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第2話 目的

 つい先程まで戦場で繰り広げられていた惨劇とは一転した静かな森の中。

 木々によって影に覆われ、昼間だというのに薄暗いけもの道を、レイとエストは会話もなく歩いていた。


 森というのは人が生きる世界ではない。

 人間には夜闇を見通す目も、モンスターの縄張りをかぎ分ける鼻も、危険を察知する耳もないからだ。わざわざ足を踏み入れる愚か者は少ないだろう。

 加えて二人は今、大型のモンスターによって踏み固められた道を選択して歩いている。およそ人間が追ってくる可能性はないと言っていい。

 しかしながら、その代わりに遭遇するのは人よりも知能に劣る──つまりは大変に危険なモンスターである。

 ではそのために緊張し、会話する余裕がないのかと言われれば、そうではない。

 二人の歩調は決して乱れない。

 一人はこの森に自分達が警戒する程の存在がいないことを知っているから。そしてもう一人は、警戒とは己がされるものだと思っているから。


 森の王者たるモンスターが苦労して切り拓いたであろう道を、二人が我が物顔で進んでいると、木漏れ日がその姿を照らした。


 レイが纏っている黒の鎧は無骨なもの。

 余計な装飾は一切なく、鎧としての機能だけを追求したような作りになっている。黒髪は乱雑に切られており、少しでも影に紛れやすくしようという努力の跡があった。


 対して、エストの姿は派手そのもの。

 2.5メートル近い巨躯に、膨れ上がった筋肉。そしてその全身を覆う黄金に輝く鎧。前髪は掻き上げられており、その額は剥き出しになっていた。

 隠れるつもりなど皆無。外見からそれが読み取れた。


 まるで対照的な二人組は黙々と進む。そして十数メートルほど歩いた辺りで、エストが自身に向けて手を翳した。

 戦場でレイに負わされた傷を癒すため、魔法を発動させようとしているのだ。


「〈落命〉」


 足元から黒のオーラが立ち昇り、闇のベールに包まれ、エストの生命力は回復した。




 そのエストの様子を、隣で眺めていたレイは、内心で思った。


(一瞬で終わらせないといけなかったとはいえ、巻き込んでしまったのは悪かったな)


 先程レイが行使した、最高に近い領域の魔法である【真紅の水星】は、エストの生命力を1/4も削っていた。


 エストの回復魔法は強力だが、流石にこのダメージは何度も使わないと全快しない。自分の考えのせいで傷を負わせてしまった以上、手伝うべきだろう。

 そう判断したレイは申し出ようとしたが、少しだけ口を開くのが遅かった。エストが先に話し始める。


「そう言えばレイよ、あの指揮官らしき男は逃がして良かったのか? 第九を知られたぞ」


 エストの忠告は尤もだ。確かに情報の流出は良くない。弱みを見せる事になるのだから。

 ただし、今回に限っては違う。二つほど狙いがあった為に実行したのだ。レイはエストに返答する。


「その事なら問題ない。あの男はわざと逃がしたんだ」

「何? わざとだと? 一体どういうことだ、説明しろ」

「リスクは承知の上なんだが……」


 怪訝そうにしているエストに、レイは二つの狙いの内一つを告げる。


「エサを撒いたんだよ。俺達が軍を滅ぼした事を、上に報告してもらう。そうすると聖城の守りが薄くなるだろうから、隙を見て侵入し、蘇生に関する研究資料を盗む」


 レイの目的は、喪った家族と友人を生き返らせることだ。


 その為に情報を求めて各地を巡っている。勿論、この国にも手掛かりがあると判断したから訪れた。

 彼女から受け取った報告書もその一つだ。そこに記載されていた内容によると、ここプラム聖天国の首都に当たる、聖都の中心に建築された聖城の宝物庫に、レイの目当ての物が保管されているという。


