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第3話 強者

 レイとエストは平原に戻ってきていた。

 といってもそこは、先ほどの戦場より少し先へ進んだ場所だ。

 レイは首を振って辺りを見渡す。


「うーん……」

「何をしているのだ?」


 エストからの問いかけに対し、レイは勿体ぶって言う。


「ちょっとした仕掛けを施しておこうと思ってな」


 そう答えると、レイは右手を足元へ向けた。

 地面に青い光を放つ魔法陣が浮かぶ。



 この世界には、必ず即死させる、あるいは絶対に完治させるなどの、いわゆる概念系能力は存在しない。

 過程とは無関係に結果が出るのではなく、行動し、変化が生まれ、そしてその果てに結果が得られるのだ。

 その最たる例が魔法である。

 この超常的な力を発動させるには、魔法陣を介する必要がある。

 まず始めにほんの僅かな魔力を消費して魔法陣を構成。そこに自分が習得している魔法と、それを発動させる為の魔力を込め、最後に魔法名を詠唱する。

 基本的にはこの流れで魔法が発動するため、魔法陣は必須だ。

 加えて、一般的に魔法陣は様々な種類のものを想像されやすいが、この世界では大きさや形、模様などの見た目から、効果や性質といった中身まで全てが同じものしか作れない。

 何故なら、長い歴史の中で最適化していったからだ。

 遥か昔には歪な物が存在していたものの、それらは努力と研究によって洗練され、今や影も形もない。さらにはその文献なども喪失した為に、最早この世の誰も、レイですら現在普及している魔法陣しか扱えない。

 しかしながらそうやって最適化されたからこそ、コストがほぼ0になり、簡単に魔法陣の構成が出来るようになったのだ。

 したがって、魔法陣自体を変化させることは出来ない。


 だが、【第九の魔法】と同様に、使い方は応用可能だ。




 レイは地面に浮かんだ魔法陣へ魔法を込める。本来ならばこの後、魔法名を唱える筈だが──そうはしない。

 そのまま僅かな間待っていると、ふっと魔法陣は消え去った。


「おい、消えてしまったぞ? 何かするのではなかったのか?」


 エストの当然の疑問を受け、レイは首を横に振る。


「それが消えてないんだよ。持続時間はあまり長くないけど、魔法陣を起動させて詠唱すれば、そこから魔法が発動する」


 一拍置いて、レイは得意気に告げる。


「つまり、潜伏させることが出来るんだ」


 初めて見せる技術であり、驚くだろう。レイは期待しながらエストの反応を待つ。


「ふむ、なるほどな」

「え……」

「どうした?」

「い、いや……何でもない」


 渾身の自慢話をあっさりと返されたレイは、そこで強引に会話を断ち切る。


(おかしいな……。もっと食い付いてくると思ったんだが……)


 一人ではしゃいでいた自分が恥ずかしい。

 おそらく、自分の手で開発した技術である為に過大評価してしまっていたのだろう。取り組んでいる問題が難しければ難しいほど、答えを出せた時に得られる達成感は大きくなるのだから。

 身悶えしたくなるような感情に襲われたレイは、恥ずかしさを誤魔化すように行動を起こす。

 今立っている場所から弧を描くように歩いていき、一定の間隔で手を下に向ける。するとその度に地面は輝き、最初のものを含めて全部で五回光った。


「ほう、一つだけではないのか」

「大した事じゃない……みたいだ。まあ、どうなるかは戦闘になれば分かるさ」


 レイは周囲を見渡すと、輝いた地点と自分を結ぶ事で扇形になる場所へと歩いていく。


「しかしレイよ。貴様は勝手に反撃がくると決め付けているようだが、来なければどうするのだ?」

「それならそれでこのまま聖都へ侵入する」

「……期待出来なかろう?」

「どちらにしろ、城へ押し入るなんて滅多に無いチャンス。やるしかない」

「俺は手伝わんぞ?」

「なにっ!?」

「当然だろう。俺は強者と戦うことが望みなのだ。城への侵入など心踊らん」


 完全にエストが協力してくれる前提だった。

 レイは慌てふためく。


「ま、待ってくれ。もしかしたら城に強者がいるかもしれない。天子が自分を守らせている可能性がある。あの指揮官みたいに!」

「ふん! くだらんな。そんな口車に乗るものか!」


(くそっ! いつもならホイホイ乗るだろうが!)


