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5話:幼い天使ノエルのお話

今日も、いつものように神域に来た。


「…………」

「…………」


女神像に隠れながら頭を出してこちらを警戒視している。


「こんにちわ」

「…………」


6,7歳くらいだろうか、それくらいの背丈で幼さが見える顔と手足、薄い紫色のショートカットだが、前髪が右目を隠すくらい長い。

……挨拶をしてみたはいいものの、反応は変わらず。格好を見る限りこの子も天使なのだろうが、迷子だろうか。


「……仕方ない、エリーとカンナが来るまで待つか」


不用意に近づいても、この装いじゃ不審者扱いされるだろう。そう思いつつ、俺は両手を枕代わりにし、いつものようにお日様とにらめっこの状態になるように寝た。あの子は変わらず、口をへの字にして俺をじーっと見つめてくる。


「…………」


……寝にくい。とても。さすがに幼子を放ったらかしにはいかないか。起き上がり、小さな天使に親しみを持ってくれるよう質問チャレンジ。


「君、名前はなんて言うんだ?」

「…………」

「……答えにくいか。なら、君は天使のマエルとカンナを知っているか?」

「…………!」


反応あり。予想通りの驚きようだ。……と思ったら、何やらスケッチブックとマッキーペンを取りだし、サササッと書いた後こちらに見せた。


『おねえちやんたちをしつているの?』

「……あぁ、知っているとも」


子供の書いた様な文字だが読めない訳では無い。俺が返答すると、次のページに移り続けて文字を書きたぐった。


『おじさんはしんじやつたひと?』

「死んじゃった人……と読むのかな?いいや、俺は生きているよ」


またもや驚いた様子。衝撃であたふたしているのだろうか。それとも何が何だか分からない、と低迷しているのだろうか。天使にも不思議と思うことがあるのだな。


『おじさんはおねえちやんたちのおともだち?』

「……あぁ、そうだとも」

『のえるにわるいことしない?』

「……ノエルって、君のことかな?」


俺がそう返すと、首を縦にブンブンと降ってくれた。話をする感じだと、この子は言葉を発せられないのだろうか。


「あぁ、一緒になにかして遊ばないか?」


パァッと喜んだ表情になり、小さな足取りでこっちに近づいてきてくれた。口はへの字のままだが、警戒はなく、フンフン、と鼻息をしながら期待の眼差しを向けている。


『なにしてあそぶ?なにしてあそぶ?』

「そうだな……せっかくそのスケッチブックがあるし、絵を描こうか。」


ここは毎日良い景色を拝める。絵画にはもってこいだ。この子も「さんせーい!」と、両手を上げてガッツポーズをしている。


「それじゃ早速描いてもらおうかな。お題は『ノエルのお友達』で、どうかな?」


ノエルは分かったとばかりに、ペンを進めた。丸い顔に、ニコニコマークのセットをいくつも描き、個性を出すように髪の毛を付け足す。最後に身体を描いて、みんなが手を繋いでいる。描かれた5人の天使のうち4人はほぼ同じ身長だが、真ん中の天使だけは小さい。多分これはノエル自身だろう。

ノエルは出来上がった絵を俺に見てもらうため、スケッチブックを手渡した。


「……みんないい顔だね。周りの天使はみんなノエルのお友達なのかい?」


うんうん、と首を振る。ノエルの目はとてもキラキラしている。


「……うん、よくできました。はなまるをあげよう」


ペンで、作品の空いた部分にはなまるマークをつけると、ノエルは『やったー』、と素直な可愛らしい笑顔を見せてくれた。ぴょんぴょん跳ねて踊っている。


「ハハ、喜んでくれて何よりだよ」


と、ノエルの楽しんでいる様子を見物していたら、空から見慣れない天使が降りてきた。


「ノエル!ここにいたのね!」


慌てた様子で、ノエルを見つけると一安心……というところを見ると、この子の親なのだろうか。


「……あら?あなたは……人間かしら?」

「あぁ、人間だがエリー……マエルの知り合いでもある」

「……あぁ〜!貴方がマエルちゃんの言っていた方ね!えぇと……キドヤスさん、でしたっけ?いつもマエルちゃんがお世話になっております」


ペコり、と俺に頭を下げる。長い茶髪を毛玉のように結び、面倒見のいい家政婦のような大人びた印象の天使である。


「お世話なんてそんな……彼女とはお話をする仲ってだけだよ」

「あらあら、謙虚なお人。……あ、そうだわ!あの、ノエルがなにかあなたにご迷惑をおかけしませんでしたか?」


困った様子。我が子の心配と同時に相手の気遣いもきちんと向ける……正に理想の母親像なのだろう。


「いや、あの子とは一緒にお絵描きをしていただけだ。迷惑だなんて思ってないさ」

「まぁ、あの子が?……珍しいこと」

「珍しい?」

「えぇ、ノエルは生前から喉を患っていて満足に喋ることも難しくって……紙に書いて会話することしか通じることが出来なかったの。それでお友達も出来ないまま、災難にも交通事故で……」