「ふむ……。そうか、エサか……」


 エストが何か思案げな様子で顎に手を当てた。レイは首をかしげる。


「どうしたんだ、エスト。なにかあるのか?」

「いや何、大したことでは無いのだが、一つ疑問があってな」


 これは珍しい。レイは意外なものを見る目でエストに顔を向ける。

 エストとはそれなりの期間、共に旅をしてきたが、言い淀むことなど滅多になかった筈だ。


(嫌な予感がするな……)


 もしかすると、何か重大なミスを犯してしまったのだろうか。

 自分から失敗したかどうかを聞くのはしんどいが、後手に回って取り返しがつかなくなるともっと不味い。レイはすぐさま問い返す。


「……気になる事があるなら先に言っておいてくれ。その方が助かる」

「まあ……それもそうだな。いやな、奴をメッセンジャーにするつもりなら、助けてやるのは一人だけでいいのかと思ったのだ。あの辺りは平原なのだから、下手をすればモンスターに襲われて死ぬ可能性があろう?」


 ふむ、とレイは心中で首を振る。確かにその通りだな、と。

 ただし、そこには一つ抜け落ちているものがある。


「それを心配してくれてたのか。でも大丈夫だ。陣の後方に兵站があっただろ?」

「おお、そういう事か! 成る程な。そういえばそうだったな」


 というよりも、レイはその兵站にいる者達と、もう一つのとある存在に向けて、軍を滅ぼした情報を流したのだ。

 レイが指揮官を助けたのは単なる偶然。生き残った者を殺す気になんてなれなかった、という個人的な感傷が先行したに過ぎない。 


「すっかり忘れていたぞ。確かに軍などという、烏合の集まりにはそんなものが必要だったのだな。ハッハッハ!」


 そんな風に思えるのはお前だけだ、とレイは言いかけたが、それよりも先に伝えておくべき事があったのを思い出す。


「そうは言うけどな、エスト。お前にとっても、軍を返り討ちにしたのはメリットのある話なんだぞ?」

「あ? 貴様は何を言っているのだ? そんな筈がなかろう。あのような弱兵どもを蹴散らしたからといって何になるというのだ。ただ時間と魔力を無駄にしただけではないか」


 エストは不思議そうに首を捻った。


(うーん。まあ、お前ならそう言うよな……)


 エストは決して愚かではない。どちらかといえば、細かい事にも気が付くようなタイプだ。それは指揮官がモンスターに襲われる可能性を上げた点からも窺える。

 では何故、即座に意味がないと断言したかというと、エストにとって価値のある存在とは強者だけだからだろう。


(けど、そんなことは今更か)


 エストにはこれまでの旅路で、何度も助けられてきた。

 恩返し、というと大袈裟だが、エストが食い付きそうな話題を提供するのは、レイからすれば至極当然のことだ。


「多分だけど、この国の強者が迎え撃ってくると思う。俺達を止めないと不味いからな」

「ほう。確かにそれは良い話ではないか。強者か……久しぶりだな。俺よりも強ければ、なお良いのだがな。全霊をもって挑むからこそ、沸き立つ!」


 ニヤリとした男臭い笑みを、エストはその顔に浮かべた。


(……こういう所を見ると、憧れられるような王だったんだろうなと思えるな……)