 エストは豪快な性格ではあるものの、妙に鋭い時がある。こうなれば説得するのは難しい。

 レイは内心で頭を抱えた。

 ──しかしその時、唐突にエストが前を向いた。


「ほう。良かったではないか、レイ。もしかすると貴様の期待通りになるかもしれんぞ」


 レイもそちらに目を向けると、二人組がこちらに向かって歩いてきていた。

 一人は白銀の髪をなびかせ、その身に金の紋様が施された真っ白な鎧を纏っている。

 右手に剣を、左手には聖天国の国旗が刻まれた盾を握っており、装備からは神聖なオーラが漂っているが、本人は怒りに囚われているようでどこか歪だ。


「貴様らか、我が国を犯した穢れは」


 白鎧の男から激情を叩き付けられながらも、レイはもう片方の人間を観察する。


「…………」


 こちらの男は革鎧を着ているのだが、驚くべき事に腕には何の守りも施されておらず剥き出しになっている。そしてその剥き出しの右手には、旗のような大きな布が巻き付けられた長槍を携え、左手は空いた状態にしていた。

 真顔であるために、表情から感情が読めない。


(槍使いの方が厄介そうだ。見た目で騙してくるタイプか? しかし、なんにせよ先ずは──)


「エスト、偽装と看破を怠るなよ」


 生命力と魔力の情報操作と探知。レイはこれらをエストへ促す。


 この準備は非常に重要だ。

 たとえば相手の生命力を把握出来た場合、こちらが攻撃を叩き込む事で、どの程度のダメージを与えられたかが分かる為に、弱点となる属性、身体の急所の位置、魔法的な防御に長けているのか等、様々な情報を手に入れられるのだ。およそ修得しないという選択はあり得ないだろう。

 一方で、偽装とはそのままの意味である。自らの残存生命力や魔力を把握されないようにするため、または虚偽の情報を掴ませる狙いで行う。

 ちなみに、これらは魔法によってのみ行える。言ってみれば、魔法使いだけに許された特権だ。


 既にその魔法を発動させていたレイは、敵から視線を外さずに、エストからの返答を待つ。


「──ふん。とっくにやっている」


 その答えに、エストも変わったな、とレイは思った。初めてエストと遭遇した際は、ただ力押しをしてくるだけであり、そんなことは微塵も頭にない様子だったというのに。


(良い変化だな)


 思わず目を細めそうになるが、今はそれどころではない。油断して先制攻撃を食らうなど愚かなことだ。

 レイは気を引き締め直すと、こちらを睨み付けている白鎧へ返事をする。


「ああ、その通りだ。そっちは二人だけなのか?」

「黙れ。問いを投げるのは私だ。貴様らは聞かれたことに対してのみ、白痴のごとく答えていればいいのだ」


 その苛烈な反応に、レイは閉口する。とはいえ、気圧されたわけではない。白鎧の怒りが至極真っ当なものだった為だ。

 そう。レイは一万もの人々を虐殺したのだ。


「穢らわしい吸血鬼どもめ。話によると、貴様らは最高位の一つ下に位置する魔法を使ったらしいな。どちらだ? 口を開くことを許可──」

「なんだと!?」


 レイは驚愕のあまりに語気を荒げる。白鎧の発言はそれほど不意を衝かれるものだった。

 確かに、レイは先の戦場で【第九の魔法】を見せた。それは何度も言うように、軍を滅ぼしたことを聖天国とオーベルング王国に伝える為だ。

 つまりは決して、|【第九の魔法】《最高位の一つ下に位置する魔法》を知られている想定で行ったわけではない。

 光を放つ鉱石で虫を釣っていた筈が、引き上げてみればその価値を理解している人間だったようなものだ。

 何より、この魔法陣の応用は、未だ世にほとんど知られていない筈。少なくともレイが過去に相対してきた強大な魔法使い達は初見だったようだし、行使してくることも無かった。

 それは隣に居るエストでさえも、だ。

 にもかかわらず、何故知っているのか──。


 漠然とした不安が胸中で湧き上がる。小国だからと喧嘩を売ったのは大きな間違いだったのでは。

 蘇生の秘術に魔法陣の応用。小さな国家が持つには過ぎた知識だ。


 この国は何かがおかしい。


 言葉に出来ないうねりに心中をかき乱され、レイは思考することに取り憑かれてしまう。

 高速で脳を働かせていた為にその時間はほんの僅かだった筈だが、そんな事は白鎧には関係なかったらしく、苛立たしげに言葉をぶつけてくる。


「おい……聞いていなかったのか、化物。私はこちらの問いにのみ答えろと言った筈だぞ。誰が口を挟むことを許した? それともなにか? 貴様は数秒前に話した内容すら覚えていられない程に低能なのか」

「…………」


 完全に見下されている。

 ただ、別段レイの内に不快感は無かった。そんなことよりも情報を聞き出す方が先決だから。

 ひとまずは相手の要求に従うべきだろうとレイは考え、慎重に言葉を選ぶが、それを告げる前に白鎧が再び話し始めてしまった。


「……もう、いい。不愉快だ。非常に不愉快だ。視界に入るだけで虫酸が走る。無辜の人々を殺戮したにもかかわらず、罪の意識に囚われている色すら見えないとは……。もはや死だけで償えると思うなよ」


