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第3話 頂

 レイの脳内は、混迷を極めていた。

 プロスト帝国皇城内の、輝かしい通路を歩きながら。


(……どうしてこうなった?)


 今一度思い返す。

 当然の事ながら、つい先刻(さっき)あの尾行者に言われた言葉をそのまま受け取ったわけではない。話しかけるタイミングなどいくらでもあった筈だし、帝都には今日、到着したばかりなのだ。予め準備していなければ、皇帝の配下による尾行など不可能だろう。

 そうレイは考え、嘘が下手な奴だなと呆れていたのだ。皇帝が後ろ盾と言えば助かると思ったのかもしれないが、猿知恵も良いところである。そんな荒唐無稽な話、誰が信じるというのか。

 どこの国でも王家の名を騙る行為は重罪だし、詰め所にでも引きずっていこうと強気の姿勢でいたところ、レイは尾行者から信じられないような物を見せられた。


 それは──皇家の紋章が刻まれている馬車であった。


 そんな物を見せつけられては、レイには最早返せる言葉は無かった。

 そしてその後、レイが唖然としていると、流れ作業のように馬車に押し込まれ、皇城に連行され、女帝と謁見するために玉座の間まで案内されている、というのが現状だ。

 ちなみに、謁見するに当たり帯剣を許された。

 これは剣を持っているのが竜人たるランドだからこそだろう。


(やはり、狙いはランドなんだろう)


 宮廷作法に関しては無知だが、それでも分かることはある。

 常識的に考えて帯剣の許可など出ないだろうし、皇帝がいきなり会おうとする筈がない。もっと素性を調べるなりして、段階を踏むのが普通だと思われる。

 つまりは竜人には大国が抱え込むだけの価値がある──どころか、大国の主が直接ゴマをすらなくてはならないほど大きいということだ。


(謎が多い種族だから、その辺りの事も解明したいのかもな)


 そして思い返してみれば、一国の王であるフリードもわざわざ危険を冒してまでレイを殺しにきた。それだって高評価の形の一つと言えるだろう。

 よってもう少し、自分達のような強者に対する認識を上方修正する必要がある。


(まあ、前向きに考えるしかない。釣果としてはこれ以上は無いし。皇帝だぞ、皇帝。最低でも友好的な関係を結ぶんだ)


 レイは早々に切り替え、精神を立て直す。

 当初の目標は、情報収集とそれなりの地位の存在とコネクションを作ることだった。しかしながら、たとえ幸運だったとしても皇帝にまで辿り着いたのだ。何としても、こちらが有利になるよう事を運ばなくてはならない。


 レイはひそひそとランドに耳打ちする。


「ランド。俺達が国を興そうとしてるって事は、隠しておくんだぞ」

「むしろ晒した方が良いんじゃないかい? 後々面倒なことになる気がするけど」

「言っただろ? 国家の承認も狙いだって。現状の規模で法国が露呈するのはダメだ」


 万が一、同盟などの話が上手くいったとしても、今すぐに国内を視察されれば、失望されて破談になってしまう。領土があっても民と呼べるような人口では無いし、主権だって無い。論外である。