 少しだけ羨ましくもあった。それは、自分にはないものだから。


「……王なら、圧倒的な勝利の方が良かったんじゃないのか?」

「ふん! 貴様は何も分かっていないな。一撃で終わるほど差があってはつまらんだろう。それは戦ではない。蹂躙だ。まさに先刻のようなものはな」

「ますます王とは思えない発言だ」

「だから滅びたのかもな! ハッハッハッ!」


 エストは笑ったが、その横顔は少し寂しげに見えた。


 エストが王として君臨していた国は、遥か昔に滅びた。そしてその理由は、戦争や経済破綻、果ては飢饉ですらない。

 国民が消えていったのだ。

 初めは辺境の小さな村からだった。調査したが争った形跡がなく、自ら出ていったとすら思えた。

 その後も一向に理由が分からず少しずつ消えていき、それを恐れた民は次々に国から離れ、エストの国は呆気なく廃れた。


「……なあエスト、お前やっぱり──」

「それは違うぞ、レイ」


 エストは首を横に振る。


「確かに残念ではあった。国を導くという行いは得るものがあり、素晴らしい経験であった。だがな、俺はどこまでいっても自分勝手らしい。我が国と似た現象が起きた村を見つけた時……俺の内にはさほど達成感が湧かなかった。喜ぶことさえ出来なかった。結局、俺の魂は強者と戦っている時にしか高揚しないのだ」

「……そうか」


 レイにはそれが本音かどうかは分からない。こういった時にかける言葉はどんなものが適切なのか、同じ経験をしていないからか全く浮かばない。


「まあ、気にするな! それより、この辺りではなかったか?」

「あ、ああ。えーっと……」


 気にするなと言われてしまえばそれまでだ。これ以上追及しても迷惑にしかならないだろう。頭を振って切り替えたレイは、周囲を見渡す。


「たしか、あそこだな」


 レイが指差した先には大樹があった。森の開けたような場所の中心に生えており、目印としては最適だ。

 ただし、レイが向かった先は、その近くに生えている普通の木の前だ。

 片膝をつき、背の高い草をかき分け、出てきた緑色の紐を掴んで真上に引っ張る。直方体に固められた地面が持ち上がると、地下へ続く階段が現れた。


「先を頼む」


 エストの方が肉体的に優れているため、危険がある場合基本的に彼が前を進む。

 階段を降りていく大男の後に続き、レイも地面を支えに引っ掛けてから追う。


「しかしみみっちいな。こんな狭っ苦しい場所に隠れなくてはならんとは」

「仕方ないだろ。森の中に拠点なんか建てたら目立つ。流石にここまで人が入ってくる事はないだろうけど、念には念を入れておきたいんだ」


 言い合いながら階段を降ると、木で出来た扉に突き当たった。無遠慮にエストは扉を開き、


「おかえりなさい。レ──」


 何かが飛び出し、エストに抱き付こうとした。が、その巨体に手が回らず、弾き飛ばされる。


「ブハッ……! うわ、何であんたなのよ……」

「おお。どうしたのだ、エリヤ。そんなに俺に抱かれたかったのか?」

「そんな筈ないじゃない! 気持ち悪いわね!」


 悪態をつきながら立ち上がったのは、全身が炎に包まれた女だった。



 燃え盛っている女がエストの横を通り過ぎ、レイへと駆け寄る。

 その危険極まりない行為に対し、レイは手を前に突き出すことで押し止める。


「待て、エリヤ。それ以上寄るな。火傷するだろ」


 レイが言うと、女──エリヤは立ち止まった。

 エリヤはこちらに不思議そうな表情を向ける。


「あら? 別にいいじゃない。どうせすぐ再生出来るんだから」

「……そういう問題じゃないだろ」


 ぼそりとレイが呟くと、エリヤは悪戯っぽく、クスクスと笑った。

 そこにいるのは見目麗しい女性だ。

 小刻みに揺れる肩に合わせて、膝下まで伸びた赤い髪は水面のように波打つ。レイをからかう子供っぽさとは反対に、彼女の身体にははっきりとした凹凸が見られた。目鼻立ちも整っており、控えめに言って美女である。

