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12話:手配書と自警団のお話

「ごめんなさいね、これぐらいしか出せなくて」

「いやいい。ありがとうナナエルさん」


提供されたお茶を飲む。普段風味など気にせず飲んでいたが、これは飲んだことがない味だとすぐに分かるくらい新鮮で美味である。そう感想を述べたら、フフ、と笑みを浮かべた。子持ちの親さながらに、なんとも年長者らしい上品な笑顔である。


「ブツブツ…ブツ……」

「あらまぁ、カンナちゃんたらそんな隅っこに座ってないで。せっかくキドヤスさんがいらしてくれたのに、ちゃんとお行儀よく振る舞わないとダメでしょ?」

「…そっとしてあげた方がいい。それより、他の皆は?」

「あら、マエルちゃん達の事かしら?今はお仕事でおでかけ中よ」

「お仕事?」

「下界の観察のことよ。…と言っても、ファナちゃんあたりはおサボりしているのかもね」


観察…いつぞやにエリーが言っていたな。もしかするとこのアパートや周辺の住宅もその影響か?…堕天使騒動の最中でも執り行われているんだな。


「ノエルは元気か」

「えぇ。あの子ったら毎日キドヤスさんと遊びたいってはしゃいでるのよ。いまはお昼寝中だから静かにね」

「そうか…俺は特に何かをしたって訳じゃないが」

「うふふ、変わらないわねキドヤスさん。きっとあなたには、不思議な魅力があるんですことよ」


…魅力、か。そんなもの、本当に俺にあるのだろうか。こういう時、変に考えてしまう癖がつい出てしまう。


「キドヤス殿…」

「ん…カンナ、もう大丈夫なのか?」

「うむ、少し2人の時間を頂けないだろうか」


目の下に真っ黒いクマをつくりつつも、カンナが涙からようやく立ち直った。復帰に時間がかかり過ぎにも程があるが、そんなこと言ったらなんか可哀想なので言わない。


「あぁ、構わない。ナナエルさん、お茶ありがとう」

「いいえぇ。それじゃ、私はノエルのとこに戻ってるわね」


俺が飲み終えた湯呑を手に、洗い場に置いた後部屋へと戻っていった。何から何まで丁寧な方だ。

案内されるがままに、カンナの自室へと入った。難しめの本がぎっしりと本棚に並んでいるが、種類や表紙の順番がきちんと一通り揃えられている。整理整頓のお手本のような部屋の中で、俺はどうぞとばかりに置かれた座布団に腰をかける。


「…さて、何から話そうか」

「貴殿に聞きたいことは当然ながら山ほどある。…が、その前に改めて先の件について謝らせて欲しい。貴殿もお知りだとは思うが、堕天使の存在により天界の中で騒動が起きている。その堕天使と思しき手配書に描かれている者の素顔が…これなのだが」


1枚の紙を手渡された。上に『この顔みたら自警団へ連絡を!』と大きな文字で書かれている。下の写真がその堕天使の顔らしいのだが、写っていたのは…


「……俺?」

「そう、貴殿なのだ」

「…そんな馬鹿な。なぜ俺の顔が?天界でも俺は有名なのか?」

「…少なくとも、あの神域に立ち入った己や、マエルなどはともかくとして、貴殿を知るものは女神様ぐらいだろう。他の天使は、下界の人間、特に世捨て人にあたる人物を見守ることはしても、親密になろうとはしない。

だから謎なのだ。…この手配書にあたる人物が、本当にキドヤス殿なのか己の中で疑心暗鬼だった」


それでさっきは、俺の顔を見るやいなや力ずくで、て感じだったのか。己の過ちを悔いているのか、握った手を震わせている。見てられない。今一度落ち着かせるために彼女の頭を撫でると、驚きもせず予想が当たったように軽い笑みを零した。


「…やはりキドヤス殿は"優しい"な。天使である己よりも、ずっと」

「そんなことは無い、辛そうな表情をさせたくないだけだ」

「…先程、自分に辛く当たった者にも気遣う心を貴殿は持っている。そんな人が、こんな手配書なぞにのせられ、疑いをかけられているだなんて間違っている。自警団に何かあるはずだ」


