表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/50

第1話 大王

 オーベルング王国、首都リーンス・ベルク。


 その最奥に位置し、背には広大な海が広がっている王宮の執務室で、国王フリードは政務に励んでいた。

 数多くのシックなデザインの調度品が飾られ、木管楽器が違和感なく溶け込んでいるその部屋は、フリードが格別に気に入っている空間だ。日々追われている仕事も、この場で取り組めばすこぶる捗るというもの。

 のびのびと走り、美しい文字を並べていた筆は、しかし数度鳴らされたノックの音によって止まる。


(む、そろそろだったかの)

 

 進軍の計画から逆算していたフリードは、誰が訪れたのか直感する。机の上の書類から顔を上げ、こちらを窺っていたメイドへ入室の許可を出す。

 僅かな時間の経過後、静かに扉が開かれ、訪問者が入ってくる。それは予想通りの人物だった。

 真面目を絵に描いたような、見るからに騎士といった出で立ちをしている男だ。ひょんなことから拾い上げ、試しにと鍛えてみた結果、めきめきと強くなったフリード自慢の右腕である。

 その騎士は入室早々、挨拶もなく口を開く。宮廷作法の観点から言えば無礼極まりないが、省略しろと命じたのはフリード自身である。よって咎める理由はない。


「──大王様」


 大王。そう呼ばれたフリードは渋面を作る。


「またかいの……。リッターよ。いい加減、その呼び方は止めてくれんかの? 何も成し遂げておらんというのに、そんな大層な称号は恥ずかしいわい。配下の者達にも儂が嫌がっていたと伝えておいて欲しいのじゃが」

 

 勘弁してくれ、とフリードは騎士──リッターに向けて手を振った。

 そのピラピラと振った手にはシワが刻まれており、数々の苦労を重ねてきた事が見てとれる。しかしながら、そこに年齢による弱々しさはない。いや、むしろ力が溢れ出ていた。

 それも当然だ。聖城でぶつかった強大な吸血鬼達と同格の力量をフリードは保有しているのだから。


 そんな偉大な王たるフリードの願いを、リッターは忠臣に相応しい早さで叶える。


「大王陛下」

「ちょっと待つのじゃ、リッター。儂が言いたいのはそういう事では──うっ!」


 フリードの否定の言葉は続かなかった。

 こちらを見つめてくる、リッターの瞳に宿る敬意の色が、今にも暴発しそうな勢いだった為に。

 これを拒絶すれば、よりややこしい事態を招く。フリードはそう悟り、言葉を飲み込む。

 リッターは平然と執務室へやってきた用件を述べる。


「ご準備下さい、大王様。まもなく、彼らと当たります」

「う、うむ」


(結局、元に戻っとるし……)


 フリードは頭を抱えたくなる。というより、仮にメイドがこの部屋にいなければ迷いなく抱えていただろう。

 無論、敬意を抱かれること自体は素晴らしい。己が王としての務めを果たせているという、ある種の指標なのだから。

 ただし、それも行き過ぎると弊害になる。

 たとえば会話一つとっても、「大王様におかれましては──」だの「大王様の至言に具申する愚かな私をお許しください──」だのと、全てが回りくどくなるのだ。


(無駄な時間だと思うがのう……)


 それにメイドだって必要ない。入室に関してはフリードが入れと少しばかり通る声で返せば済む話だし、着替えやその他諸々も自分で出来る。

 フリードの世話をする暇があるなら、別のところに配属した方がまともな労働力になるし、断然効率も良い。と思ってはいるのだが、その一方で好意的な配下の献身を邪険にするのも忍びない、という考えもフリードは抱えてしまっている。


 忠義と合理性に板挟みにされたフリードは、脳内で吟味すると、渋々諦める。

 何度言っても変わらないのだ。抗っている時間の方が長くなってしまっては本末転倒だろう。

 フリードは立ち上がるため机に手をつき、掛け声を発する。


「よっこいせ。……ふう。それで、ワシの鎧は用意してあるのかの?」

「その前に、お一つ注意事項があります」


 リッターの顔つきに真剣なものが混じったのを目にし、フリードは首をかしげる。


「ほ? なんじゃなんじゃ。注意とは物騒じゃの」

「先日のように再びお一人で敵陣に突っ込んだ際には、あれは没収させていただきます」


 言いながらリッターが指を差した。つられて目を向けると、そこには木管楽器があった。当然演奏するための物であり、それはフリードが様々な地を巡った結果、着々と増えていった趣味の中でも、特に熱中しているものだった。


「なん……じゃと? お主、老い先短い老人の楽しみを奪うつもりか?」

「三十年前にも同じことを仰られていたと、かのエルフ老より聞き及びました。大王様の天寿は彼方の先にあるようなので問題はございません」


 もしそうだとしたら、永遠に没収されたままという事になるではないか。フリードは口から溢れかけた言葉をぐっと飲み込む。


「……まあ、事前に相談すれば突撃してもいいんじゃろ? それくらいなら──」

「いえ、私もお供します。でないと、私が大王様の盾となって死ぬことすら叶いませんので」

「……お主には様々な任務を命じているのじゃ。ワシと共に行動する機会は少ないじゃろう」

「ならば任務を即座に完遂し、大王様の元に馳せ参じます。……それに、大王様のお言葉を疑うわけではないのですが、あの聖城には御身と同格の吸血鬼が二体もいたのでしょう?」