 ただし、単なる人間である筈がない。纏った天女のような服の隙間から見える彼女の肌は透き通っているのだから。

 全身から漂う神聖な気配。それは精霊特有のものだ。


「というか、何でその姿になってるんだ。俺達の弱点だろ。もっと落ち着いた形態に変身してくれ」

「いやよ。この姿が一番しっくりくるの」

「……なら仕方無いか」

「レイったら、やさしい」


 頬を染めながらエリヤがまた抱き付こうとしてくるその前に、エストが間に入ってくれた。


「おい、そんなことはどうでもいい。レイよ、何か話があるから帰って来たのでは無いのか?」

「お、おお。そうだったそうだった」


 救いの手を差し伸べてくれたエストへ、レイは視線で感謝を送っておく。

 エストは腕を組んだまま微かに右手を上げた。

 構わない、という意思表示のようだ。

 また一つ借りが出来たことを悟りつつ、レイはエリヤの方へ向き直る。


「えーっと、それでだな。この先のことをエリヤに言っておこうと思ったんだよ。エストの鎧の修繕も兼ねてな」


 エストを恨みがましく睨み付けていたエリヤは、声色に不満を残しつつも返答する。


「……鎧を直したいのは分かるけれど、この先の事っていうのは何?」


 レイは人差し指を立てると、組み上げた予想を話す。


「恐らくだが、もう少ししたら俺達を狩るために強者が送られてくると思う。まずそこで死ぬかもしれないという事と──」

「ちょっ!」

「まあ、待ってくれ。重要なのはその先だ。俺達はその強者から手に入れた情報次第では、この国の聖都、もっと言えば聖城まで侵入するつもりだ」

「え?」

「今を逃せばこんなチャンスにはもう恵まれない。俺はそう踏んでる」


 それからレイは、敵軍を壊滅させた事、そしてその狙いをエリヤに説明した。


「──というわけだ。分かってくれたか?」

「守りが手薄になるから、ね……。ふーん、分かったわよ。そういう事にしといてあげる」

「……なんだよ? 含みがある言い方だな」

「別に。やっぱりあなたは優しいなって思っただけ。ちょっと歪んでる気はするけれどね」


 レイは眉根を寄せる。そんな風に全てを見透かしたような態度を取られては、こちらとしても立つ瀬がない。

 第一、そこまで分かっているのなら、わざわざ仄めかす必要は無い筈だ。触れないのが人情というものだろう。

 レイの険のある視線は、しかしエリヤに軽く受け流される。


「それよりも、戦争の為に集めた軍隊をあなた達に差し向けたワケのほうが気になるわね。この国って小国なんでしょ?」


 流石にここで蒸し返すほど、レイの度量は狭くない。端的に答える。


「ああ、そうだ。大国からすれば、取るに足らない小さな国だな」


 レイは記憶の底に散らばった情報を掬う。

 プラム聖天国は内陸に存在しており、古くから人間至上主義を掲げている。取り立てて見るべきものの無い国だが、それでも一つ何かを挙げるなら、歴史を持った宗教国家という点だろう。

 まず宗教、というより教会は、どこの国でも強い影響力を握っており、頭を高くしてその力を振りかざしている。神官が用いる魔法によって怪我や病が治るのだから、それは自然なことなのかもしれない。

 信仰を説き、お布施という建前の集金を行うことで富国を図る。上から下まで結束力の非常に固い政治形態。それが宗教国家が持つ特色だ。権力が散りやすい王政とは、その辺りが大きく異なる。

 有名なところでは、ここからかなり北に進んだ地に領土を構える、レリオン教国という大国もそうだ。世界で最も成功した宗教国家だと評価されているらしい。


 とはいえ、この国はそんな大国とは違う。小国なのだ。

 にもかかわらず、どうして長い間滅ぼされることなく今日まで生き延びれたのか。レイが調査したところ、周辺を人間が主な種族で形成された国に囲まれており、どことも争う動きがなかったので、幸運にも見逃されてきたようだった。いや、あるいはこの国を攻めることで生じる、横から刺される危険性を、周りの国家が恐れたのかもしれない。均衡を保つというやつだ。