撫でていた俺の手を優しく払いつつ、両手で包む。…温かみを感じる。


「貴殿がここに来たのもなにかの縁だろう…が、はっきり言ってここでの人間は非力だ。害なす者は特に、なす術もなく捕らえられる。

…貴殿は今容疑者のような立場にいる。見つかってしまえば大変なことになる…だから暫くはここに留まっていた方がいい」

「…分かった。俺を庇うような真似をさせるようですまない」

「気にする事はない。借りを返す…なんて言い方はしたくはないのだが、詫びの気持ちと受け取ってほしい」


了解すると、彼女は満足したように笑顔になってくれた。不思議と、さっきまで真っ黒だった目の下のクマが消えている。

…すると、穏やかだった雰囲気を遮るようにドアのノックの音が響いた。


「家宅捜査に来ました〜自警団のものです〜協力しなきゃ逮捕しちゃうぞ〜」


棒読みでやる気のない声…だがハッキリ聞こえた。カンナが言ってた自警団とやらだ。


「自警団!?なんてタイミングで…まずい、このままではキドヤス殿が見つかってしまう!」

「隠れるところはないのか?」

「あるにはある…屋根裏だ。しかし見つかるのも時間の問題だろう。追い返すしか…」


「あら〜どちら様?」

「あ〜どうも〜自警団です〜団長は〜セーダって酷い人で〜こき使われてます〜ちなみに〜この人捜してんすけど〜」

「あらまぁキドヤスさんじゃない。ここにいらしてますわよ」


「……」

「……か、

管理人どのぉ〜〜!?!?!?」


これはまずい、俺がここにいることがバレてしまった…カンナの顔がこれ以上にないくらい青く染っている。


「…ナナエルさんにはこの手配書を伝えてなかったのか?」

「伝えた!確かに!しかし…しかしかし!!大家殿の天然が想定以上だった…!出かけた、なんて嘘をつくか?いやそれだと余計に怪しまれる…どうすれば」


悩んでる間にも、足音が段々近づいてくる。最早何をしても手遅れだろう。…かくなる上は、


「…こっちから捕まりに行く」

「キドヤス殿!?何を…」

「俺が自首すれば、カンナや皆に責任がいくことはないだろう。俺1人犠牲になれば、それでいい」

「だ、ダメだキドヤス殿!やめ…」


「てめぇセーダんとこのサツじゃねーか。人んちで何してんだ?」


…外から聞き慣れた声が。間違いない、ファナだ。目の前まで聞こえてきていた足音が止んだ。


「あ〜ファナだ〜またお仕事サボりやがって〜いけなんだ〜」

「うるっせぇなぁ!てめぇのクソやかましい喋り方なんとかなんねーのかよ!」

「うるさいのはお互い様だ〜そんなことより〜この人見てないか〜」

「あぁ?…ヤス坊じゃねーか。あんにゃろう何しでかしたんだ?」


「…確かにファナの声だ。助かった、今のうちに屋根裏に…」

「待て、キドヤス殿」


隠れようとしたところを止められた。何故?猶予が生まれたのに…と聞いたら、「大丈夫だ」と信頼を込めて返答された。ファナ達の会話が続く。


「団長に言われて〜この人捜してる〜堕天使疑惑のヤツらしい〜心当たりないか〜」

「…ぷっ!アッハハハハ!!セーダのヤツ、バカなことしてやがるぜ!」

「何が〜おかしい〜」

「おいおい天使ならともかく、コイツは人間だぜ!?こんなトコで下界のヤツさがしてどーすんだよ!?クク…腹痛てぇ」

「…人間〜だって〜?それは確かにおかしいな〜アハハ〜」

「そうだろ?おバカな団長ちゃんに言ってやれよ。『あなたが堕天使と思っているこれは見当違いの人間です』ってな!アッハハハハハ!!」

「お〜笑ってやるぜ〜どうも〜おバカな自警団でした〜さいなら〜」


…終わった。外を見ると、先がツンと跳ねたツインテールの天使がステップを踏みながら去っていった。ファナのおかげで助かった…というべきか。


「…ファナはよく自警団の世話を焼かせてな、顔見知りなんだ。あの場でだと己よりヤツの言葉が、自警団の者にとっては信憑性が高い。…何より、キドヤス殿がここにいるなんてことをファナは知るはずがないからな」

「本音に勝る証言は無い…てことか」

「大家殿の話も聞き流す程度のものだったのだろう。ともかく、悔しいがファナには礼を言わなくてはな」

「なにが悔しいって?」


いつの間にか、ファナが扉を開けてきていた。まるで、俺がいることを来る前から分かっていたかのように。


「…たく、本当にヤス坊じゃねーか。知らぬ間に面倒なことになりやがって…1から話せ。分かりやすく丁寧にな」


応じるように、カンナがファナの頭に触れる。あの力を使って説明しているのだろう。…これから先、俺は果たして元の場所に帰れるのだろうか。

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