるトリート。対称的で異質な組み合わせである。
「ファナって力が強いんだな」
「あ?トーゼンな事を言うじゃねえか。オレ様だぞ?」
「知らないから今一度聞いたまでだが」
「……コイツ殴っていいか?」
……俺やエリー達より小柄なのに暴れん坊な印象である。俺の言葉に逐一反応するところをみると、相当短気なのだろう。
「まぁまぁ、キドヤスはこういう人なんだ。慣れてね」
「なんでオレ様がコイツに合わせなきゃならねーんだよ」
「また女神様の罰を受けても知らんぞ。人間とはいえ女神様のお気に入りなのだから丁重に扱え」
「……チッ、しゃーねーな」
2人が制してくれたおかげで大事には至らずに済んだ。もしも俺じゃなく他の大人しい人だったらとてもビビって会話すらままならないだろう。……天使とは思えないほどに殺意を向けてくるのだから。
「……エリーもエリーで力があったんだな。ファナのパンチを簡単に受け止めていた」
「ナハハ、強いように見えてこれが天使の中では一般常識の力なんだけどね〜」
「ということはトリートも?」
「……へ?わ、わたし……?」
「キドヤス殿、一般常識とはいえあくまで平均の力だ。強き者もいれば、失礼ながらトリート殿のような弱き者もいる。……とは言え、人間達のそれとは別だがな」
成程……ということはあの風圧が出るほどの威力を有する力を持つ天使がゴロゴロいるということになる。世界最強のプロレスラーでも1人の天使に相手になるかどうか……
「なぁ、そんな話は抜きにしてよぉ、本題に入らねぇか?」
「本題って?」
「お馴染み、君関連の話だよキドヤス」
ファナが腕組みをしながら、まじまじと俺を見つめる。俺より小さいのに上から目を向けられているような視線を感じる。
「そうだ……オレ様はテメェと……」
「俺と……」
「おせろがしたい」
……?思わずとぼけた顔になってしまった。
「前に話したと思うけど、勝負することが生きがいの天使ってファナのことなんだ。で、おせろをやったことを話したら、案の定すっ飛んできたって顛末」
「また君が発端か。……で、トリートはそのついでに連れてこられたと」
小声で「うん……」と言いながら頷く。
「……め、迷惑だったらわたしだけ帰るから……」
「おい、グズヤローがアパートに戻ったって何もしねぇクセに何言ってんだ。せっかく来たんだからテメェも楽しめ」
「き、来たんだから……て、ファナちゃんが無理矢理……」
「いいからいろ!」
「う、うぅ……」
小さな身体を浮かし、トリートの頭にコブが出来るほどの1発を入れた。……痛そう。頭を手でさすりつつ涙ぐんでいる。だが同じ天使のトリートでコブだけですんでいるのなら、人間の俺が食らったら果たして頭蓋骨が無事でいられるのだろうか。
「そう自棄になることはないぞトリート殿、悔しいがファナの言葉は一理ある」
「うんうん、トリートは引きこもり体質だからね〜。たまには気分転換も大事だよ」
「そ、そうかな……」
カンナはトリートの肩にポンと手を置き、エリーはいつもながらの笑顔を見せトリートを励ました。少しはこの場の雰囲気に慣れたのか、彼女の緊張の震えが落ち着いた。さすが天使、いや友達故か、励まし方が手馴れている。
さて、流れでオセロ大会が始まることになった。大会とは言っても俺がずっと彼女達の相手をし、俺が負けるまで終わらないとかいうルールになった。別に俺自身、オセロ最強を自負しているわけではないのだが、天使達がそう決めたのならそれに従おう。
「そんじゃま、早速始めようかね」
「っしゃーまずはオレ様だぁ!ヤス坊覚悟しな!」
どうやらジャンケンかなんかで決まったらしい。ファナが最初の相手になった。ルールは事前にエリーが教えていたので大丈夫のようだが、まぁ間違ってたら俺がその場その場で教えよう。
「……言っとくが、手加減したらぶっ殺すからな」
「する気はない」
「ほーぉ?分かっているじゃねーか」
「……天使ともあろう者が、なんと物騒な言葉を…………」