 しかし、そういったリスクに各国が怯える中、果敢にも進攻を開始する国があった。


 ──オーベルング王国だ。


 二年ほど前から、かの王国が周辺の国家を立て続けに征服し始め、ついにはその毒牙が聖天国まで伸ばされたのである。


「この国の規模から言えば、あれはほぼ全軍だと思うんだけどな……」

「上層部が阿呆だったのか? それともあの助けてやった軍の指揮官が阿呆なのか?」

「さあな。ただ、普通の吸血鬼なら簡単に殺せるから、戦争の前に邪悪な存在を滅ぼす事で兵士たちの士気を上げようとしたのかもしれない」


 レイの推測を聞いたエストは、鼻息を荒くして断言する。


「やはり阿呆ではないか! この俺を普通の吸血鬼だと思ったのだからな!」

「うん。まあ……そうだな。確かに普通ではないな」


 レイは黄金に輝くド派手な鎧を見つめた。


「そうだろう! そうだろう! フッハッハッハ!」

「何バカ笑いしてんのよ。レイが言いたいのは、あんたがまともじゃ──」

「他にも! 理由はあるんだ。この国ほど歴史のある国は中々存在しない、というのも命を懸けるだけの理由だ」

「…………」


 じっ、とエリヤが半目でこちらを見てくる。

 頭の天辺から足先まで、見下すように。そしてボソリと呟いた。


「というか、レイだって人のこと──」


 途中で口を噤んだ。それから咳払いを一つ。


「んん゛! ……どうせ止めたって行くんでしょ。報告するようになっただけマシね」

「そうだったのか……?」


 自分の感覚は普通だと思っていたレイは、俄には信じがたいほどの衝撃を受ける。

 無論、今の自分の格好は戦闘やその他諸々のためにやっている事だ。しかし、それでも黒という色ならば無難だと思っていた。


(い、いや、もしかしたらエリヤのセンスが無いだけかもしれない。そんなに自分を卑下する必要なんてない)


 レイは言い聞かせるように自分を励ましたものの、即座に気が付いてしまった。

 鍛冶師として超一級であるエリヤにセンスが無いなどあり得ない、と。


(……別にいい。感性が悪くても死ぬわけじゃない。でもこの鎧がなかったら、俺はとっくに死んでいた筈だし……)


