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第8話 願い

 聖都へ向けてしばしの間飛んでいたレイは、ようやく遠方にある目的地の姿を視界に捉えた。


「近いな」


 誰に言うわけでもなくレイは呟く。その姿は本気のフル装備へと変わっていた。といっても普段と違うのは二箇所だけだ。

 一つは腰に真っ赤な剣を差したこと。もう一つは懐に水晶を忍ばせてあることだ。


「一度降りよう」


 エストに声をかけると、身を隠せそうな場所を探す。突入前に作戦を立てておく必要があるし、彼女を少しでも休ませておきたいという思いもあった。

 何せ、ここまでは一度も休まずに飛んできたのだ。

 レイもエストも肉体的疲労は感じない身だが、ハーフリングである彼女は違う。レイが人間だった頃の記憶では、ただ抱えられているだけでも意外に疲れていた。それを覚えていた為の行動だ。


 レイは街道から逸れたちょうど良さそうな場所を見つけ、そこへ向かって飛んでいく。

 ふわりと足音を鳴らすこともなく着地し、抱えていた彼女を地面へと下ろす。


「さて、レイよ。たしか貴様は考えがあると言ったな? それを聞かせてもらおう」


 エストがちらりと彼女の方を見た。

 彼女がいる以上、忍び込むのは難しいと言いたいのだろう。レイはその考えを肯定する。

 まず最初に浮かぶのは、聖天国の兵士の装備を奪って成り済ます事だが、それは彼女やエストの体格を考慮すると不可能だ。

 では次点の策である、霧化による潜入はどうか。残念ながらこれも無理な作戦だ。というのも、レイは吸血鬼なのにもかかわらず、その能力を保有していない。そしてそれは彼女も同様な筈。却下である。

 他にもいくつか頭に浮かぶものの、どれも手詰まりになる。

 つまり、潜入は不可能ということ。やれる事は限られてくる。


(状況は変わったんだ。なら……)


 レイは改めて自らの考えを見直す。


(──よし)


 修正する必要はあったが、それでもこれが今選択出来る中では最善だろう。


「正面突破だ」




 レイが出した結論を聞き、エストはぶるりと身を震わせる。

 無論、武者震いだ。


「流石だ、レイ。俺はその答えを待っていたぞ!!」

「ああ、やるからには派手に行こう」


 レイの静かな声に対し、エストはゆっくりと頷く。

 やはり何でもかんでも簡単に成功してしまってはつまらないのだ。難行に挑み、そして勝利するからこそ、心が沸き立つ。

 エストが獣のような笑みを浮かべた時、一つの懸念に気付く。


「しかしレイよ。その娘はどうするのだ? 乱戦になると面倒だぞ?」


 ぶっちゃけた話、剣と魔法を同時に扱えるエストの方が娘を守りやすい。先ほどレイはエストの協力が必要だと言っていたが、あれはそういう意味だったのだろうか。疑問を抱いたエストにレイがすぐさま答えを返す。


「それなら大丈夫だ。問題無い」


 言いながらレイが右手の掌を噛み切った。そして流れ出る血をそのままに、腰に差した真っ赤な剣を抜いた。

 一体何が起こるのかと、エストは黙って様子を見る。

 レイの掌から溢れた血は、握った柄からどんどん垂れていく。柄を通り、鍔を抜け、刀身へと達し──脈動するように蠢いた。

 剣はたちまちその姿を変えていく。そして数瞬後、動きが止まった。


 現れたのは、シャベルの掬い部のような形をした巨大な盾──俗に言うヒーターシールドだ。

 紋様などの装飾は一切なく、無骨な作りとなっている。

 ただし脆いわけではないだろう。禍々しい気配が肌を突き刺してくるような、異様な感覚がする。それは強者と相対した際の圧迫感にも近いものだ。

 さらにその威容に輪をかけているのが、大きさだ。娘より遥かに長身なレイの全身を覆っても尚、余りある。


「──ふむ。凄まじい存在感だな」


 思わずエストは舌を巻いた。


「これを盾にして彼女を守る。それとエストに一つ頼みがあるんだが、《赤の渇望》を発動させてくれないか?」


 《赤の渇望》とは、生命力が1/4を切ると自動的に発動し、物理攻撃力とスピードが飛躍的に伸びる代わりに、魔法攻撃力の大半を失う能力だ。

 この《赤の渇望》や自分達の再生能力、そしてエリヤの体を包んでいた炎などの不可思議な力は、種族的な性質と鍛練して得た技術が掛け合わさることで形作られる。

 一般に、《ルーツ》と呼ばれている異能だ。

 その最大の特徴は、〔技能〕と同じで詠唱や魔力を必要としない点に加え、些細なものから強大なもの、さらには変わったところだと特別な血を継ぐ者のみが行使出来るものなど、膨大な数が存在していることである。