 こちらが余程優位に立てるのであれば別だが、そうでないなら法国の存在は隠しておくべきだろう。

 今回はあくまでも、女帝との仲を深め、同盟を結ぶための情報を手に入れる、というところで我慢しなくてはならない。


「手札はタイミングを見て切る。慎重にやるぞ」

「……僕、あんまり知らない人にペコペコ頭下げたくないんだけどなあ」

「何?」


 あまりにも急な話の変化に、レイは反射的に聞き直す。

 一体どうした事かとレイが訝しんでいると、ランドが舌を出して顔を歪めた。


「知らない人に偉そうにされるの嫌いなんだよ、僕。尊敬してる人なら、まあ良いんだけどさ」

「変わった感覚だな……」


 レイはなんともいえない微妙な表情をする。

 王に頭を下げるのは当然であり、常識であるため、そこに感情が割り込んでくること自体が驚きだ。レイも元々は単なる平民だったので、ランドの感覚はよく分からない。


「もしかしたら侮られてるのかなあ? 僕の力を買ってるなら、玉座の間に呼びつけずに、貴賓室に案内すると思うんだけどなあ……」

「さあな。し──」


 知らん、と冷たく切り捨てようとしたが、その前にレイは口を閉じる。

 ここでランドを説得出来なければ、初対面の女帝と良好な関係を築くなど不可能だろう。

 レイは考え、思っていたより早く言葉が脳内に浮かんだ。


「別に敗北的な意味合いで頭を下げるわけじゃないぞ。ただ、初対面の人に敬意を表すだけだ」

「…………物は言いようだね」


 少し間が空いたが、ランドの返事には手応えを感じられた。


「頼むぞ、ランド」

「分かってるよ。こんなことで台無しになんかしないさ」


 了承の証として、ランドが肩を竦めた。

 レイは軽く手を上げ、感謝を示す。


「助かる」


 少しは上の立場の者として成長出来たのだろうか。この調子で女帝とも上手くやれれば良いのだが。そう思っていたレイに、半眼になったランドの声がかけられる。


「でも、60点だからね」

「…………」


 やはりタイミングの良い奴である。





 案内に従い、二人は王城内を進んでいく。


 女帝との仲を深める情報を集めるため、どんな小さな事でも見逃さないようレイは周囲を観察する。

 勿論、田舎者のようにキョロキョロと辺りを見回したりはしない。前を向いたまま歩いていても、レイの鋭敏な感覚と視力なら、様々な情報を入手出来るから。


(ん? あれは……)


 そうやって城内を注意深く観察していると、前方から高位の貴族らしい衣服に身を包んだ男が歩いてきた。

 その後ろにも幾人か人間がいたが、レイが最も目を引き付けられたのは、先頭に立って歩いている男だった。


(信じられんな。帝国ではゾンビすら貴族になれるのか)


 そう。驚くべき事に、先頭を歩いている貴族の男はゾンビだったのだ。

 頬はこけ、目は落ち窪み、ガリガリに痩せ細っている。にもかかわらず足取りは正常。知性があるタイプのゾンビと完全に特徴が一致している。

 これがもし、足がふらついていれば死にかけの人間だと思えなくもないが、その男はしっかり歩いているのだ。


 間違いない。この貴族はゾンビである。


 レイは確信し、そしてその光景は素晴らしいものだと思った。


(少なくとも低位のゾンビじゃないだろうな。平静さを保っているんだし。……ランドが言ってたことは、強ち間違いじゃなかったわけか)


 帝国なら、このゾンビと同じように吸血鬼を受け入れる度量があるのかもしれない。

 無論、ここに来て初めて不死者を目撃したことから、恐らくはこの貴族ゾンビだけが例外なのだろう。しかし、それでも帝国の寛容さには頭が下がる思いだ。


 レイが心中で称賛していると、互いの距離が徐々に近づき──そのゾンビが目を見開いた。

 とはいえ、そんな気がする、という程度のものだ。あまりに微かな動きだった為に、本当にそうだったかは分からない。


「ほら。やっぱり僕が言った通り、不死者でも受け入れてくれるみたいじゃないか」


 ひそひそとランドが耳打ちしてきた。


「ああ、凄いな。でも、これは色んな意味で良いことだと思う」


 レイの女帝に対する印象は良くなっていくばかりだ。

 ある意味、これから戦闘に入るようなものなのだから、気を緩めるわけにはいかない。しかし少しだけ──。


「楽しみだな」





 巨大な扉の前で案内の足が止まった。それから案内は即座に口を開いた。


「この奥が玉座の間でございます」


 その言葉に従うように、扉が重々しく開かれていく。女帝の準備だとか、レイ達が一息つくなどの時間は与えてくれなかった。

 玉座の間の光景が、レイの視界に飛び込む。


 ──少ない。


 それがレイが最初に抱いた印象だ。近衛兵らしき存在が十人、玉座へと続く階段の右手前に一人。

 そして、玉座に一人。


(あれが……)