 白鎧の剣から軋むような音が響く。

 戦闘が始まる直前の、独特の緊張感が周囲に走る中──エストが何でもないかのように腕を組んだ。


「ふむ。先程から黙って聞いてやっていれば、そこの白い鎧。貴様は寝ぼけているのか? 俺達は吸血鬼だぞ。坊主の説教なんぞに耳を貸す筈がなかろう? くだらん事をグダグダ言ってないで、さっさとかかってこい」


 遊んでやる、とエストは尊大そうに顎をしゃくった。

 その姿を横目にし、レイは交渉の決裂を悟る。これではもう戦闘は避けられないだろう。


「──くだらない、だと?」


 ピタリと白鎧の動きが止まる。


「貴様は今……くだらない、と言ったのか……?」


 声を震わせて問い返す白鎧へ、エストは邪悪な形に口角を歪める。

 そして、嘲るように言った。


「二度も言わせるな。聞いていなかったのか、人間?」


 流石に言い過ぎだ。

 元人間として、エストの発言を看過するわけにはいかない。

 レイはエストを諌める。


「エス──」

「──ゴミどもがあああああ!!!」


 憤怒に身を焼かれた白鎧が、どす黒い感情を迸らせる。


「絶対に許さんぞっっ!! もはや肉一つ残ると思うなよ!! 魂すらも陵辱してやる、覚悟しろ!!」


 激憤した白鎧は膝を曲げ、突進の体勢に入る。

 しかし──先に動いたのは槍使いだった。


「しぃっ!」


 ぐわっと地面が捲れ上がった。


 溜め込まれた力が弾け飛んだように、爆発的な加速で槍使いが迫りくる。

 それはレイにとっても予想以上の速度だった。

 瞬く間に互いの距離は詰まり、槍使いはその勢いを維持したまま右手を突き出した。長槍のリーチを生かした突きの構えだ。かなり広範囲にまで届く突進だと予測される。

 対し、エストが迎え撃つ。一歩だけ前へ進み出ながら右手で剣を抜き、槍の動きに合わせて振り下ろす。

 豪風を巻き起こしながらエストの剣が走り、正確に槍を捉える──直前。


〔長蛇の槍弧〕


 槍の穂先が光り輝き、物理的に曲がる。弧を描くように反れると、剣を素通りする。

 槍はエストを飛び超えた。狡猾な動きで、エストの背後にいたレイへと襲いかかる。


「──ふっ!」


 レイは瞬時に反応し、自らの首を的確に狙ってくる槍を、体を横に倒して回避する。

 殺意がこもった槍は狙いを外し、レイの耳元を駆け抜けていった。

 回避には成功したものの、心中に安堵はない。予め長槍のリーチを警戒していなければ、首をもっていかれた事だろう。

 これ以上の追撃を恐れたレイは、体を横に倒した勢いを利用して飛び上がり、蝙蝠の翼を広げて低空を浮遊する。

 態勢を立て直したレイの目線の先。

 エストの視界は、槍に巻き付いていた布によって遮られているようだ。


「鬱陶しい!」


 邪魔な布を切り裂くべく、エストが剣を振る。しかしその瞬間、布が引かれた。エストの視界が開け──


〔光の退魔剣〕


 聖属性が乗っている〔技能〕が、上から降ってきた白鎧から放たれた。

 不意を打たれたにもかかわらず、エストは即座に対応する。左腕を差し出すことで頭を庇う。

 ぷしっ、と僅かに血が滲み出した。白鎧の全体重が乗った剣撃が、エストの左腕を切り裂いたのだ。

 その傷はかなり浅そうだが、しかし同時に白鎧が強者である事も示している。エストの肉体は、先の軍隊が放ってきた百の魔法ですら無傷だったのだから。

 しかも、エストの弱点である聖属性のダメージは、身に纏っている装備によって無効化されている筈。つまり白鎧は、純粋な剣技だけでエストに傷を負わせている事になる。かなりの使い手であることは間違いない。


 エストは一歩で一気に後ろへ下がりながら、種族的な能力によって腕の傷を再生させた。しかしながら、この力では生命力までは回復しない。失われた生命力を取り戻すには、魔法やその他の能力を行使しなければならない。

 気配に鋭いエストだからこそ防御出来たが、彼らの連携は洗練されている。


「レイ、こいつら生命力の割に、悪くない相手だぞ!」

「ああ、強いな」


(なかなか動ける。とはいえ……瞬殺は容易だな。負けるのはあり得ない。問題があるとすれば、無力化するのは面倒ということくらいか。どんな切り札を持っているか分からない以上、舐めてかかればこっちが重傷を負うかもしれない)


 彼らは貴重な情報源だ。絶対に蘇生について聞き出す必要がある。

 なんとかして殺さずに無力化する方法を探るため、レイは頭を回転させた。



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