 エストの切り札も、この能力の内の一つだ。


 脳内で《赤の渇望》の詳細を書き連ねたエストは、ふと疑問を抱く。元々の使い方的に、《赤の渇望》は意図して発動させるようなものではなく、土壇場でこそ効果を発揮する力な筈だから。


「何故だ? あれを発動させるには生命力を削らなくてはならないのだぞ?」

「最速最短で聖城まで飛んで行きたいんだよ。誰にも止められないような速度で、確実にな。だから俺達を最上階へ向けて全力で投げて欲しい」

「ほう……なるほどな。それで俺の力が必要というわけか」


 過程を全て省き、敵との遭遇を極力避ける狙いなのだろう。

 であれば、超高高度からの降下という手もある。しかし、それでは娘が呼吸出来なくなるので、レイは採用しなかったのだと思われる。


「ふむ、よかろう。ただ、本当に聖城の最上階でいいのか? 御座の間があるからといって、天子がそこに居るとは限らんぞ?」

「すぐに離脱を図れるようにしておきたいんだ。侵入したら中にいる奴に天子の居場所を聞き出す。その時に聖城以外の場所──たとえば宮殿に居るとか言われた場合は、即座に脱出しないといけないからな。飛んで逃げれる最上階が一番都合が良い」


 レイの考えを聞いたエストは納得する。正面突破という派手な選択をしつつも、常に逃走ルートを確保出来るよう、注意を怠らないところは何ともレイらしい。


「頼んだぞ、エスト。それから──」






 この時、レイの思考は全てをぶち抜いた。


 今、エストを欺いておくべきだと思ったのだ。

 これだけ協力してもらっておいて、エストを騙すというのは不義理であり、卑怯だ、などという思いは、この瞬間だけは無かった。

 レイの全神経は、エストに勝利する事のみに没頭していたから。


 現在、レイが手に持っている物。これは外見上では、巨大なヒーターシールドにしか見えないだろう。恐らくはエストもそう思っている筈。

 しかしながら、実際には剣が巨大化──もっと言えば、刀身が巨大化しているに過ぎない。


 ようは、盾ではなく剣なのだ。


 柄は消失しており、鍔なども無い。したがってエストからすれば剣には見えないだろうが、刃先に触れるときちんと切れる。


 ──盾だと誤解させる。


 レイはそこに意味を見出だした。

 そしてそれを成す為には、エストにこの巨大化した刀身を触れさせてはならない。万が一にも投げる際に手を切れば、大きな違和感を与えてしまうから。






「──投げる時は……そうだな、俺の足でも掴んでくれ。バランスは俺がとるから大丈夫だ。目一杯やってくれて構わない」


 そのレイの提案に対し、エストは首を捻る。

 少しばかり軽率なのではないだろうか、とエストは思ったのだ。

 《赤の渇望》の威力は桁外れであり、これが発動している間は、同格の戦士にすら剣のみで勝利を収められる可能性があるほど。ただ投げるだけとはいえ、油断していると痛い目を見る事になるだろう。エストはレイに忠告する。


「《赤の渇望》を発動させた状態で本気を出して良いのか? もしかすると、貴様の足を握り潰してしまうかもしれん」

「……鎧があるんだ。いくらお前でも握力だけじゃ破壊出来ないと思うぞ? でも……そうだな。それなら、八割程度の力で投げてくれ」


 レイの絶妙な調整にエストは満足する。


「うむうむ、その方が良かろう。まあ任せておけ。仮に聖都に弓の名手がいたとしても、絶対に撃ち落とさせん。やるからには、完璧な状態で貴様らを聖城へ送り届けてやろう」


 エストはその分厚い手で、自らの胸を力強く叩いた。


「ああ。頼りにしてるよ、エスト」


 そう言うと、レイはエストから目線を外した──。


(──ん?)