 金の髪は夜空を切り裂く流星を想起させるほど美しく、気品に溢れている。顔立ちは端麗で、切れ長でありながら大きな瞳が特徴的だ。背も女性としてはかなり高いだろう。座っているため正確には分からないが、恐らくレイとほとんど変わらない。

 身を包む衣装はロングドレス。防御を目的とした装備品ではなく、女帝の美を飾るための物だ。

 そしてレイの本能は警告している。彼女は驚異的な実力者だと。全力を挙げて戦わなくてはならない存在だと。


 ──が、しかし。


 レイの意識を最も支配していたのは、女帝から放たれているその雰囲気だった。

 匂い立つようだ。あの鳥人の主人が言っていたことは本当だった。一度(ひとたび)、気を緩めれば、瞬時に呑み込まれてしまうだろう。レイですらそう思わせる程の存在──。


 女帝、アルシア・ニール・セウノウス。


(すー、はー……)


 レイは心の中で深呼吸をする。王としては自分はまだ赤子だが、そんなのはただの言い訳に過ぎない。自分一人の問題ではない以上、負けられない戦いなのだ。


(必ず何か掴んでやるぞ)


 レイは自らを叱咤し、足を出して歩を進める。胸を張り、視線は女帝から逸らさない。一挙手一投足が評価に直結するのだから。


 やがて階段の手前まで到着し、レイとランドは二人揃って跪く。ランドに言った通り、膝を屈しているのではない。礼を尽くしているのだ。


「竜人、ランド・クエレブレ! お目通──」

「面白い」


 階段下、推定宰相であるミノタウロスの言葉を遮り、女帝が傲然と声を発した。

 さらに女帝はゆったりとレイを睥睨し、続ける。


「気に入った。黒い鎧よ、貴様、我が夫となれ」


 玉座の間が静まり返った。

 痛い程の沈黙が押し寄せ、場が困惑した空気に満ちる。帝国側の者達は勿論のこと、あのランドでさえ表情が凍り付いている。

 ただ、レイの動揺はそれらをゆうに凌駕していた。


「どうした? 感動で声が出ないか? ならばもう一度告げてやろう。──私の夫になれ」


 意味が分からない。それでは何の説明にもなっていない。

 そうレイは心から思っている。

 思ってはいるのだが、何故だか女帝が言葉を紡ぐ度、首を縦に振ってしまいそうだった。


「私には分かるぞ、その強大な力。やはり世界は広い。まさか、貴様のような者が影を潜めていたとはな」


 だったとしても、そんな理屈で一国の皇帝と婚姻が成立する筈がないだろう。周りが反対するに決まっている。

 許可されていない為マズイのは分かっているが、レイは助けを求めるように顔を上げ、周囲の様子を窺う。


 ──しかし、既に宰相や近衛の瞳には、落ち着いた色が戻っていた。


 その様子を見てレイは理解した。

 完璧だ。女帝は配下の心を完璧に掌握しているのだ。彼らの中にあるのは、ただ只管に女帝についていくという一点のみ。

 有無など言わせない。圧倒的な威。

 まるで女帝の姿が、ふた回り以上も大きくなったようだった。


「私についてこい」


 女帝は不遜に言い放つ。


「頂の景色を、見せてやろう」


「――――」


 身が、焦がれそうだった。

 その絶対の自信に。不壊の未来だと言わんばかりのオーラに。

 これは、もう強さがどうとかそういった次元の話では無い。女帝が叩き付けてくるそれは才能。


 生まれながらの一番。頂点に君臨する者だ。


「──っ!」


 揺れてしまった。ついていった方が良いと思えて。


「…………ふぅぅぅ」


 それでもレイは、頭を冷やすため必死に息を吐く。そして冷静に考える。

 感情的な面は置いておくにしても、女帝の提案は魅力的だろう。大国の庇護下に入れる上に、帝国ならあらゆる種族を助けられる可能性がある。

 蘇生だってそうだ。この国に協力してもらえれば、全てが途轍もないスピードで進む。

 しかし──。


 決定的にこの国の在り方と、レイの思い描く未来が一致しなかった。


 故に。なればこそ。


「お断りします」





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