天使の「殺す」発言に引っかかったのか、またカンナの口から愚痴がたれた。……まぁ分かる気がする。
ファナとの対局は、以前のエリーを思わせるような歩の進みようだった。まるでエリーと再戦しているかのような……それほどに酷似していた。……結果も一緒だった。
「……んな!?」
「あー!白一色だー!」
「おいきたねーぞ!どこをどーしたらあそこから逆転できるんだ!」
「手加減するなと言うから本気を出したまでだ、何も悪手はしていない」
「く、クソがもっかいだコノヤロー!!」
「ちょっとーズルいよ!1回交代の約束でしょ」
「うっせーな、負けたままで終われるか!おら、再戦だヤス坊!」
地団駄を踏み、再戦を希望する。俺には苦手なタイプだ。……だけど、
「順番を決めていたのなら守らないといかんぞ」
「あぁ?何人間が物申してんだ、オレ様は天使だぞ!」
「だからって君が何もかも決めていい権利はない」
どうにもこうにも、俺は昔から思ったことを口に発さないとどうかしてしまう病気にでもかかっているのかもしれない。現に今もそうだ。……案の定、キレて胸ぐらを掴んできた。
「おい、あんまチョーシ乗んなよ。テメェなんかその気になればあの世送りに出来んだぞ」
「お、おいファナやめろ!」
誰かが俺に怒って、それを誰かが静止する……これも昔からのシチュエーションだ。学生時代では何度も経験したものだ、だからって俺は……自分を見返したところで悔いなどない。……それは今も同じことだ。
「いやいい、カンナ。俺はいつでも死ねる覚悟はある」
「死ぬ覚悟、て……」
「だがいいのかファナ?」
「あぁ!?何がだよ」
「俺が死んだら、もう君の相手は出来ないぞ。ということは君は俺に負けたままになる。負けず嫌いの君は、それでいいのか?」
「…………」
天使が人を殺すなんて道理が通るかなんて、普通の人間である俺には分からないが……そうだとしても、死んだら俺は魂となって天に召されることに変わりはない。俺を死なすか否かは、彼女の勝負気質次第だ。
「……冗談だよクソ、人間のクセに肝据わりやがって」
「脅かしていたのか?」
「ファナのいつものやり口だよ」
いつもの……てことは他の者にもこうしていたのかとなると、よっぽどの負けず嫌いということが伺える。そんなファナでも、どうやら表情一つ変えない俺に折れたようだ。掴んでいた胸ぐらから手を離してくれた。
「エリーは最初から、こうなることを知っていたんだな」
「ンッフフ〜、さてどうだろうね」
「おい、マエルテメェの番だぞコラ!後がつかえてんだよ!」
「……ブフッ」
「お、おい!テメェ何笑ってやがる!」
「ごめんごめん。じゃ、キドヤスやろうか」
「ん?あぁ」
ギャーギャー喚き散らしたあと、ドサッと腰を下ろしあぐらをかく。エリーに笑われて頬が少し紅潮していた。可愛らしい一面もあるのだな。
「……たく、ファナのやつめ、ヒヤヒヤさせる」
「あのファナちゃんが……」
「……キドヤス殿は、あぁ見えて言いたいことはハッキリ言う人だからな。さすがのファナも、呆れて声も出ないのだろう」
「……た、多分違うと思う」
「え?」
「……ファナちゃんは怒りんぼさんだけど……それを止めてくれる人が周りにマエちゃんしかいなかったんだ。私は、こ、こんなだし……だから、キドヤスさんのような、自分と対等に話してくれる人が見つかって嬉しいんじゃないかな……」
「嬉しい……?あれで?」
他所を見ると、トリートとカンナは観客人よろしく俺達の対局ぶりを眺めながら会話している。一緒にやらないかと、誘おうと思ったけどエリーやファナがうるさいのでタイミングが難しい。
「チーーーン…………」
「アーッハッハッハ!マエルぅ、テメェも全部取られてやんのー!」
「うるさいなー、キドヤスが強すぎるんだよ」
「俺は普通にやっているだけなのだが……」
「おら!交代だ早くそこをどけ!今度こそオレ様がメッタメタにしてやる!」