 その時、エストは微かな引っ掛かりを覚えた。

 今、レイが自分から目を逸らしたような気がしたのだ。

 何か引け目があるような、そんな感じで。


(何事だ?)


 突然どうしたのかとエストは不思議に思う。レイがそんなことをする理由が不明だ。もしかすると、先ほどから頼み事ばかりしているために、心苦しさでも感じているのか。

 エストは様々な可能性を検討していたが、やがてその奇妙な感覚が自らの早計な判断だったのだと気付かされる。

 エストはゆっくりと視線を下げていき、そしてかなり下の方で止まる。


 そこでは、片膝を折ったレイが、娘と目線を合わせて話をしようとしていた。


 そういう事だったかとエストは納得すると、二人の様子を眺める。


「──ここから先は命の危険がある」


 レイが警告するように言う。


「俺達が突入すれば、聖都もその対応に集中せざるを得ないだろう。その間なら、君は一人で逃げられるかもしれない」


 数秒黙り、レイは娘の反応を窺う。そこから何を感じ取ったかは分からないが、いつまで経っても甘さが消えない吸血鬼は、優しく問いかけた。


「それでも来るか?」

「……っ」


 娘は躊躇いなく首肯した。


「そうか。分かった。君の意志は確かに受け取った。なら、俺も全力を尽くそう。俺の目的を達成したら、君を国まで送る。それで良いか?」

「……っ」


 今度は迷い気味に娘が頷いた。


「……ん? なにか嫌だったか?」


 レイの問い返しに、エストはニヤニヤとした含み笑いを浮かべながら割って入る。


「ハッハッハ。随分と懐かれたようではないか、レイよ。その娘は国に帰りたいのではなく、貴様について行きたいのかもしれんぞ?」

「そうなのか?」


 レイが聞くと、娘はこくりと首を縦に振った。


「そうか……。けど、その辺りの話は今すぐには決められないな。取り敢えずは、この国から脱出した後でも構わないか?」

「……っ」


 もはや安定の首振りである。

 まるでかつて自らが支配していた民のようだな、と下らない感想を頭に浮かべていた時、レイがこちらに顔を向けてきた。

 エストはその意図を即座に汲み取り、行動を開始する。


「うむ。では、始めるぞ」


 《赤の渇望》を発動させるべく、エストは剣を抜いて自傷した。ただし──


 何度も、だ。


 別に頭がおかしくなったわけではない。

 人間のように部位毎に弱点があれば一度で済むが、自分やレイの場合どこを傷付けても均一なダメージを受けるため、幾度も繰り返さないと目的の生命力まで減らせないのだ。


(全く、面倒なことだな)


 強みが弊害へと転じるというのは、非常に煩わしく感じる。意外にもこの世界は良く出来ていて、リターンにはリスクがついて回るのだ。

 エストは不満に思いながら剣を振るう。傷口から鮮血が飛び散り、痛みが走る。

 再び苛立ちが募るが、その一方でエストは期待もしていた。

 何しろ、《赤の渇望》が発動すると、急激な能力上昇の為に全能感にも似たものがふつふつと湧き上がってくるのだ。あの感覚を味わえると思うと、否が応でも気分が高揚してくる。

