第7話 覚悟
レイ達はハーフリングの、おそらく少女である彼女を途中で下ろし、再び聖都へ向けて飛んでいた。
しかし──。
「おい、レイよ。あの娘ついてきてるぞ」
そう。途中で下ろした筈の彼女は、トコトコと走って追いかけて来ていたのだ。
ぼろ切れを纏って、裸足同然の靴で必死に追いかけてくるその姿に、レイは自分が間違っていたと思い直す。
「やっぱり連れていこう」
「何だと?」
「一度助ければもうそこで終わり、というわけじゃなかった。最後まで面倒を見ないなら、助けてないのと同じだ」
「狂ったのか、貴様。侵入はどうするのだ? 足手まといを連れたままやるとでも言うのか?」
「そうだ」
「……考えがあるのだな?」
「ある。だけど、それはエストが協力してくれないと出来ない」
「…………」
「聖都に強者は居ないかもしれない。だから居なかった場合は、今すぐに俺が提示出来る利益は何もない。……厚かましいのは承知の上だ。でも、エスト。協力して欲しい」
エストには頼んでばかりだ。だからこそ、レイはエストから何か頼まれる事があれば全力で応えたかった。だが、自分の持っているものでは──。
「いや……。あるな……」
「え? あるのか?」
呟きが小さい程度では、レイは聞き逃さない。
「なら、遠慮なく言ってくれ。どんなものでも大丈夫だから」
「……何でもない、気にするな」
あまりの驚愕から、レイは溢れんばかりに目を見開く。あのエストが、誤魔化す、という行為をしたのだ。
レイは信じられないものを見るような目をエストへと向ける。エストもずっとこちらを見ていたようで、互いの視線が交差した。
「…………」
「…………」
僅かな間、無言の時間が流れる。
やがて全てを察したレイは、重い口を懸命に開く。
「そうか。──分かった」
「……それで、俺の協力が必要なのだったな。まあ、構わんぞ。その程度のハンデがなければつまらんしな」
何事もなかったように振る舞うエストに、レイも合わせる。
「感謝するよ、エスト」
「もたもたしている時間などなかろう。早く行くぞ」
「ああ」
エストに促され、レイは地上へ降りていく。
そして彼女の前で着地し、その意思を確認する。
「一緒に行くか?」
「……っ」
声を出してはいない。だが確かに、彼女は首を縦に振った。初めて意志疎通が図れたことにレイは少しばかり安心する。
「じゃあ、すぐに行こう。ところで君は飛べるか?」
ハーフリングは魔法が得意な種族でもある。それ故のレイの問い掛けに、彼女は魔法で答えた。
「〈風読みの旅〉」
魔法が発動すると、彼女はふわりと浮かんだ。
「おお、出来るのか。なら、俺が運ぶ必要は無いな」
途端、彼女はコテんと地面に倒れた。
「どうした! 大丈夫か!?」
慌ててレイは彼女を抱き起こす。
すると、ギュッと腕を掴まれた。何事かとレイが彼女の手を見ると──その小さな手は、震えていた。
「ああ、そうか……」
ここに至ってようやくレイは理解した。なぜ、彼女が話さなかったのかを。
彼女は話さなかったのではない。話せなくなる程精神が傷付いていたのだ。
それも当然のことだろう。彼女は処刑される寸前だったのだから。
しかしそれが理解出来ても、レイには彼女に何をしてやれば良いのかは、まるで分からなかった。だからそれは無意識の内の行動だったのだろう。
いつの間にかレイは、彼女の小さな手を握っていた。
「…………」
声をかけることもなく、震えている手を握る。それが正しいかは分からなかったが、レイは無言で続けた。
それから暫くすると、彼女は少し落ち着いてきたようで、手の震えが収まっていった。
(……俺はどうするべきなんだ? いや──どうしたいんだ?)
レイが迷っていると、エストが考えるように口に手を翳した。
「貴様から離れられないとなると、流石に無理であろう?」
自分だってそう思う。しかし震えが止まって尚、レイの腕を掴んで離さない彼女を見て、気付く。
もしかしたら、聖都には彼女のような者が沢山いるのでは、と。
そしてその瞬間、レイは憧れの女性の背中を幻視した。
『──いい男っていうのはね、みんな挑戦者なのよ』
「…………」
決めた。
覚悟を決めた。
自分の信じた道を、切り拓く覚悟を。
「守りながらでも俺はやるぞ。必ず、何としても!!」
レイは顔を上げ、最強の敵へ問う。
「お前はどうなんだ、エスト。最強なら、容易いことだろ?」
安い挑発だ。
だがそれは、エストにとって譲れないものだ。
「やるに決まっているだろう。俺達ならば不可能なことなど何もない。何一つとしてない!!!」
二人は互いに笑う。
鋭い犬歯を剥き出しにし、獰猛な笑みを浮かべ、ギラついた目を聖都へ向けて──彼らは飛んだ。