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第17話 ハイラント王国

 法国の北東に位置する六大国が一つ、ハイラント王国。

 国王が居を構える、ラインブルク城内のとある一室。

 そこは、瞬時に適切な答えを導き出す知性と、いついかなる時も冷静さを欠かさない理性を有する賢王、と称される若き王の私室であった。


「くそがぁあああっ!!!」


 あり得ない罵声が室内に響いた。

 もう一度繰り返そう。ここはハイラント王国国王の私室である。


「ああああ!!!」


 信じられないことに、その無礼者は絶叫しながら執務椅子を蹴り飛ばした。さらに追撃として、罵詈雑言まで撒き散らす。


「なんなのだ奴らは! 一体何を考えている! 現実が見えていないのか!」


 流石にこれ以上の狼藉は見過ごせない。同じ室内にいた者が諌める。


「落ち着いて下さい。──陛下」


 そう。それこそが錯乱していた者の正体。

 かの賢王、ルークハルト・フォン・エーテルドルフ、その人である。


「ふう、ふう、ふうううーーー。……すまない、無様な姿を見せてしまったな。レオよ」


 ルークハルトは自らを正気に戻してくれた男を視界に入れる。


 芯が入ったように伸びた背筋。篤実な顔立ち。そしてルークハルトへの忠義と親愛の念で輝いている瞳。

 彼こそがハイラント王国最強の戦士、ライオノック・アイゼンバーン。

 ルークハルトが心の底から信を置く幼馴染みであり、頼れる相棒だ。


「お気になさらず。それよりもお疲れでしょう。本日はもうお休みになられてください」

「いやダメだ。休んでいる暇などない。見ただろ、レオ? 我が国が誇る優秀な貴族達の顔を。どうやら余程玉座に座りたいらしいぞ?」


 思い出し、収まったはずの怒りが再燃する。


「なあ、頭悪くないか!? (みな)が一丸とならねば、その前に国が滅びてしまうわ! この期に及んで何故、自国で争おうという気になるのだ! ──大体、そんなに王冠が欲しいのならばくれてやるわ! 喜んでくれてやるわあ!!」


 ルークハルトは喚き、頭上の王冠を床に向かって投げ捨てた。

 しかしながら王冠は強固に作られているため、その八つ当たりはカランという空虚な音が鳴るだけの結果に終わった。


「ルーク……。どうか耐えてください。他の誰でもなく、あなたが王でなければ、王国はたちまち滅びてしまいます」

「うう……。理不尽だ! なんで私だけこんな目に……」


 ルークハルトは両手で顔を覆う。まるで迷子になった幼子のように。

 それは賢王と称賛される彼には似つかわしくない態度だろう。ルークハルト自身、良くない事だと自覚している。弱音を吐く王になど、誰も従いたくは無い筈だ。

 だが、自分だけが酷い目に遭うという運命を、ルークハルトの心は受け入れられなかったのだ。


 ルークハルトは聡明だった。しかし、力が無かった。

 歴代の王は(みな)強者だったにもかかわらずだ。

 国を支配するのに、王自身が力を持つ必要はない。それは正論である。しかしながら、個人が軍を凌駕し得る世界においては、跳ねっ返りを叩き潰せるだけの武力がないと、やはり難しいものがあるのだ。


「もしかして、私だけ王家の血を引いていないのではないか? あの貴族どもの謀略によって、すげ替えられたのだ」


 そう思うと自分の力のなさにも納得がいく。

 ルークハルトは確信した。


「間違いないぞ、うん。きっとそうに違いない」

「ルーク。気を確かに持つのです。現実から目を背けてはなりません」

「お前までそれほどに厳しいのか……」


 ハイラント王国の現況は悪い。

 いや、悪いなんてものではない。最悪である。


 ハイラント王国の東に隣接している超大国。

 この大陸最強の国家とは、全面戦争とまではいかないが、争い合っている最中だ。そして超大国はその名に(たが)わず、軍事力、経済力、技術力、領土、ありとあらゆるものが桁の違う国家である。

 そのために、ハイラント王国が劣勢に追い込まれるのは避けられない運命だった。


 しかしながら、微かな勝機もあったのだ。

 その理由は超大国の立地にある。幸運な事に、かの国は大陸の中心に版図を広げているのだ。ゆえにハイラント王国と東大陸側の国家とで挟み撃ちに出来ていた。


 今までは。


 そう。今では状況は変わった。

 オーベルング王国という新たに六大国入りした国が、東大陸で暴れまわっているせいで。

 必然、東大陸側の国家による超大国への対応は緩くなってしまう。

 そしてそうなると当然、超大国の攻勢が徐々に強くなる。


 ──にもかかわらず。


「『超大国なぞ一捻りです。何の問題にもなりません。我々に全軍の指揮をお任せいただければ』だと!? だったら、此方から願おう。やってみてくれ!」

「それでは王直属の兵のみが滅ぼされます」

「くそおお……」


 どうにもならない現状に、ルークハルトは拳を握り締める。


「おまけに貴族領の民にまで、私の能力を疑われる始末だ!」


 ハイラント王国は封建制である。

 そして何故、貴族領の民がルークハルトに懸念を抱いているかというと、『自分達とは違って王は弱者だ。そのため仕方なく我々が指揮を執り、先頭に立って超大国と戦ってやっている』と馬鹿な貴族どもが吹き込んでいるからだ。


 だが、真実は違う。そう思わせているだけだ。


「気持ち良く勝たせてやっていれば、いい気になりおって……」


 実際には、ルークハルトが死ぬ気で指揮を執り、あと僅かで勝てるという状況まで持っていった後、貴族達にやらせていたのである。

 何故か。簡単だ。そうしないと彼らは兵を出し渋るからである。──否、それだけならまだましだ。輪をかけて最悪だったのが、貴族達自身が強者であることなのだ。


「無能な強者など、どう扱えばいいと言うのだ!」


 いつ裏切られてもおかしくないという状況に、ルークハルトは気が狂ってしまいそうだった。


「せめて民にだけは、背中を刺されたく無かった……」


 消えてしまいそうなほど悲痛な呟きが漏れた。


「強王国の貴族達とまでは言いませんが、彼らが欠片だけでも頭を使ってくれればよいのですが……」


 ライオノックの言葉に、ルークハルトは心を込めて首肯する。


「ああ、そうだな。奴らとは違い、彼らは優秀だった……」


 ルークハルトは脳裏に焼き付いた記憶を呼び起こす。

 自らが十八の時のことだ。とある社交界で、強王国の貴族達と話す機会があった。それはルークハルトにとって正に至福の時であり、心が洗われる思いだった。涙すら流しかけた。

 あの、先の先まで会話が繋がっていくような感覚。

 彼らが優れた頭脳を持っている事は明白だった。そしてその時、ルークハルトは思ったのだ。もし、彼らと轡を並べる事が出来れば、超大国にだって単身で立ち向かえると。


「何かが少しだけでも違っていれば……」


 ルークハルトは羨む。

 強王国の王は、あんなにも優秀な配下に囲まれてさぞ幸せなのだろうと思い。


「いっ……!」


 先ほど椅子を蹴飛ばした時にぶつけたのだろう。足の小指がジクジクと痛み出した。ルークハルトはそこを手で押さえる。

 するとその時、窓から光が差し込んできた。


「お前はいつでも明るいのだな……」


 ルークハルトは押さえていた足の小指から手を離し、眩しく輝いている太陽へと伸ばす。


「ああ……。私の配下が、強王国の貴族達であれば良かったのに……」




次回から三章に入ります。

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