 そう。例えるならそれは、険しい道のりの登山の中、頂上が少しずつ近付いてくるようなもので──


「ハッハッハッハッハ!!!」


 エストは高らかに嗤った。 


「ひっ……」


 娘から悲鳴が上がった。

 慌てた様子でレイが娘を庇うように前に出る。


「おぞましいわ! 何で自傷しながら高笑いしてんだよ! お前鏡見た事ないのか!!」

「勿論あるぞ。そこには『王』がいた」

「答えになってない! トラウマになったらどうするんだ!」

「相変わらずやかましい奴だ」


 何故レイが怒っているのかさっぱり分からない。が、そうやっていつものように言い合っていると、《赤の渇望》が発動した。

 エストは飛躍的に能力が上昇する心地よさに包まれながらも、先程までとの差異を確かめるように肩を回す。


「やはり発動した直後は少しばかり違和感があるな」

「大丈夫か?」

「うむ。問題無い」


 違和感といっても大したものではない。たとえ剣を振り下ろしている最中に発動したとしても、そのまま敵を両断出来る。


「……お前に言ったんじゃない」

「──ん? 何だ? 何か言ったか?」


 あまりに声が小さ過ぎて、レイが何を言ったのか全く聞き取れなかった。


「問題ないなら良かったって言ったんだよ、うん」


 レイはしきりに頷く。


「ふむ? そうか?」


 口の動きがまるで違ったように見えたのだが、それは自分の見間違いだったのかもしれない。

 エストはそう思いつつ、自傷した箇所を再生させていく。無論、白鎧や槍使いと戦った時のように、この力だと生命力までは回復しない。

 やがて再生が完了する。それから視線を上げれば、レイが立て続けに偽装と探知の魔法を発動させていた。


「〈生命操作〉〈生命看破〉〈魔力操作〉〈魔力看破〉」


 その様子を見て、エストも同じ魔法をかける。《赤の渇望》が発動しているため、今のエストは魔法攻撃力がほぼ皆無だが、これらの魔法は攻撃ではないので問題ない。


「それじゃあ、エスト。俺達を投げた後は、お前は聖城の地下から暴れながら上がってきてくれるか?」

「うむ、異論はない」


 エストが了承すると、レイは左手で盾を持ち、右手で娘を抱き上げた。背中から出すのは蝙蝠の翼だ。フワフワと浮かび上がり、盾を構える。

 配置は、盾、娘、レイの順になっている。これはエストが投げた際、娘にかかる負担を軽くするためだろう。レイの身体が緩衝材の代わりというわけだ。

 エストは浮遊しているレイに声をかける。


「よし。準備はいいな、レイ」

「ああ、やろう!」


 レイの威勢の良い返事を聞き、エストは気合いを入れる。

 エストは浮かんでいるレイの足を掴むと、高く持ち上げる。それから全身に力を溜め込み──思い切り飛んだ。

 一瞬にして、周囲の景色が残光を引く。

 通常時とは比べ物にならない速度だとエストは実感する。おそらく、レイですら接近戦ではなす術もない速さだ。

 瞬きする度に聖都を囲む防壁が大きくなり、すぐに越え、聖城を射程圏内に捉えた。


 エストは気張ると、聖城の最上階目掛けて二人を投げる。


「──ふん!!」


 唸り声と共に、盾に張り付いていた二人は、飛んでいたエストよりもさらに速く猛進していく。




 エストに投げられたレイは、低く呻く。


「ぐっ!」


 だがそれも束の間、瞬時に聖城の敷地内へ到達する。状況の成功を把握したレイは、彼女への衝撃を和らげるため、徐々に止まろうと力を入れる。

 しかし──。


「とまっ……!」


 ──止まらない。


(不味い!)


 レイは即座に翼で彼女を包み込む。

 すると次の瞬間、聖城の頭上を通り過ぎ──二人は城から遠ざかっていった。


「やりすぎだ……っ!」


 これで八割の力だとすれば、本気だと一体どうなっていたのか。そんな場違いな感想を抱きつつも、レイは懸命に吹き飛ばされている勢いを殺していく。


「くっそ!!」


 罵っていると、ようやく止まった。

 その場所は、来た時とは反対側の防壁付近の位置だった。

 これではエストの力を借りた意味がまるで無い。計画は最初の段階で頓挫したという事だ。

 とはいえ、今レイにとって最も重要なのは彼女の安否。レイは視線を下げ、声をかける。


「大丈夫か!?」

「…………」


 返事は無いものの、意識は保っている。どうやら気持ち悪くなっているだけらしい。

 レイは少しだけ余裕を取り戻す。そして次にやるべき事はと考え、辺りを見渡すと、地上がざわめいている様子が目に入った。

 気付かれてしまった。最悪だ。そう思っていると──


「あれは……」


 首輪を付けられたハーフリングがいる。通りのような場所に幾人か。しかもそれだけでなく、獣人達まで捕まっている。

 ──いや、もっと緊迫した事態だ。

 一人のハーフリングが、精悍な男が握る大振りの戦斧によって、今まさに命を奪われようとしていた。


「…………」


 元より助けるつもりでいた。順序が逆になっただけだ。彼らを守ろうとレイが動いた。

 その時──。


「おねがい……。たすけて……」


 か細い声で、彼女が懇願した。


「任せろ」


 短く。しかし力強く、レイは彼女の願いに応えた。




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