「あなたはノエルの実の母親なのか?」

「はい。幸か不幸か、私もノエルと同じ交通事故で死んじゃったけど、今は天使としてまたこうして親子仲良く暮らしています。女神様には感謝してるわ」


天使の生前の内容なんて初めて聞いた。いやその前に、死んだ後も天使として……という所に引っかかった。


「天使って生者が死んだ後、自然になれる者なのか?」

「……ごめんなさい、私もそのことは詳しくは分からないの。親子共々、最近天使になったばかりだから。」

「そうか……すまない、辛い死に方をしたはずなのにこんな質問をしてしまって」

「あらあら、謝らなくても良くってよ。……もう過ぎたことなのだから。」


悲壮感を持ちつつも、俺の謝罪を受け止めつつ優しくフォローしてくれる。昔のことは昔、今を見ようとする彼女の印象は、とても強い。


「あ、つい長話をしてしまったわ。ごめんねぇこんなおばさんに付き合ってもらっちゃって。」

「いやいや、こっちにも非がある。むしろマエルやカンナ以外の天使と話をしたのは人間として貴重な体験だ。」

「あらあら、お上手な方。カンナちゃんとも会ったのね。これからもあの子たちをよろしく頼むわね」

「あぁ、もちろんだ」

「……さて、ノエルー!家に戻るわよ!お母さんと一緒に帰りましょう!」


一緒に帰ろうと声をかけるが、反応無し。いつの間にか、最初みたいに女神像に体を隠して怪訝そうな目でこっちをみていた。


「こら、ノエル!いつまでもそこにいないの!お兄さんも困っているでしょ!」

「別に困ってはないが……」

「ほら、ノエル!帰ったら大好きなオムレツ作ってあげるから!ね?」


お母さん天使の必死の呼び掛けが届いたのか、渋々ながらこっちに寄ってきて、彼女に抱きついた。


「…………」

「……本当に不思議ね、いつもは外に出ず、仮に外出しても足早と帰りたがる子なのに。どうしちゃったのかしら」


頬に手を乗せ不思議がりながらも、よしよしとノエルの頭を撫でる。……と、ノエルはスケッチブックとペンを取りだし、文字を書いてこちらに見せた。


『またおじさんとあそびたい』

「俺と?」

「……あらあら、そういうことなのね。でも私は家にいなくちゃならないし、またこうしてこの子1人でフラフラ出歩かせる訳にも……」

「いなくちゃならない……て、どういう事だ?」

「私は住んでいる家……いえ、アパートなんだけど、そこの管理人を任されてるの。天界の天使も住む場所は必要なのよ」

「マエルやカンナもそのアパートに住んでいるのか?」

「えぇ。あの子達は私達より前から天使になっていたらしいけど、ノエルと仲良くしてもらっているわ。」

「そうなのか。……ノエルと遊ぶ分には俺は構わないが、それまでの面倒を見てくれる人はどうしようか」

「私が引き受けようか」


唐突に別の声が聞こえたと思ったら、後ろにエリーがいつの間にか突っ立っていた。


「あら、マエルちゃんいたのね」

「いつからいたんだ」

「ついさっきだよ。いつもの如く君と会話をするために来たと思ったら、なにやらママさんともどもお困りの様子だったからさ」

「マエルちゃん、さっき引き受けようって言ってたけど……頼んでもいいの?」

「元々キドヤスとはこうやって会う仲だし、ノエルも一緒にとなれば私も大歓迎だよ。安心して任せてくれたまえ〜」

「あら、それは助かるわ。ならよろしく頼むわね。」


任せなさいとばかりに、胸を張り拳でドンと叩く。


「……だけど、今日はもう帰らなきゃね。ノエル、遊ぶのはいいけど今はお兄さんとバイバイしなきゃダメよ」


ノエルはガッカリしていたが、「また明日になったら一緒に遊ぼう」と言うと、俺と指切りげんまんした後笑顔で母と一緒に天へと戻って行った。


「……そういえば、なんでノエルは最初ここにいたんだろうな」

「私がこの場所を教えたからだろうね」


犯人が見つかって、モヤモヤが解決した。俺は思った。


「1回あの寮母さんに怒られろ」と。

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