 レイは己を正当化し、頭を左右に振って強引に調子を取り戻すと、会話の続きを試みる。


「……まあ、そんなわけだ。エリヤ、頼む。エストの鎧を直してくれないか?」

「はいはい。了解」


 そう言うとエリヤは、簡易の鍛冶台を指差す。


「ほら、脱ぎなさいよ。完璧に直してあげるから」

「丁重に扱うのだぞ?」

「は? 誰に向かって言ってるのよ。殺すわよ」

「──ふむ。そうだったな」


 何かに気付いたように呟き、エストが鎧を脱いでいく。

 おそらく、エリヤの鍛冶にかける情熱を思い出したのだろう。

 流石に王であるエストが謝ることはしないが、言い返したり怒ったりもしなかったのは、エストなりに感じるものがあったからに違いない。

 レイは心の中で笑みを浮かべる。

 仲間や友人、という関係ではないが、二人とも信頼している存在だ。

 そんなことを改めて思っていると、エストが鎧を脱ぎ終えた。


「よし。では、頼んだぞ」


 エストが黄金の鎧を鍛冶台に置く。

 ──瞬間、エリヤの全身が燃え上がった。

 一気に室温が上昇し、そしてエリヤから漂っている雰囲気も変化する。

 エリヤは目の前に置かれた黄金の鎧をつぶさに観察。右手で緻密な紋様の入った金槌を握り、空いた左手で魔法を行使する。


「〈歴匠の知恵〉」


 鍛冶を司る魔法が発動すると、エリヤは右手に持った金槌で鎧を叩く。


 ──リィィィン、と。


 鎧と金槌がぶつかる音とは思えない音色が響いた。

 その音が、エリヤから舞い散る火の粉と流麗な手捌きと相まり、まるで楽器を奏でているような幻想的な光景が生み出された。


「美しい……」


 レイは感嘆の吐息を漏らす。

 あまりにも見事だ。貧しい言葉しか出てこない自分が憎いほどに。

 そしてこうなったエリヤはテコでも動かないことをレイは知っている。顔を動かし、目でエストに合図をすると、自室へと向かった。



 パタリと扉を閉め、準備を始める。

 といってもやる事はほとんど無い。必要な物は空間に仕舞ってあるし、即座に使用する物は懐に収めている。

 よって今後の展開を想定するくらいだろう。レイはベッドに腰掛けると、目の前の姿見を眺めながら自問する。


「宝物庫はどうやって開けるんだろうか」


 城の最上階にある御座の間。その奥に、宝物庫は構えられているらしい。したがってそこに真っ直ぐ向かえば良い──というほど簡単な話でもないようだ。聖城に潜入し、誰にも発見されることなく宝物庫までたどり着いたボスは、好奇心を擽られるものを前にしたという。


 それは巨大な扉。

 人では決して開けないような、高さ三十メートル、幅十メートルからなる扉が、奥の宝を手厚く守護していたのだ。


 レイは体の芯から込み上げてくるものを感じる。それだけ厳重に守っているのだ。否が応でも期待せざるを得ない。

 また、その扉が囮などである可能性は皆無だ。建築するための人手や資材、費用は巨大になればなるほど膨れ上がり、財政を圧迫する。二つも三つも造るような力は、少なくとも一小国には無い。レイはそう判断する。

 そこで問題となってくるのが扉の開閉法になる。人間では開けられない以上、何らかの手段があるに違いない。

 無論、単純に破壊するだけなら容易い。魔法を用いて粉砕出来るだろう。恐らくは〈太古の波動〉なんかが最適だ。いや、そうしなくともレイの人外の膂力であれば、案外普通に開けられるかもしれない。

 とはいえ、そういった方法で無理に突破しようとすると、大体が録でもない結果に終わってしまうので、もっと別の手立てを考える必要がある。

 レイは頭を捻る。しかし結局のところ、浮かぶものはたった一つしかなかった。


「天子から聞き出す。それ以外にはない」


 聖天国の元首たる天子は全てを知っているだろう。直に接触して情報を抜く。レイの方針は定まった。

 もはや行動あるのみだ。あまり悠長にはしていられないだろうから。

 というのも、この国の軍を滅ぼした情報が民にまで漏れ、そしてそれを行った張本人である化け物が聖都に侵入したと知られれば、予想のつかない混乱を招くことになる。レイは全てを迅速に行わなければならないのだ。

 ただ、それが分かっていながら軍を滅ぼしたのは、オーベルング王国の侵攻を遅らせることが出来ると思ったからだ。


 一万の軍を一撃で滅ぼした。


 その衝撃には末恐ろしいものがあるだろう。

 常識的に考えて、その異常性から一旦手を引き、自国の守りを固めようとする筈だ。

 そう。即ち、レイが情報を晒したもう一つの存在とは、あの戦場を覗き見ていたオーベルング王国の斥候、引いてはオーベルング王国そのものの事だ。


「征服のスピードは相当落ちるだろうな」


 そしてそれによって生まれる猶予を、聖天国の上層部が上手く活用する事が出来れば、もうこれ以上、略奪や殺戮、強姦などの被害を民草が受けることは無い。

 おそらくは全面降伏することになるだろう。抵抗するための戦力はレイが滅ぼしたのだから。



 つまり、国は死ぬが、民は死なない。



 それが身勝手で傲慢な行いだという事は分かっている。

 だが──。

 喪った家族である彼女は、いつも誰かを助けるため走っていた。

 あまりにも眩しい、レイの憧れだ。


「ふふっ」


 思い出し、笑いが溢れる。


「ああ、ダメだ。早く行かないと」


 懐かしい思い出を心に仕舞うと、立ち上がる。そして部屋を出ようとした時、姿見が視界に入った。レイはその前に立ち、自分の姿を見て、


「お前が生きてたら、どんな大人になってたのかな……」




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