 リッターの問いかけによって、フリードの脳内に鮮烈な記憶が蘇る。


「──うむ、おったぞ。あれは凄まじかったの」


 自らに匹敵する強者との遭遇。

 それは、フリードが己を限界まで鍛え抜いてからは、初めての体験だった。


(だからこそ、あの竜人とは取引するべきなんじゃろうがの……)


 フリードがつい先日の出来事を思い出そうとしていたその時、遮るようにリッターが首を横に振った。


「大王様に比肩するというだけでも信じがたいですが、その正体は吸血鬼。やはり……あり得ません。吸血鬼は強くなれるような種ではない筈です」

「…………」


 リッターの発言は正しい。

 というのも、吸血鬼は発見されると、即座に討伐隊を送り込まれるのだ。そのために数が極めて少なく、徒党を組む事が非常に難しい。

 ならば不死者特有の永遠の寿命を活かして、隠れ潜みながら鍛練を積み、個々が強くなればいいのではと思うだろう。しかしながら、吸血鬼には吸血衝動という種族的な特性がある。これによって吸血鬼は人などを襲わざるを得ないのだ。

 それだけではない。弱点だって大量にある。

 これら無数の理由から、吸血鬼は強者へと至れない種族だというのが、大陸共通の認識として存在するのである。


「リッターよ、何事にも例外はある。常識や法則に囚われるでないぞ。経験ある強者はその隙を突いてきよる。もしかすると、彼奴らはワシと互角の力量を備えて生まれたのかもしれんしの」


 交配によって繁殖することが出来ない吸血鬼が数を増やす方法は二通り。血を吸うことによる対象の吸血鬼化と、突如として出現するタイプだ。

 フリードが言及しているのは後者に当たる。


「ふふふ、大王様。お戯れを。そのようなことが起こり得るならば、この世は不死者で埋め尽くされた地獄と化してなければ理屈に合いませぬ」

「ならば果てない鍛練を積んだゆえの、磨き抜かれた力であるかもしれん。そうであれば、ワシとてただでは済むまい」

「恐れながら、吸血鬼の吸血衝動は抗いがたい特性だという研究結果が、二百年以上前より発表されております。……ですが、たとえその吸血鬼達が真に強者であったとしても、一対一ならば世界最強である大王様の敵ではございません」


 リッターに断言され、フリードは寂寥感を覚える。


(そうではない。そうではないのじゃ、リッターよ……。ワシが言いたいのは、お主にあの吸血鬼達を倒せる程に強くなって欲しいという事なんじゃ)


 即位して数年、急激な速度で改革を進めたしわ寄せが回ってきたようだ。リッターの信奉もその内の一つだろう。

 圧倒的な強さと王という存在の魅力を見せつけることで、民の心を──敵の心を即座に掴む。敵すらも味方に引き込む。それがフリードの執った策だ。

 だからこそ、足を止めるわけにはいかない。足を止めれば全てが瓦解する。夢から覚めれば、爆弾は容易く爆発する。

 フリードはそう悟っているが、それでも自らの人生をかけた目標のためには、そういった痛みを乗り越えていかなくてはならない。


 世界征服。それを成すまでは。


 改めて自分のやるべきことを再認識したフリードは、リッターに別の質問を投げる。彼が自分を呼びに来た理由を思い出したのだ。


「それで、敵の兵力はどの程度なのかの?」

「はい。五万程度の見立てであります。内訳は戦士が四万五千、魔法使いが五千。いずれも訓練された兵隊であり、民から徴兵されたものはいないようです。また、回復魔法を使う神官も百人程動員している模様です。種族は人間のみ。それから──」


 リッターの手元に書類などないにもかかわらず、淀みなく答えが返ってくる。側近としては当たり前のことだが、それを当たり前に出来る者は意外に少ない。

 忠臣の仕事ぶりに満足したフリードは、再び報告に耳を傾ける。


「──奴隷はゼロとなっております」

「ほう? ゼロか……。なるほどの。流石に警戒しておるようじゃ」


 敵国は混乱を恐れたということだろう。

 フリードが即位して初めに行ったのは、オーベルング王国内の奴隷制の完全撤廃だ。これは奴隷解放という名目で侵略戦争を仕掛ける口実を作る狙いである。

 したがって、敵兵の中に奴隷が含まれていれば、裏切りの火種となるわけだ。

 ただし、実のところそういった理屈は後付けである。

 本音の部分では、知性ある種族は皆、文化的な生活を送るべきだとフリードは考えているのだ。


「では、リッターよ。我らの兵力は?」

「二万で御座います」


 二万対五万。倍以上の戦力差である。

 つまりは、これから自分達が挑む相手は今までのような小国ではないということ。

 そう。オーベルング王国が対するのは、大陸第二位の国力を誇る世界最大の宗教国家、レリオン教国。


 遥か格上の、大国への挑戦だ。


 頭を冷やし、気を入れた様子のリッターが姿勢を正した。そして騎士らしく恭しく跪く。


「ご命令を」


 しかしフリードは気負うことなく、これまでの戦争の時と同じ言葉を発する。


「いつも通りじゃ。──勝つぞ」

「はっ!」


 オーベルング王国の覇道に立ちはだかる、巨大な壁。

 彼らの挑戦が、今、始まろうとしていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