かわりばんこに、盤面を1色にされ敗北を繰り返していくこと5,6周目……終わらない。わざと負けようかなという気持ちがよぎったが、そうするとファナがあーだこーだ言って勝ちを認めないだろう。集中力はまだ切れてないが、そろそろ限界が来つつもある。
「……いいなぁ」
「トリート殿もやりたいのなら混ざればいいではないか」
「え!?い、いやいいよわたしは……マエちゃんとファナちゃんが楽しければそれで……」
『とりーとなにもしてない いつしよにあそぶ』
「の、ノンちゃんまで……」
「ほら、丁度あの二人も負けすぎて懲りている事だし、今なら出来るんじゃないか」
「そ、そんな……」
7周目でようやく2人が四つん這い(負けのポーズ)をとってくれたところに、トリートがカンナに背中を押されながらこちらに来た。相変わらず目線を反らせつつモジモジしている。
「「チーーン…………」」
「メッタメタに返されたな2人とも」
「カンナはやらないのか?」
「……生憎だが、自分は見ていた方が楽しい。自分よりトリート殿の相手をしてあげてくれ」
「トリートと?」
「ち、ちょっとカンちゃん……だからわたしは……」
「いいじゃないか、やりたいのだろう?」
「で、でも2人に悪いし……」
2人のことを見つつ、やっぱりわたしは……と自信なさげな表情になる。自分より他を優先する彼女のような性格の持ち主は優しいが、臆病ともとれる。どう返せばいいものか……
「……トリートぉ、いい加減その遠慮グセ治せや」
「そうそう、やりたかったらいつでも譲るよ〜」
そう考えているうちに、2人がトリートに挑戦権を譲ってくれた。「いい加減」ということは、ファナ達もトリートのこの性格に幾度も悩んでいたが、それをちゃんと汲み取りつつ接しているようだ。
「あ、ありがとう……そ、それじゃ、キドヤスさんお願いします」
「あぁ」
譲ってくれたことに申し訳なさを感じつつも、感謝を述べ俺の前に座った。オセロに移った瞬間、トリートの顔つきに変化が生まれ真剣な表情が窺えた。
トリートとの対局は、エリー達2人のような無鉄砲なやり方ではなく、初めてにしては1歩先をちゃんと考えながらうっていた。……凄い。絶対に取られない角が1個だけ取られてしまった。そのままトリートの持ち色である黒が残り、結果勝てたもののエリー達のように盤面1色には至らなかった。
「……負けちゃった。や、やっぱりわたしやらなかった方が良かったね……」
「うおぉぉー!11個も残してやがる!すげぇ!」
「私じゃ何十回やってもひとつも残せなかったのに……才能あるな〜トリート」
「そ、そんな、才能なんて……キドヤスさんが本気じゃなかっただけだよ……」
「いいや、手は抜かなかった。お世辞なしに、君は強かったよ」
「……え、え?」
集中は切れていなかったし、変わらず手加減はしなかったのだが……確かにトリートは強かった。エリーやファナも、まるで自分の事のように喜びつつ彼女に称賛の意を込めた拍手をしている。
「トリート!次オレ様とやろーぜ!」
「ファナじゃ相手にならないよー、ここは私が」
「あ?やんのか気ままヤローコラ」
「君こそ負けすぎて頭おかしくなった?単細胞天使」
「「ぐぬぬぬぬぬ……」」
……似たもの同士というべきか、互いのおでこを押し付け合い今にも喧嘩が始まりそう……と思いきや、なぜかオセロで決着をつけることになった。大会はどうなったのか……というより、俺からトリートに注目が移りようやく解放されたという安堵が大きい。
「あの二人、見事に復活したな。さすが治癒の天使、トリート殿と言ったところか」
「か、カンちゃん……大袈裟だよ」
「いいじゃないか、1番天使らしくて」
『とりーと なんばわん』
「ふ、2人まで……もぉ〜……」
皆でトリートを持ち上げる。トリートはずっと「そんな事ないよ」と否定しつつも、顔をあからめる。色々と変な感じに終わったこの日だが、また明日からも続いていくだろう。負けん気な天使と癒しの天使を新たに加えて。